国継と玉藻
岩の裂け目を進むにつれ、外から差し込んでいた月明かりは完全に届かなくなっていった。
ジュラの根城の中は、松明の明かりで赤く照らされている。
国継は足を止めず、前を歩く男の背中を見つめていた。
男の歩みは遅い。時折、胸のあたりを押さえ、「うっ……」と小さく声を漏らしている。埋め込まれた紫の石のせいだろう。
「……子供は、この先におるのか」
国継が問いかける。
男は立ち止まることなく、小さく頷いた。
「ああ」
「お主の子か?」
男から返事はなかった。
「…………」
国継はそれ以上、何も聞かなかった。
罠であることは、最初から分かっていた。
子供がいるのなら助ける。いないのなら、安堵すればよい。
ただ、それだけのこと。
細い岩道を抜けると、前方に広い空間が見えてきた。
岩を人工的に削って造られた、広大な空間だった。
国継は足を止めた。
「これは……」
広間には、いくつかの牢が並んでいる。一つの牢には額を紫色に光らせた鬼。別の牢には、小さなヒヒのような妖が閉じ込められ、その額にも紫色の石が埋め込まれていた。
その時、広間の奥にある通路から人影が現れた。四本の角を持つ男と、その後ろから幼い少年を連れた兵士が姿を見せる。
少年は、国継の前を歩いていた男を見つけるなり声を上げた。
「父ちゃん!」
男は一瞬だけ足を止めた。だが、少年の方を見ることもなく、ちらりと国継を振り返る。
「すまねぇな、旦那」
そう言うと、四本角の男へ駆け寄っていった。
「約束だ! 一人連れてきたぞ! 桃太郎の親父だ! これで俺を助けてくれるんだろ!」
「父ちゃん! 父ちゃん!」
少年が何度呼んでも、男は振り返らない。
四本角の男――ジュラは国継を一瞥すると、満足そうに口元を歪めた。
「うむ。ご苦労だった。褒美だ」
ジュラは突然、男を蹴り上げた。
「ぐっ……!」
男が床へ転がる。そのすぐそばへ、ジュラは鎖を放り投げた。
「ハハハ。なんとなく蹴りたくなったわ。それで彼奴を縛ってこい」
男は腹を押さえて蹲りながら、鎖へ手を伸ばした。一度だけジュラを睨みつける。
「……約束は、守ってくれよ」
ジュラは突然、男を蹴り上げた。
「ぐっ……!」
男が床へ転がる。そのすぐそばへ、ジュラは近くにあった鎖を放り投げた。
「ハハハ。なんとなく蹴りたくなったわ」
ジュラは鎖を指さした。
「それで彼奴を縛ってこい。分かったな」
男は腹を押さえて蹲りながら、床に落ちた鎖へ手を伸ばした。
一度だけジュラを睨みつける。
「……約束は、守ってくれよ」
男は鎖を手に、国継へ向かって歩き出した。
やがて男の身体がジュラと重なり、国継の視界からジュラの姿が消える。
――その瞬間。
国継は懐から護符をすっと取り出し、頭上へ放り投げた。
「ツクヨミ様――御力を」
護符が宙で光を放った直後、広間全体が、一瞬にして暗闇へ包まれる。
「なにっ!?」
それが合図だったかのように、国継たちが通ってきた岩道の陰から、黒い影が飛び出した。
玉藻だった。
壁を蹴り、一気に広間を駆け抜ける。
「ぐあっ!」
子供を押さえていた兵士へ体当たりすると、その身体を弾き飛ばした。
玉藻はそのまま子供の着物を咥え上げると、地面を蹴った。
暗闇の中を駆け抜け、国継のもとへ戻ってくる。
「玉藻さま」
玉藻は国継の横へ子供をそっと下ろした。
暗闇が晴れてくる。そこには、玉藻と国継が、ジュラに目を睨みつけていた。
「ここまでだ。四本角よ」
*
一方――。
サイカたちは、四本腕の獣を倒した場所から、ジュラの根城へ向かっていた。
龍であるシルフィードの傷は、すでにほとんど癒えている。サイカとセツナはベヒモスの背中に乗り、シルフィードはその横を飛んでいた。
その時、サイカが前方に人影を見つけた。
「あれは……桃太郎じゃないか?」
ベヒモスが桃太郎の方へ進路を変える。
距離が縮まると、サイカは声を張り上げた。
「桃太郎! サードはどうした!」
桃太郎もこちらに気づき、駆け寄ってくる。
「サイカ殿!」
桃太郎は息を整えながら答えた。
「父上は、人質を取った男を追って根城へ向かわれました。玉藻様――いや、サード殿も、その後を追っております」
「サードも……」
サイカは根城のある岩山へ目を向けた。
理由は分からない。だが、胸騒ぎがする。
「急ごう」
拳を強く握る。
「ベヒモス、もっと飛ばしてくれ!」
「承知でやす!」
ベヒモスが地面を強く蹴った。
「サードがいる。早く行かないと」
一気に速度を上げ、サイカたちはジュラの根城へ向かった。




