22歩 通り名
「ルー……。バルお兄……ちゃん」
「ダメだベル。動くな」
突然のことに驚いてうっかり通り名を言いそうになっちゃった。普段使ってる名前も絶対に言ってはいけない。名前で身元が知られるかも知れないからここだけの呼び方を決めてある。
ルレイル先生とボルドとわたしで決めたことを思い出す。
『これまではお前らの名前で呼んでいたけどな。正式に裏ギルド<プラント>のファミリーになったからには通り名を決めよう!』
『おじさんみ……たいの?』
『そうだ! 表の世界では孤児院で働くティオ・パトルウス! 裏の世界では<プラント>フォルテ支部で長を務める青のラズワルド! 名前も重要な情報の一つだからな。いわゆるコードネームが必要だ!』
話が少し長いとポーズが2回3回と変わって逆立ち状態になってるし。
『通り名かあ。ルレイル先生はどんなの? 聞いたことないよ?』
そうだ。わたしもまだ聞いたことがない。
『そういや言ったことないな! 特別レッスンのときは使う必要がないからな! 俺の暗殺者としての通り名は灰のグレイだ! 通り名は自分で決めろ!』
わたしとボルドにビシィっと指を差すルレイル先生の体がねじれたポーズになってる。目立つような話し方に自己主張の強いポーズ。この人ってほんとに暗殺者なのかな?
『ふーん。色がいいの?』
『いや? 別に決まりはないな? 自分の印象で決めてる奴が多いか? うっかり名が知れ渡って拳鬼とか凶龍とか異名で呼ばれている実力者もけっこういるぞ』
拳鬼? 凶龍? 怖そう。あまりお近づきにならない方がいい感じ? 会うこともないだろうけどね。
『それなら俺の髪は赤いからルージュにしようかな? 赤のルージュでどう?』
『決定!』
ビシッと10本指で差してる。もう手のひら。
『簡単だなあ。アーヤはどうする?』
『ん……アーヤは……』
色か。わたしの髪と目は金色。キンイロ?
「ふふ」
トゥリックが最初に言った名前を思い出して笑っちゃった。
どうしようかな?
……わたしの目的……。
生きていくための願い。
そうだ。そうだよ。
わたしの一番大事な人の名前をもらおう。
お母さまの名前。
『ルプス……狼のルプスにする。い……い?』
ダメって言われたら嫌だな。いいって言って欲しい。お願い。
心から願う思いが視線と顔に出ていたかも知れない。
ルレイル先生がちょっとびっくりしてる?
『狼か! それもいいと思うぞ! アーヤは狼のルプスに決定!』
『犬でも良さそうじゃない?』
『がる! アーヤは犬じゃない! 狼!』
『はは。さすがアーヤ。小さいころから変わんないな』
そんな感じで通り名が決まった。
わたしは狼のルプス。
ボルドは赤のルージュ。
あれ? レフとライも特別レッスンを受けていたよね? それなら通り名をもらってる? だけど貴族に養子としてもらわれていったし関係ないのかな?
『そうそう。通り名と言っても堂々と言いふらしていいもんじゃないからな。任務やその時々で呼び名が必要になるからそれは忘れないように!』
二人で視線を合わせて頷いた。
どうでもいいけど前世の言葉と共通点があるような気がする。ルピナスの花もそうだったし。もしかしてわたしみたいなのが前にもいて言葉を広めたとか?
そんなやりとりがあって、いまのわたしの名前はベル。ボルドはバル。ということになってる。ボルドが決めてくれたんだけどなにか意味があったりするのかな?
そしていま。
ステージから見下ろす光景は大混乱だった。
さっきまで芝居がかった顔で浮かれていたオークショニアが必死の形相をしている。
「檻に戻れ!」
命令通りに体が動く。檻には入ったけど鍵が締め切られないまま運ばれるわたしとボルド。よっぽど慌ててる。それもそのはず。雪崩れ込んできた騎士たちの数はどんどん増えている。
会場の壁にいた黒ずくめの人族たちが武器を手に攻撃を始めてるけど騎士たちの人数が多くて優勢だ。
会場にいる客たちを捕らえ始めているし、騎士の数人はステージの上に注目して「逃すな!」と叫んでいた。
舞台裏に向かってガラガラと車輪が大きな音を立てている。わたしとボルドは売られていくはずだった亜人たちと同じ場所まで運ばれた。
「くそ! なんでここが分かったんだ!」
「商品は絶対に守れ! 運び出すんだ!」
「待て! その前にやることがある! 証拠を残すな!」
「おい! 奴らがくる! 手を貸せ!」
ここ。このオークション会場は辺境の城塞都市フォルテの地下深くにある古代遺跡の一部を利用していると計画書に書かれていた。昔から存在しているのに誰にも知られていないはずの場所。騎士たちは裏ギルドとは別のルートでここにたどり着いたのかも?
騎士ということは領主が関係しているはず。ということは非道な人身売買をなんとかしようとしてるってことだよね? ていうことは亜人たちの味方って思ってもいい?
