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私は敵になりません!  作者: 奏多


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デルフィオンの秋祭 4

 その後、篭いっぱいにお菓子を入れたエメラインさん達と私やジナさん達は、何事もなく城へ戻った。

 人数が減っていたのは、件のリボンを編んで作った腕輪を受け取った人や、そのまま一度自分の家に帰る人がいたからだ。


 城へ戻るなり、エイダさんがどこかへ走って行った。


「どうしたんです?」


 思わずエメラインさんに聞いてしまうと、種明かしされた。


「今日は殿下も参加するって嘘を教えたのよ。それで大人しくお祭についてきたんだけど、さすがにバレてしまって。たぶん今から殿下を襲撃するのではないかしら」

「あ……なるほど」


 やけに大人しくエメラインさんの後ろを歩いていると思ったら、そういう裏があったようだ。


「あの人、すごく殿下のことだけを思い詰めすぎているから。外へ出たり他のひとと接したら、少しは視野が広くなるかもしれないと思ったのだけど」


 ダメだったかしらね、とエメラインさんがため息をついていた。


 私は城の中に戻ったので、カインさんにもぜひ休んでくれるようにとお願いし、自分の部屋に戻る。

 師匠を置き、ざっと着替えて息をついた私は、部屋に置いてある水差しの水が少なくなっていたこともあって、中身を交換してくることにした。

 なにせ今日はお祭りで、人があまりいない。さっと自分で入れ替えた方が、みんなも楽だろうと思ったのだ。


 真鍮の蓋つきの水差しを持って歩いて行くと、ふいに階段を駆け上ってくる人がいた。

 レジーだ。

 この人が城内を走っている姿などめずらしい。驚いてじっと見てしまっていると、レジーは私に気付くとやや焦った表情で言った。


「キアラ、私はどこか別なところに隠れたと……いや、君の場合うっかりしゃべりそうだ。ちょっとこっちに!」

「ええっ?」


 手を引かれ、レジーと一緒に廊下の奥へと走らされる。

 何事? と思っている私の耳にも、どうやらレジーが焦っている要因がわかった。


「レジナルド殿下! どちらにいらっしゃいますか!」

「王子殿下は城の外へ……」

「先ほどお見かけしたばかりですもの、外にいるわけがありませんわ!」


 エイダさんの声だ。

 しかもレジーの行先を尋ねられた誰かは、誤魔化そうとしてくれたようだが、あっさりと見破られてしまっている。

 なるほど彼女から逃げていたのかと思っているうちに、レジーはいくつかある部屋の一つに入った。


「キアラはここにいて、私のことはどうにか誤魔化してくれるかな?」

「は!?」


 と言われたかと思うと抱えられ、誰も使っていないらしい客室のクローゼットの中に入れられてしまった。

 水差しを抱えたままの私は、あっという間に扉を閉められて、クローゼットの中に一人取り残される。


 呆然としている間に、何か物音がしたのでレジーもどこかには隠れたのだと思う。

 そのうちにエイダさんの悲鳴と、師匠の「ウヒヒヒヒヒ」という声が響いてくる。


「なによ! まぎらわしいことしないでよ!」

「失礼な娘っ子だのぅ、ウヒヒヒ」


 師匠の笑い声に追い出されるように部屋を飛び出したのだろう、バタンと強く扉を開ける音と足音がする。

 けれどエイダさんはそこでめげなかったようだ。

 次々の手あたり次第に部屋に入ってみては、レジーが隠れていないか探しているようだ。


 なんだか鬼ごっこみたいだなと思っていたら、私が引っ張り込まれた部屋にもエイダさんが入ってきた音がした。


「殿下! どちらにいらっしゃいますか!? せめて感想を! ウケたんですか!?」


 エイダさんの呼びかけに、私は更に驚いた。

 まさか、レジーのウケを狙ってたの?

 ここでようやく、私はエイダさんのすごい仮装に納得がいった。可愛いと言われたいわけではなく、笑って欲しかったのだ。


 気づくと、なんだか胸が小さく痛む。

 やっぱりエイダさんは本当にレジーのことが好きなんじゃないかな……。そうでなければ、笑って欲しいなんて思わないよね。

 と考えていたら、急に隠れていたクローゼットの扉が開け放たれ、明るさに目がくらんで私は目を瞬いた。


「殿下み……なぜキアラさんがここに!?」


 目の前にいたエイダさんが、ぎょっとした顔をしていた。

 同時に私は、あのすごい衣装のままだったエイダさんが眼前に迫っている状況に、思わず怯えてしまった。

 笑うよりも、この格好で迫られるのは怖いよエイダさん!

