デルフィオンの秋祭 3
翌日、借りて来た仮装を着てみた。
「……くっ、恥ずかしい」
黒のやたらひらひらしたドレスをエメラインさんから貸すと言って押し付けられ、耳だけだからと譲歩させられた、何かの毛皮で作られた猫耳のヘアバンドをつける。
とどめに緑のリボンに金の鈴をつけたものを、チョーカー代わりに首に結ぶ。これも気ついたら、猫耳と一緒にエメラインさんに押し付けられていた。
それでも、エメラインさんを説得して、なんとか派手さを抑えに抑えた結果だ。
おおおお、前世の容姿だったら、顔が洋服から浮きまくって痛いなんてもんじゃなかっただろうなこれ。
それでもコスプレしてるみたいで、慣れない身には恥ずかしい。
「これで外歩くのか……。どうしてOKしちゃったのかな私」
首の猫鈴みたいなチョーカーまで受け入れた理由を考えた私は、試着をして見せたエメラインさんのすごさと、小広間の気合いの入った黒猫仮装の群れを見ていたせいだ。
あの時はこの仮装なんて大人しいものだと思ったし、これから行く場所はあんな人ばかりなんだからと、自分に暗示をかける。
大丈夫。もっと目立つことするんだし。
深呼吸して落ち着こうとしてると、寝台の毛布の下に突っ込んでいた師匠が騒ぎ出した。
「おい弟子! そろそろ出さんか!」
「ちょっと師匠……どうしてそんなに人の仮装を見たがるんですか」
着替える前から「何を着るんじゃー? ウッヒッヒッヒ」と言っていたのだ。
「孫の晴れ姿くらい見てもいいじゃろ、ヘッヘッヘ」
「最後の笑い方が、全てを裏切ってるんですけど……」
何か変なものを期待しているようにしか思えない。なので毛布を剥いで、師匠を外に出してあげた。
「…………黒いな」
「デザインの元ネタが暗翼猫ですよ? 黒くなるんですよ」
黒くて闇の中に紛れて飛ぶ、翼のある猫だ。
これで翼のレプリカまで背負わされたら、前世の紅白に登場してそうな人になったかもしれないが。それは拒否ったので、大人しい衣装ではある。
うん、そうだ。真っ白とか真っ赤とかよりは、痛さはそれほどない。
仮装に自分の意識が慣れてきたのか、そんな気になってきた私は、いつも通りにベルトを腰に巻いて師匠を釣るして部屋を出た。
「お待たせしました」
扉の外には、城下までもついてきてくれるカインさんが待ってくれていた。
祭に紛れてルアインの人が暗殺とか、仕掛けてくる可能性があるからと、護衛つきにするようレジーからも伝言が来ていたし、カインさんからもそう言われていたのだ。
そのカインさんは、一瞬私の衣装を見てから頭につけている猫耳に指先で触れた。
「これ、何の素材を使ってるんですか?」
「エメラインさんが、ウサギって言っていました」
ふわふわしていて大変触り心地がいいのだ。カインさんもそう思ったのだろう。何度か突いた後、私の頭を一度撫でてきた。
「待ち合わせはエントランスでしたよね。行きましょう」
促されて一緒に歩き出した私は、ほっとしていた。
変な恰好だとか言われなかったので。
自分ではそう思わなくても、他人から見ると似合わなくて不格好な場合もある。もしそうだったら、外を歩いても恥ずかしいばかりになるから、心配していたのだ。
安心してデルフィオン男爵城正面エントランスに来た私は、そこで黒い集団に飲みこまれていく。
右の人も左の人も黒、黒、黒猫の耳をつけた人だらけ。
勤めている女性の子供は、猫耳と足首まである膨らんだ形の黒いズボンに尻尾までつけて子猫のように可愛らしい。
成人したばかりだろう女性達は、広げると猫の頭型の扇を持っていたり、何を使ったのかギラギラ光る翼を背負っている人や、襟が大きく開いている服を着て、猫のぬいぐるみを背負っていたりしている。
大人しい仮装の年配の女性でも、必ず猫尻尾と猫耳、鳥の羽を使って作った翼を標準装備し、衣服やレースのベールにきらきらと輝く硝子を縫い付けたりと、かなり手が込んでいた。
そうこれこれ。
ここに混じれば私は目立たない。
中に入ってほっとする私とは逆に、カインさんがやや微妙そうな表情になる。
「なんというか……すごいですね」
「はい、みなさん本当にすごいんです」
カインさんとひそひそ会話していると、女性達の中で頭一つ飛びぬけて背が高いカインさんを見つけた人が声をかけてきた。
「おい、ウェントワース、そこで何してんの?」
アランの騎士チェスターさんだ。なんだか頬を赤くして左右をしきりに見回している。
「お祭では、女性が仮装して歩くのですよ」
側にいたエメラインさんが説明していた。
猫の仮装をした女性は、ついでにお菓子を受け取って歩くそうです。
説明を聞いたチェスターさんの脳裏には、彼流の楽園の姿が浮かんでしまったようだ。
「え、今日って町の中、こんな女の子で一杯!? え、アラン様俺たちも城下に行きましょう!」
頼みます! 後生です! 明日からの活力が! とチェスターさんが一緒にいたアランの両肩を揺さぶりながら懇願している。
アランは微妙な顔で「警備の問題があるからな……」と言いながら、チェスターさんを連れてこの場を離れていった。
そうだ。いろんな人が街中に出てきて混み合うという話なのに、警備とか暗殺を警戒すべき私に、なぜかレジーは参加するように勧めてきた。