ううん。信用しちゃダメかもしれない。人族はちゃんと話してみないとなにを考えてるか分からないから。
オークション主催者側の人族が混乱している。騎士たちに応戦するために何人かが会場へと向かっていく。残った人族が証拠になりそうなものをかき集めてる。テーブルに檻の鍵が置いてある。
わたしもボルドも檻に戻れと命令されたまま。檻の鍵はかけられていないけど奴隷契約の首輪が有効だから動けない。
だけど……。亜人の子どもたちをなんとか助けたいと思った。いまがチャンスだから。
そうだよ。助けたいんだよ。
妖精郷が炎で燃えていたあの日。
矢で傷ついていたのにピスィカはわたしを助けるために人族に殴られて捕まった。
あのとき、なにもできなかった自分が悔しかった。
わたしにできることをしたい。
だけど怖い。予定と違うおかしな状況に自分がどうしたらいいか分からない。臆病で怖がりな自分がいる。
だけど助けたい。
「助け……たいんだ……よ」
この子たちもなにかしら命令をされてるのか悲鳴を上げてもいいはずなのに怯えたままでいる。
隣の檻にいる丸みを帯びた耳の長い少女を見ると同じ首輪をしていた。もしかして……。
「ベル? なにするつもりだ?」
檻の格子にへばりついて声をかけた。
「首輪にか……けられた奴隷契約の魔法を解錠……する合言葉を教えるから。隣の子にも同じ合言葉を唱……えて」
「ベル!?」
ボルドが驚いてる。ごめん。余計なことするよ。
驚いた顔をしてるけど、真剣な顔でこくりと頷いてくれた。
「自由なき解放。だよ」
解錠の合言葉で耳の長い少女の首輪に施された魔法文字から青い光が消えた。わたしとボルドの首輪も一緒に解錠された。有効範囲にいたから。
わたしは檻から飛び出してテーブルの鍵をひったくる。
「マジか。くそ!」
ボルドも檻から飛び出すと手近にあった羽ペンを手にして一人の男の首筋に突き刺してる。急所への一撃で声もなく倒れた。きっと死んで……。そう思ったら心が凍りつきそうだった。怖くて。
でもいまは怖がってる場合じゃないんだ!
大急ぎで檻の鍵を開ける。
「手伝っ……て!」
鍵は一個じゃなかった。手渡してそれぞれ檻の鍵を開ける。
つののある少年。背の低すぎる美少女。半身が鱗姿の青年。それぞれに解錠の合言葉を唱えて奴隷契約の戒めと檻から解き放つ。
半身もふもふ毛の美女だけ不安そうに動かないでなにもしないでいたからわたしが助けた。
その間にボルドは二人目、三人目と倒していた。混乱に包まれた怒号と絶叫のせいでわたしたちの行動に、まだ気づかれてはいなかった。
「み……んな逃げて!」
亜人の子どもたちそう告げたとき。
「ダメだ! もう逃げるしかない!」
「なんだ!? なんで倒れてる!?」
「おい! 商品が檻から出てるぞ!」
「どういうことだ!」
「命令だ! 檻に戻れ!」
会場から舞台裏に戻ってきた数人に見つかった。ボルドに倒されないまま残っていた人族にも気づかれた。
「ベル。俺は残って任務を果たす。お前はあいつらを連れて逃げろ」
ボルドに早口で耳打ちされた。その声はひどく苦しそうだった。
「お兄ちゃん!?」
わたしの呼びかけに無言で背中を向けた。
「がるるるう! 僕の妹に手を出すなあ!」
泣き叫ぶようにして剣を持った敵に向かって行った。なにも持たずに。ボルドは攫われた獣人の子どもの演技を徹底してる。
どうしよう!?
迷ってる暇はないよ!
振り返ると亜人の子どもたちがどこに逃げたらいいかとうろたえている。
みんなを助けたい。
ごめんボルド!
わたし、わたし行くね!
お願いだから死なないで!
「みんな逃げ……るよ!」
たまたま近くにいた半身もふもふ毛の美女の手を引いたら抵抗された。
「わたしは! ここに残ります!」
「え!? ダ……メだよ! こ……こに残ったら酷いことをされちゃう!」
なんで抵抗するの!? なんでそんなに嫌そうな顔で睨むの!?
奴隷は殺されちゃうかもしれないんだよ!?
「命令が効かない!?」
「なんで首輪が解錠されてる!」
黒づくめが疑問の声をあげてる。
早く逃げないと捕まっちゃう。
会場から地上へのルートも計画書に記されていた。いくつもの道があったけど図面はしっかりはっきり覚えてる。ここに連れてこられるときは荷馬車だったから大きな道を使った。遺跡へ続く出入り口は決してひとつじゃない。
敵から逃げきるためには……。
「あっちに逃げ……て! 走って!」
通路の一つを指差した。
抵抗する半身もふもふ毛の美女の手を無理やり引っ張っるけど、進もうとしてくれない。だから、ほかの子どもたちに先に走らせた。
「逃すな! 捕まえろ!」
「逃げられるよりマシだ! 多少傷をつけてもかまわん!」
黒ずくめの男たちが迫ってくる。のんびりしているひまはないのに!
「え?」
「ほら! 早く逃げる……の!」
傷の言葉に怯えた半身もふもふ毛の美女がやっと動いてくれた。高いヒールのあるパンプスを脱ぎ捨てて走る。
「その子はうらにまかせて。力には自信があるから」
先を走っていた半身が鱗姿の青年が足を遅めて声をかけてくれた。引っ張る手を渡すと抱きかかえて走り始めた。
「道を知ってるの?」
つののある少年も同じように隣にやってきて聞かれた。
「うん!」
「僕、少しだけど特技があるんだ。だから最後は僕が走る。みんなを引っ張って」
「わ、わたしも少しだけ魔法が使えるから。わたしもがんばるから」
耳の長い少女が泣きながら必死に話してくれてる。気が弱ってるのか長い耳が垂れ気味。
「分か……った。みん……な行くよ!」
会場に灯されていた魔法の明かりは逃げた通路にはなかった。
あっという間に光が届かなくなる。
真っ暗な道を走る。
背後から追っ手の声が聞こえる。
暗い闇へ向かって突き進むしかない。
ここは地下深い古代の遺跡なんだ。
なにがあるか……分からない。