 そのせいなのか、私はとっさについ本当のことを言ってしまった。


「レジ……レジナルド殿下から、この部屋のクローゼットに入っているように言われて……」

「どういうことなの!?」


 叫んだエイダさんだったが、すぐに「しまった」と舌打ちしたそうな表情になる。


「また他に気を取られているうちに、撒かれてしまうわ! 急がなくちゃ!」


 そう言って私がいた部屋を出て、またどこかへばたばたと走って行ってしまったようだ。

 やがて物音が聞こえなくなると、


「助かったよ、キアラ」


 とレジーが窓にかかったカーテンの裏から出てくる。

 それでなんとなくレジーが私をこの部屋に連れてきた意味がわかった。


「私のこと、囮にした?」

「ごめんね」


 レジーは悪びれることなく謝って来た。

 多分レジーは私に会うよりも前に、どこかに隠れてエイダさんに見つかったことがあるんだろう。だからエイダさんもあちこちの部屋を開けて確かめた上、レジーの体格でも隠れられそうなクローゼットの中も見たのだ。


 さらに一度は、そうして部屋を覗くなりしている間に誰かを囮に引き止めて、レジーがこっそり逃げだしたこともあるのだろう。

 一度引っかかったことがあるエイダさんは、私に気を取られている間にまたレジーが別な場所へ逃げてしまったのかもしれないと思ったのだ。

 けれどレジーはさらに裏をかいて、私と同じ部屋に隠れていたというわけだ。


「運悪く廊下を歩いている時に遭遇してしまって。彼女の気をそらした間に逃げたんだけど、どうしても諦めてくれなくて」

「でも」


 と私は言いかけてしまう。

 今回ばかりは、ただ迫るために追いかけていたんじゃないと思う、と言いかけた。

 でも、喉の奥で詰まったようにそれ以上言葉が出て来ない。


 言うのが怖い。

 理由を探した私は、人の恋愛に首をつっこむべきじゃない、というどこかで目にした言葉を思い出す。

 それに、私なんかよりも察しがいいレジーなら、わかっていて受け入れられないと決めたのかもしれない。

 だとしたら、私が何か言っても迷惑をかけるだけだし。

 二人の気持ちの問題だから……と思うが、すると胸が重苦しくなってしまう。


「どうしたの、キアラ」


 レジーから不思議そうに尋ねられて、困ってしまう。どう誤魔化したらいいんだろう。


「嫌だった? ……そうだね、急に囮に使われて嫌な思いをさせることになって申し訳なかった」

「それは別に嫌ってわけじゃなかったから」


 隠れるためにかばってほしかっただけなのはわかっているし、特にそれですごい被害を受けたわけでもない。友達同士なら怒るようなことじゃないから、レジーが気軽に私に頼ったのも別に変なことでもない。


「でも何かが不愉快だったんだろう?」


 レジーはそう言って、私の顔を覗き込んできた。

 けど、言えない。エイダさんが笑ってほしいと思ってるみたいだよ、ってただそれだけのことが言えないだなんて。

 なんだか自分がいじわるをしているみたいで、それにも嫌な気分になる。


「言いにくい? それなら言わなくてもいいよ」


 黙っていると、レジーがそう言って笑ってくれた。

 いつもそうして、私がすることを許してくれることに、ひどく安心してしまうのだ。しかもレジーは話題まで変えてくれた。


「そういえばお祭りはどうだった?」

「うん、なんか賑やかだった」


「少しは楽しめた? 気晴らしに連れて行きたいってエメライン嬢が頼んできたんだ。君が最近元気が無いようだったからって」

「エメラインさんが……」


 警備の関係でアランもレジーも行かないのに、と不思議には思っていたけれど、まさか私に気晴らしをさせるためだったとは思わなかった。

 だからか。石人形に乗って一段高いところから眺めると言った時に、残念そうだったのは。祭りを体感する、という感じではなくなるからだろう。

 でも確かに、町中を歩いている間はイサークのことは考えなかった。


「大丈夫。ちゃんと楽しかったから」


 イサークのことも、祭りだ仮装だと言われている間はしばらく忘れていたので、エメラインさんの思惑通りにはなっていたと思う。


「それなら、お祭りに出たキアラに参加賞をあげるよ。石人形に乗っていたって聞いたから、お菓子はもらってないんだろう?」


 そんなことを言ってレジーが上着のポケットから何かを取りだした。


「キアラ、手を出して」

「え?」


 言われた私は何をくれるんだろうと思いながら右手を掌を上にして出した。するとレジーが指を掴み、さっと中指に何かを通そうとした。


「え? 何?」

「この間訪問してきた城下の商人が渡してきたものでね。装飾品は必要ないんだけど、デルフィオンの商人と交流する気はないっていう風に取られても困るから、受け取ったものの一つだよ」


 レジーが私の中指に填めたのは、水色の小さな宝石がついた指輪だった。


「え、ええええええ!?」


 なんで指輪? どうして指輪?