どうしてだろう。彼自身は城に籠ったままのようだし。
首をかしげながらも、私はエメラインさんが先導するのに従って、他の女性達と一緒に城から外へ出た。
そしてすぐの場所、城から町へと続く道の脇に建てられていた石柱の側へ行く。
エメラインさんから「これならいいわ」と許可をもらったので、一つを使って大きな犬型の乗り物を作った。
馬くらいの大きさなので、それほど邪魔にはならないだろう。
その背中に座席らしきものを作って乗り込むと、ようやくわくわくしてくる。
小さい頃、大きな犬の背中に乗ってみたいと思ってこの形にしたので、楽しい。
見上げて来るエメラインさんは、ややため息をつきそうな顔をしていた。
「確かに目立ちますけれど……」
エメラインさんは、どうやら町中を足で歩いてほしかったらしい。
引っ張り出すために魔術師が参加しないと、と言ったものの、まさか一人で乗り物に乗ってしまうとはおもわなかったのだろう。
でもごめん。こういった仮装はほら、何度か回を重ねないと思いきったものを着るのが難しいというか、心理抵抗が弱まらないというか。
しかも他の女性達はどうやら男性へのアピールのためでもあるとか聞いたし、関係ない私はそうする必要もないなら、他の人が目立つよう広告塔でもやればいいかなと思ったのだ。
そうして一行は進み始めた。
やや赤味がかったレンガ色の街並みが、目の前に広がって、囲まれていく。
町では軒先に屋台なども並び、行進していく女性達と、道の脇に避けて立ち彼女らを見る男性達などが入り混じってにぎやかだ。
男性達は、通りすがる女性に「飴でございます、この町をお守りくださいませ」とお菓子を捧げ、女性達は手に持っていた籠などにそれを入れて行く。
その先頭を行くエメラインさんには、兵士の恰好をした人達が進み出てお菓子を捧げている。
エメラインさんのすぐそばには、すごい着ぐるみを着たエイダさんがいた。
頭にフードは被っていない。頭には猫耳をつけて髪はいつものようにシニヨンに結っている。
しかし首から下は、私が昨日奪って逃げた着ぐるみを、パワーアップさせたものを着ていた。
ベースは黒猫だ。リュック型の紐でやたら大きな翼を背負っているあたりで十分に気合いが入っているのだが、糸できらきらとビーズを繋げたすだれみたいなのを取り付けている。
肩から腰にかけてレースとビーズできらきらと飾っているのは……夜なべしたのかな? おかげで遠目にもすごく目立つ。
そして猫着ぐるみにチュールレースのスカートをくっつけていた。
エイダさん本人は、夜なべのせいなのか、目の下にうっすら隈が……。
どうして急にそんなにがんばっちゃったんだろう。
そんなエイダさんの後ろを、ちょこちょこ歩く一匹の氷狐がいる。エメラインさんの側にジナさんがいるので、くっついて歩いているルナールだ。
ふんふんとドレスの裾を嗅いでみたりするルナール。
エイダさん本人には気付かれていないので良かったが、気付いたら驚くんじゃないかと、ひやひやしてしまう。
ちなみにジナさんは猫耳をつけていない……羨ましい。どうやって断ったんだろう。
あれこれと気にしてはいたが、それでも私なりにお祭りの様子を見て楽しんではいた。
そして感じるのは、受け止めた向かい風がそのまま体を通過して駆け抜けて行くような感覚。すっとするけれど、寂しいような。
「……楽しいか?」
ふと師匠に尋ねられて、私はうなずく。
「楽しいです。なんか……平和で」
「平和すぎると感じるんですか?」
カインさんに尋ねられて、私は少し考えてうなずく。
「それは多分、戦いやそれを連想するものから、遠く離れたことをしているからではありませんか?」
石で作った犬の隣を歩くカインさんは、そう私の違和感について意見を口にした。
「母や弟が死んだ戦で、私はそう感じましたよ」
続けて語られたのは、カインさんがまだ成人前の歳の時のことだ。
「戦が終わって、弟と母を埋葬して戻ったら、戦勝祝賀でお祭り騒ぎをしていました」
その視線は前や周囲に向けられていて、どこか独り言のようにも思える。
「ルアインを退けて勝ったのですから、喜んで当然なんでしょう。人によっては、そうして騒ぐことで死んでいった仲間や家族の仇をとったのだと、実感できるかもしれません。ただ当時の私にはどうも、落差が大きくて。戸惑いましたね」
カインさんの話を聞いて、なるほどと思う。
確かに、何か区切りがないと戦いが終わったのかどうかすっきりしない。だから勝ったら盛大に祝うのだろう。
さもなければ、悲しんだままで次に向かえないから。
でもまだこれからも戦い続けなければならないと思っている私や、一人残されてしまった寂しさの方が強かった当時のカインさんには、どこか自分のことではないような錯覚に陥りそうになるのだろう。
だからよけいに、カインさんは家族のことが強く心に残ってしまったのかもしれない、と私は思った。
「きっと、自分の気持ちだけみんなから置いて行かれてしまったように思ったから、なおさらご家族のこと、忘れられないんですね」
何気なく感じたことをつぶやいた後、カインさんの答える声はなかった。
ただ数秒。前だけをじっと見つめた後で、私の視線に気づいて小さく笑ってくれた。




