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リアドナ砦へ戻って 4

 どうしよう答えたくない。


 私は初めて、好きな人に他の男に触られたことを話したくないんだなということを知った。

 わざとじゃないけれど、変な後ろめたさを感じて口を噤んでしまう。

 しばらく沈黙が続いた。レジーは私が話すのを待っていたんだろうけど、言えない。


「無理じいされたことはわかってるよ。ジナからもさっき、大まかなことは聞いたから」


 そうしてレジーは「ごめんね」と言う。


「私達が、もっと早く君を助けることができていたら良かったんだ」

「そんなことないよ! むしろこんなに早く助けてくれると思わなかったし、子爵に襲われた時だってイサークとエイダさんが助けに来てくれたから、無事でいられたんだもの」


「でも心は傷ついたんだろう? それにイサークってサレハルドの王のことも君は警戒してた。信用できないって思っていて、気を張り詰めてたんだとわかったよ。結局彼は、クレディアス子爵が君に指一本すら触れさせないことができなかったからかな? クレディアス子爵なんかに出し抜かれて……」

「それは、イサークは攫われたその場にいなくって。ちゃんと助けてくれたの、本当よ」


「お人よしな君が、助けられたのに警戒するなんておかしいよ。……まさか、ジナに言えないってことは、サレハルドの王にも子爵みたいに襲われた?」

「や、そんなことなくて! 襲われたわけじゃないけど無理やりキス……」


 と、そこで私は慌てて口をつぐんだ。


「慌てると素直に吐くのは、変わらないみたいだね」


 レジーが笑みを浮かべて私を見つめていた。それでようやく謀られたことに気づいた。

 しかしあとの祭りだ。

 知られたくなかった。子爵の件は交通事故並みの出来事で、怖かったと人に言いやすい。だけどイサークは……。意図を察してしまったら、言い難い。

 それにイサークはただ私にキスをしただけで。何か傷つけられたわけじゃなくて。元婚約者のジナさんにも言いにくいし、

 うつむいた私だったが、すぐにぎゅっと抱きしめられた。


「私は、信頼してるはずの人間にまで、触れられるのを怖がる原因を知りたかったんだ。……でも君の唇を先に奪われていただなんてね」


 言われた私は、レジーを裏切ったような気持ちになる。


「でも君のせいじゃないから。……上書きしてもいい?」


 どうしてそうなるの、と思う間にレジーは私の頭を支えて上向かせた。


「え、あの」


 上書きって、またキスするってこと?


「答えは待つけど、嫌いじゃないなら受け入れてほしいんだ」


 懇願されて私はくらりとする。この人にこんなことを言われて拒絶できる人なんているの?

 じりじりとレジーの顔が近づく。

 私は目を閉じるかどうか迷いながら凝視してしまって、レジーの手が首に回されていたことに気づいたのは、頬とこめかみにレジーの唇が触れた後だった。

 そのまま耳元に触れられても、ただ体の力が抜けて行くような感覚しかなくなった。


 どこかで、同じようなことを感じた記憶があって、妙に心地いい。

 なんでそう思うんだろう。いつそんなことをした?

 考えた私は――時折見る夢のことを思い出す。

 王宮にいる『キアラ・クレディアス』がレジーと会っている夢。

 誰にも見つからないようにひっそりと、レジーが私を攫うように連れて行って、寄り沿ってずっと話をしたり、こんな風に寄り沿いあったり……。


 なぜあんな夢を見るんだろう。

 風の匂いも、指先の感覚も、現実より少し鈍い記憶だから夢だってわかるけど、私はそんな妄想を無意識にしてたのかな。

 でも嫌なことも夢に見たのに。例えばクレディアス子爵に……。


 背筋がぞわりとする。思わず目の端に涙が滲んだけれと、レジーが鼻先に口づけたせいで驚いて、直前に思い出してしまった嫌悪感が飛んで行く。


「何を思い出していたんだい?」


 優しく尋ねられて、私はするりと答えてしまう。


「変な夢を、何度も見るの。レジーと私が、王宮で会う夢」

「それはいいね。どうやって君と知り合えたんだろう」

「私、クレディアス子爵と結婚してる状態で……自殺しようとしたみたい。王宮に森みたいなところがあって、そこの池に飛び込んだらレジーに引き上げられちゃって」


 レジーはひと呼吸分間を置いてから、尋ねる言葉を紡いだ。


「君は逃げようとして、私に見つかってしまったのか。それを思い出したってことは、私と同じようなことをしたんだ?」

「え、あ……」


 こんな時に思い出すのだから『連想した』とわかったのだろう。私は恥ずかしくなって、うつむきそうになる。


「相手が私ならそれでいいんだ。もちろん、私と一緒にいるのは良い夢の内容だって思っているんだよね?」

「わ、悪くないと……思います」


 レジーとキスした夢を良かったなんて言ったら、もう告白したも同然じゃないか。今の状態を受け入れてる時点でもう言い訳が効かない気がするけど。

 でもどこかに隠れたくなるほど恥ずかしい。レジーに捕まえられているせいで逃げられないけど、ってまさかそのために拘束してるわけじゃないよね?


