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トリスフィード領境の小さな事件 2

 どうやらエイダさんは、軍がトリスフィードへ向かうと聞いて、故郷へ戻りたいと考えたそうだ。

 最初はレジー達に訴えたようだが、もちろん非戦闘員を連れて行く余裕などない。断られたエイダさんは、神頼みをしようとしたところで、熱心な信者のアズール侯爵達と出会ったそうだ。


 話を聞いたアズール侯爵は、エイダさんをトリスフィード外縁近くの故郷まで、連れて行くことを約束。

 偽装のためにエイダさんに兵士のような服装をさせてみたけど、やっぱり女性であることを隠すのは難しく、麻布を頭からかぶらせて荷物に偽装させ、馬車に乗せてきたらしい。


 アズール侯爵が釈明する中、私はほっと息をついていた。

 軍の中にクレディアス子爵か誰かが紛れていたわけではなかったのだから。


「もう大丈夫です。私が感知したのは、エイダさんのペンダントです」


 私は念のため前に立って庇う位置についていたカインさんに、小声でそう伝えた。

 念のため確認してみても、やはりエイダさんの方から魔力が感じられる。


「ペンダント?」

「契約の石なんです。あれって魔術師と同じように感じてしまうので、そのせいで私、エイダさんを見つけてしまったんだと思います」


 事情を話している間、ふと自分の頬に誰かの視線が当たるような気がした。

 気になって目だけで辺りを確認するが、誰も私の方を見ている様子はないし、気のせいだろうか。エイダさんも目を伏せているし。

 首をかしげている間に、アランがエイダさんの処遇を決定した。


「ここまで来た以上、帰らせるわけにはいかない。アズール侯爵達の会話から、軍の進路などの情報を見聞きしているだろうからな。かといって貴重な兵をそのために裂くのも論外だ」


 そう前置きをしたアランは、厳しい判断を下す。


「故郷の近くを通るのは間違いない。そこでこの女を放り出せ、侯爵殿。今後の行軍に連れて行って妙な足手まといになっても困る。もちろんエイダとかいうお前も、そうされる覚悟はあってついてきたんだろう?」

「アラン殿、それは……」


 アズール侯爵がとりなそうとした時、エイダさんは「わかりました」と答えた。


「それで結構です。わたしは両親を見つけて埋葬してやりたいと思っていましたし、敵地でそんなことに殿下方の軍を付き合わせるわけには参りません。敵兵に見つかって殺されても、殿下のお気持ちも得られない今はもう、それでいいと思っておりますので」


 死ぬ覚悟があって来ていると言うエイダさんに、アランが厳しい表情のままアズール侯爵に言った。


「本人も覚悟はあるようだ。今言った通りにしていただきたい、侯爵殿」

「……わかりました」


 アズール侯爵は本当にエイダさんが気の毒で仕方なかったのだろう、気の毒そうに彼女を見ながらもうなずいた。

 私としても、敵に占領された土地に女性一人で放り出すのは忍びない。

 けれど私にはやることがある。エイダさんに付き添ってやるわけにはいかない。

 それでも私だったら、つい同情して余計なことを言い出すのではないかと思ったのだろう、カインさんが先に私を引き上げさせた。


「行きましょう、キアラさん」


 うなずいてカインさんの馬に乗る。

 そうしてもう一度振り返った時、エイダさんは諦めきった人のような笑みを口元に浮かべて、じっと地面を見つめていた。



 その日の夜。

 野営の時に、私の所へ集まってきたエメラインさんやジナさん、ギルシュさんは、エイダさんの話を聞いてなんとも言えない表情をした。


「ようするに、失恋のあげく自棄になったのでは」


 単刀直入すぎて目の前に相手がいたなら失神そうなことをあっさり口にしたのは、エメラインさんだ。

 焚火の明かりが、私の作った石の長椅子に座っているエメラインさんの黒髪と、白い頬を橙色に染めている。


「今まで、強烈なほど殿下に執着していたでしょう? だけどどうあってもなびかない、そしてトリスフィードへ行きたいと家族の情を持ちだしてもだめだったので、完全に諦めるとともに生気も失った……と思ったのだけど、どうかしら」