 待て。前世知識でも今世の知識でも、こんな簡単に女の子に指輪を贈るものではないはずで。


「驚き過ぎだよキアラ。私やアランの代わりに、祭りに出てもらったというのも本当のことなんだから。指輪ならあまりかさばらないし、万が一のことがあった場合には売ってもいいから」

「でも、指……」


 そんな理由なら、別にネックレスだって良かったはずなのに。

 うろたえる私に、レジーはなんでもないことのように言う。


「お祭りの話はエメラインから先に聞いていたから。猫に首輪を贈った話を上手く商売に使ってね、商人が中指にする指輪は、お守りとして渡すって話をしていたんだ。だからこれはお守り代わりだと思ってくれたらいいよ」


 ……お守り?

 言われて、私は今日のお祭りのことを思い出す。

 そういえば意中の人がいる場合は、腕輪を渡すのだったか。

 指輪なら、そういう意味じゃない? しかも万が一の場合には売ってしまえとか……その、別な気持ちとかそういうものじゃないってこと、だよね?


 ほっとすると同時に、妙にがっかりしたような変な気持ちになっていると、レジーに促された。


「とりあえずキアラ、そろそろ出ておいで」


 いわれてみれば、ずっとクローゼットの中で体育座りしたまま話し続けるというのも、確かに変な話だ。

 私はクローゼットから出ようとした。


 立ち上がりかけたところで、水差しを持っていたことを思い出してひとまず足下に置いた。

 だけどクローゼットは狭い。なのでかがんだときに腰が背板にぶつかった反動で、前に転がり落ちそうになった。


「わ!」

「キアラっ」


 驚いたレジーが、前にダイブしそうになった私を受け止めようとしてくれたけど、とっさのことで支え切れなかったようだ。

 私はレジーを押し倒すようにして床に転がってしまった。

 それでも痛くなかったのは、レジーが守ってくれたからだ。私はレジーと頬をくっつけるような態勢で抱えられていた。


「ご、ごめ……っ」


 レジーの方を振り返って謝ろうとした。だって床には絨毯なんて敷いてなかった。背中とか打って痛い思いをさせたのだ。


 ……ただそれだけだったのに。

 私がレジーの顔を見ようとした時、同時にレジーが私の方を向いてしまった。


 唇の先に感じたのは、柔らかな感触で。

 だけど頬じゃないのが、わかってしまった。

 これ、たぶんレジーの口の端……。


 自分の唇が触れたんだと悟った瞬間、私は急いでレジーの胸に手をついて離れようとした。

 エヴラールの時、未遂で終わった時のような感じでもなく、偶然でこんな風になるなんて。どうしたらいいかわからなかった。


 息ができない。とにかく逃げ出したかった私を、レジーは肩を抱きしめるように押さえた。

 そうして額をレジーの肩にくっつけるように抱え直される。


「ごめんね、嫌だったら忘れてくれていいから……キアラ」


 レジーに謝られて、頭の中の混乱が少し治まった。

 私の方が悪かったのに。だって離れてから謝れば良かったんだから。


「あの、えと、私もごめん……」


 だけど謝られたことで、ひどく悲しい気持ちになっていて。

 ……私、すごく変だ。このままだと、おかしなことを口走りそうで怖い。


「へ、部屋に戻る……ね。エイダさんも遠くに行っただろうから」


 うつむいてそれだけ言うと、今度こそ私はレジーから離れてその場から逃げ出した。


「キアラ?」


 レジーの声が追いかけてくるけれど、自分の部屋に入ってすぐ扉を閉めてしまう。

 そのまま扉に背中をくっつけたまましゃがみこんでしまった。


 すると膝の上に置いた右手に、填めたままの指輪が見える。

 外したら、意識しすぎだと思われてしまうかもしれない。それも恥ずかしい。

 戸惑って。

 結局指輪をしたまま、上から左手で覆うように押さえた。

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