茨に刻まれた未来 1
※今回と次の話まで、レジー視点です。
その日の会議が終わった後、部屋に戻ったレジナルドはグロウルと差し向かいで今後のことを話していた。
「足りない、と思わないかグロウル」
差し向かいに座っていたグロウルは、コリンが置いた茶を口に運ぶ手を止めて問い返す。
「……心もとない、とは思いますが」
「敵は確かに引いた。サレハルドはジナの情報通りというべきか、ことを長引かせたくないように先に兵を引いたし、キアラの魔術で兵を削られたルアインは追従するしかなかっただろう。けど、ルアインが途中から及び腰になって逃げたのは、計算違いが二つあったからだと思うんだ」
一度言葉を切って、レジナルドはグロウルに人差し指と中指を立てて見せる。
「一つは、ファルジア側に魔術師がいないから楽に戦えると思ったこと。あの状態から、ルアインを潰しにかかるとは思わなかったんだろう。彼女が普通の女の子だったら大人しく従ったかもしれないけど、キアラだからね」
立ち上がった土人形が、まっさきにルアインへ突っ込んで行くのを見た時には、思わず笑ってしまった。
彼女は無理をしているかもしれない。だけどあきらめてはいないと、頼もしく思ってしまった。
「その評価にはうなずくしかありませんな」
グロウルも重々しくうなずいた。
思えば彼は、キアラが土人形をルアインにけしかけながら、サレハルドの王とも喧嘩の真っ最中だとわかった時、グロウルは唖然としていたんだった。
「二つ目は、おそらくクレディアス子爵がキアラに執着しすぎていたこと。キアラへの攻撃に、魔術師くずれを投入していたようなものだったからね」
「アラン様の方は、ほとんど魔術師くずれと戦わなかったようですからな」
十分に備えていたアランだったが、魔術師くずれのために待機させていたジナもそのために使う必要がなかったようだ。
サレハルドも、いつもと違う形の土人形に怯え、巨大化したリーラをけしかけると面白いように引いたらしい。
「おかげでホレス師を上手く回収できたんだけどね。手足をばたつかせる土人形には、敵兵も怖がって近づかなかったようだから。……今度はそのキアラがこちらにいる以上、油断して手を抜いたりはしない。それと同時に、こちらにも問題がある」
「こちらも前回、かなり削られましたな」
「そうなんだよね」
前回と今回の戦闘による兵の損失は死者と負傷者を合わせて約3500。
敵地で身動きがとれなくなるのは困るので、怪我人や遺体は急ぎデルフィオンへ送っている。けれど補充がなければ、トリスフィード内にまだ散らばっている他の兵を集めてくるルアインとサレハルドに勝つのは難しい。
「だから……ディオルはいるかい? これを彼に渡して、鳥を飛ばさせて欲しい」
「なるほど、そちらからですか」
急きょ書いた手紙を渡せば、グロウルはその意図をすぐに察してくれる。
「アランとは相談してあるよ。戦に関して勘のいい彼も、この意見を支持してくれた。確約がとれてから他の将軍たちには話そう」
「わかりました早速」
グロウルが手紙を受け取った上で、首を傾げる。
「では何が不足なのでしょうか」
「……魔術師くずれの人数が多ければ、対応できない。クレディアス子爵がいる以上、キアラに負担できる範囲は限られてるからね」
確かに、とグロウルも思う。
子爵がいる限りキアラの行動が制限され、クロンファードやソーウェンのように圧倒的な力を期待することができない。なのに敵が魔術師くずれを大量に生産できるとなれば、かなり戦力的に苦しい。
とても普通の兵士には対応させられないし、騎士達もいたずらに消耗させ、数を減らされることになる。今回を乗り切っても、王都まで攻め上るのにはきつい状況になるだろう。
「だけど、ここで彼らを打ち破らなくてはならない。トリスフィードに長くかまけてはいられないんだ」
兵を疲れさせるから、という面もあるし、春まで持ち越してしまうと食料生産に支障を来す可能性があるという理由もある。
同時にレジーが危惧しているのは、人は慣れてしまう生き物だということだ。
自分の生活や心やそういったものを守るために、人は環境の変化に適応しようとする。そうなってから集めた兵は、ルアインへの恨みで勢いづいていないから、動きも鈍るだろう。