「それならいいんだ。でも、捕らわれている間に酷い目にあったから、落ち着かないだろう? 君が眠るまで一緒にいてあげるよ」

「ねっ、ねむるまでっ!?」


 悲鳴を上げそうになった私は、ふと気づく。眠るまでと区切ったということは、レジーにその後の予定があるということだ。

 レジーをそんなに拘束するのは申し訳ない。だから断ろうと思ったのだが、レジーに先制攻撃を受けた。


「それともホレスさんがいるから平気かな?」

「…………あ゛」


 頭の中から師匠の存在がふっとんでいた。

 ぎぎぎっと頭をそちらに向ければ、寝転がって何か悶えているような動きをしている土偶がいた。

 心の中で悲鳴を上げ、私は顔を両手で覆って悶絶する。

 これ以上、師匠にレジーと一緒にいるところを見られたら、恥ずかしさで死ねるかもしれない。死ななくても明日は灰になってそうだ。


「わ、わたし一人でも平気っ。師匠がいるから!」

「そう言うと思った。一瞬でもキアラを一人にさせたくないから連れてきたんだ。アランはサレハルドについてまだ聞き出したそうにしていたけど」


 レジーは抱きしめていた私を離し、頭を一度軽く撫でてから立ち上がる。


「何かあれば隣のエメライン嬢を呼ぶんだよ?」


 そう言って部屋を出て行くレジーを見送った後、私は心底気まずい沈黙に耐えきれず、師匠に話しかけた。


「えーっと、その……」


 思いきり見られるようなところで、あんなことされてしまって、私はとてつもなく弁解しなければならないような気持ちになったんだけれど。


「ウッヒッヒッヒ、言わんでいい。どうせお前さんが王子を好きなことなんぞ、わかっとったわ」

「え……」


 ヤレヤレと言いたげに手を上に向けた師匠に、私は目を丸くする。


「わかってたって」

「ほぼ最初からじゃの。なにせあれだけ迫られても拒否しないんだからのぉ。察しようというものじゃ」


 師匠が見たのは、エヴラールで足首を掴まれた時のことか。


「でも、そんなにわかるものです?」


 あからさまだったかと思えば、そこまでではないがなと師匠が言う。


「基本、お前さんは用がなければ近づかないのだからのぅ。だがお前の方は、同じことを別の人間にされると微妙なんじゃろ。だから森で怪我をして騎士に悪ふざけをされた時など、保護者を増やして盾にしたんじゃろが」

「増やし……うん、ギルシュさんとジナさんに頼っちゃった」


 考えてみれば、素足の先よりも肩の方がまだマシというものだと思う。だけどそれだけでパニックになった。

 あれがもしレジーだったら……必死に避けることばかり考えなかっただろうって、今ならわかる。


「……実は、ついさっきまでよくわからなくて」

「恋愛感情だということか? ウヒヒヒ。お前さんの場合は、無意識に考えないようしすぎると思ったがの」


 それもこれも、レジーに離れてほしくなかったせいだ。今でもまだ、レジーの言葉に答えることに戸惑っているのは、そのせいなんだろうか。

 家族だと言い張っていれば、恋心が無くなっても側にいられるから?


「しかしまぁ、こんな人形になった後で、目の前で娘にいちゃつかれるような微妙なことになるとはの」


 しかもその相手がやたら挑戦的すぎる、と師匠が小さく愚痴り、私は顔が熱くて仕方なくなった。

 確かに紹介した彼氏が、父の前で堂々と娘にキスしたようなもので。レジーはそういうの恥ずかしくないのかな。……だめ、なんかもう、頭がゆだって考えがふわふわしてどうしようもない。慌てて頭を振って考えを脳内から追い出した。


「本当に、師匠はお父さんみたいだと思ってるよ」

「魔力のつながりは血のつながりよりも強いものじゃ。そう考えれば父でいいんじゃろ」

「ありがとう師匠。ずっと大事にするから」

「わしゃお前の嫁に行くわけじゃないんじゃがの? 嫁はお前が行くもので、わしゃ居候としてどこまでもついて行くだけじゃ」

「よ、嫁……」


 そう言われて思い浮かんだのはレジーだったけど。

 心の中がざわついて不安になる理由がわからなくて、私はかすかに唇をかみしめた。

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