「わたしもエメラインさんと同じことを考えたわ。他のことは何も見えていない風だったものね……」


 ジナさんが同意するも、ギルシュさんは「うーん」と頬に手を当てて悩んでいた。


「ギルシュさんの考えは違うの?」


 私が尋ねてみると、ギルシュさんはなんとも困惑したような表情になる。


「こう、なんか座りが悪い気がするのよねん」

「と言うと?」


「恋だけしか見えてない、しかもあの子みたいに思い込みも強そうな人だと、フラれたとか自分の芽はないと思った瞬間、自棄になって飛び降りとかする方向に行くんじゃないかって思ってたんだけど……。だから殿下のとこのフェリックス君? 彼からアタシ、うっかりエイダちゃんが城壁とかから飛び出したりする気配があったら、止めてくれるようにお願いされてたのよねん」

「フェリックスさんが……」


 そんな話が裏で交わされていたとは。フェリックスさんも、色々と気を遣って大変だなぁ。

 ぱっと見は柔和そうな人だけど、エイダさんへの対応は厳しくて、なんだか私も怒られないようにしなくちゃという気分になっていた。


「まぁ、あの年頃の娘は一つのことに必死になるとてこでも動かぬからのぉ」

「あらホレスさんたら、女心がわかってらっしゃるのねん?」


 ギルシュさんに褒められた師匠は、ふぉっふぉっと笑って言った。


「そりゃわしも若い頃は、右手と左手に一人ずつ縋ってくる女がいて、自分を選んでくれと懇願されたことも……」

「え、師匠モテたの?」


 疑問に思って素直に尋ねたら、なぜか師匠は沈黙した。


「キアラちゃんキアラちゃん、話にノってあげて!」


 ジナさんがやや気の毒そうな様子で私を促してきたが、そうかノリツッコミかと応じる前に、エメラインさんが流れを断ち切った。


「ギルシュさんは、恋に破れたのなら自害を選ぶ方が自然だということですね?」

「…………」


 師匠は沈黙したまま、話が続く。


「まぁそっちに流れる子の方が多そうって話よ? あと今回の話にしても、ある意味自殺行為をしようとしているようなものだしねん」

「そうよねぇ。敵地になっちゃった故郷に帰ろうだなんて……失恋しても、わたしならやらないだろうなぁ」


「ジナはほら、失恋しても『じゃあ男はもういらない』とか言って自活の道を探しながら、心の中ではずーっと失恋相手のことを思い続けちゃう方でしょお?」


 いたずらっぽく微笑むギルシュさんに、ジナさんが子供のように頬をふくらませる。


「ちょっとそういうこと言わないでよっ」

「別にたとえ話じゃない? 本当のことだなんて言ってないわん」


「きーっ、そのなんでもお見通しみたいな態度がむかつくわー」

「あら反抗期かしらジナ?」


 そのままジナさんはギルシュさんにからかわれて遊ばれてしまう。

 二人の会話の流れから、ジナさんは件のイサークのお兄さんのことをまだ好きで居続けているみたいだ。


 それなのにイサークとは一度婚約者同士になった間柄で。だけど今度は理由があって戦う相手になって。

 ジナさんも本当は辛いんじゃないかな。

 そう考えた私は、なんとなく想像してしまう。

 もし私が、レジーやアラン達の敵になっていたら……。


 逃げだす前の私が、予定通りに敵になっていたら、私を支配しているクレディアス子爵のことが怖くて従っていたかもしれない。クレディアス子爵の悪い評判のことから連想する限り、とても逃げだすどころではなかっただろう。

 あとはデルフィオン城で見た夢みたいに、早く逃れたいと短絡的な行動に出ていただろう。

 それでも戦場に引っ張り出されることになったら……。


「…………?」


 ふと、私は何か思い出しそうな、変な感覚に陥る。


 首をかしげているうちに、エイダさんの話は完全に流れてしまい、エメラインさんにねだられてギルシュさんは自分の初恋について語り始めていたのだった。

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