それに戦が長期化してしまえば、蹂躙された地域の経済はさらに悪化する。ただでさえルアインのせいで流通が滞っているのだ。
出征すると決めた時、ある程度の計画を頭の中で描いたレジーも、キアラがいることで見通しが少々甘くなっていたように思う。
それだけ彼女の魔術は強力だった。
今までの戦で、これほど頻繁に使われることがなかったものだ。使用されても頻度は高くなく。一戦に一度、大掛かりな術が使われるだけ。
魔術師くずれを使って来るという、今まで似ない事態は起こったものの、それでも一戦一戦が素早く終了したのはキアラがいたからだ。
その有利さを少しでも失わないためにも、決着を急ぎたいとレジーは考えていた。
「冬までには終わらせたかったですな」
「少なくとも、冬の始めには決着をつけたいね」
しかし今後、デルフィオンの西にはルアインに占領されたキルレア、王領地を占拠したパトリシエール領がある。そこを抜けても、こちらがもたついているうちに激戦地だったシェスティナにルアイン軍が展開するだろう。
シェスティナでルアインを撃破してしまえば、王都にいるルアイン軍も逃げ出すしかないとは思うが。
行軍が難しくなるということもあるが、キアラにこれ以上無理をかけたくなかった。
昨日も気丈にはしていたけれど、本当は不安だったろう。
ホレスを見て、少々妬けるくらいに安心した顔をしていた。
誰も味方がいない場所にいたのだから当然だと思う。
助け出されたことを理解していても、夢か幻みたいに思って心細かったはずだ。重要な捕虜の扱いとしても、クレディアス子爵に襲われるなど、危険すぎる目にもあったのだから当然だろう。
だからホレスを早く返そうとしたのだ。
本当は自分がずっと傍にいてやりたかった。でもそうすると、レジーとしても耐えられるか自信がなかったのだ。
彼女を助けた直後、口づけた時に逃げられなかったことに、奇妙なほど安心した。
同じ気持ちでいてくれると、素直に信じられた。
だから余計に、それ以上を求めたくなるのだ。どこまで自分を許してくれるか、本当に自分と同じくらい全てを受け入れてくれるかどうかを知りたくなって。
あの時のキアラの格好も悪かった。
透けることはないけれど、普通の服と違うと思えばどうしても意識してしまう。
逃がさないためとはいえ、サレハルドの王は何を考えているのか。むしろ数日側にいて、その前にも交流があったというのに、キアラがそんなものでひるまないとわかっていなかったのかと、八つ当たりしたい気分だ。
だから見えないようにしても、白いつま先はそのまま。目をそらさなければならないのに、キアラを離すのは嫌で、自分でもよくわからない状態だった。
むしろホレスがいる方が、自制ができたのでほっとしたぐらいだ。
「急ぐならなおさら、キアラの消耗を防ぎたいね」
レジーがそう言った時だった、扉を叩く音に、隅に控えていたコリンが扉へ駆け寄る。そうして告げたのは、しばらくレジナルドの元を離れていた騎士の名前だった。
早速彼を迎え入れたレジーは、口頭で話を聞くと、すぐにグロウルを連れて部屋を出た。
行き先は、砦の裏。木立に覆われた小さな池を指定されていた。
急ぎたかったが、砦から少しでも離れるのならと、グロウルは十数人の騎兵を連れて行くことを主張してきた。戦の直後でもあるから、グロウルの心配は最もなので待つこにする。
それでも待機していた兵をそのまま使うことができたので、時間はそれほどかからなかったと思う。
目的地に着くと、レジーは騎兵達を声の届きにくい場所で待機させる。共に連れて行くのはグロウルだけだ。先方がそう指定してきたからだ。
昼下がりでも、木立の中はやや薄暗い。
そんな枝葉の天蓋が途切れた場所の下に池はあり、周囲には薄紅の花を咲かせた茨が茂っていた。
さらにその手前にいたのは、黒っぽいドレスの上から旅装のつもりなのだろう、枯れ草色のフード付きの外套を羽織った、長い銀の髪の少女だ。
永遠の時を生きると言われていただけあって、二年前に出会った時から姿が変わっていない。
「お久しぶりですね、茨姫。貴方が直接来て下さるとは思いませんでした」




