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21歩 狂気

「皆様! 今宵のオークションはいかがでしたしょうか! これにて終了と相成ります! ……と、最後のご挨拶を申し上げるところでございますが?」


大袈裟に身振り手振りをする競売の進行役、オークショニアが意味ありげな微笑を浮かべてる。

暗い会場でいくつかのテーブルに座る人物たちを見回してる。どの席に座る者も顔全体を隠す仮面をつけていた。身につけている衣装も普段目にすることのないような派手なものでこの場のためだけに開催者が用意したものだという。


オークショニアの言葉に拍手で答えるそいつらは嫌な笑い顔をしているに違いないと思う。

裏側から聞こえていた限り、ここにいる客たちは決して声を上げていなかった。ボソボソと仲間同士で話すことはあるかもだけど。


金糸や銀糸が施された豪奢な赤い布の隙間、舞台袖から見える光景にわたしは吐き気がする思いだった。


「そもそも私どもが主催するオークションはカタログのご用意もない不躾なもの。入場の際にお知らせの通り! フィナーレとなる最後は世にも珍しい商品をご用意させていただいております!」


正当なオークションは出品物とその情報、開始価格がカタログに記載されて参加者に販売されるそう。裏オークションは証拠となるものはなにも残さないように、主催者も参加者も細心の注意を払っているのだとか。


舞台裏で綺麗な衣装を身につけた商品たち。

耳の長い少女。つののある少年。背がやたらと低い美少女。半身もふもふ毛の美女。半身が鱗姿の青年。

こんな存在はルプスお母さまとピスィカ、妖精たち以外に見たことがない。


人族とは違う特徴のある子どもたちは肌艶もいいし怪我もない健康そのもの。

そもそも不健康な奴隷なんて商品にならない。価値があるものならなおさら。地位も権力も財産もある客のためにきちんと管理され、相応しい教育をされることもあるとか。


子どもたち数人の表情は青く冴えない。これから起こる未来に絶望しているから。かと思えば笑顔でいる子もいる。

みんなすでに出品されて競り落とされていた。ステージと客席を繋ぐ人の欲が感情の波となっていろんな色がわたしの目に見える。そんな気がした。

わたしもボルドも歯軋りする思いだった。悔しくて悲しい。この子たちを助けることができたらどんなにいいか。


だけどいまはなにも言えない。それにきっとなにもできない。

わたしたちにはわたしたちの目的がある。

今回の標的を暗殺できればきっと事態は良くなる。この子たちも救われるきっかけになるかも知れない。


「お前。おもしろいな?」


舞台袖の壁に寄りかかる黒づくめの男が声を発していた。その声はわたしに向けられているようで振り向くと視線が合ってしまった。

右眼がない。代わりに大きくて古い傷がある。

わたしの金色の瞳を見すえる左側の瞳が黒い。焦点が合っていないような、まるで底がないように感じる暗い瞳にゾクっとする。


「お前みたいな奴がなんでこんなところで捕まってる?」

「がううう」


黒づくめの質問に、狼のように唸るボルドがわたしを背中に隠した。


「ふん。便所に行ってくるわ」


男の背中を見送る。黒づくめの言っている意味が分からなかった。だけどなんだか冷や汗をかく思いだった。あの男が怖くて。


「ベル。気にするな。もうすぐだから気を引き締めろ」


いまだけの名前でボルドに呼ばれた。密やかに。


「う……ん」


もうすぐわたしとボルドが出品される。

だけど、あの底の知れない欲望の目に晒されると思うと怖い。脚が震える。心臓が止まりそうになるほど心が恐怖で縛られる。あの子たちもきっとこんな思いだったんだ。


「遠い各地よりこちらにおいでの紳士淑女の皆様はご存知でしょうか?」


もったいぶった芝居がかった言い方で興味を引こうとするオークショニアのいやらしい視線が仮面の奥に垣間見えるような気がする。怖気が走る。

紳士淑女と言っても、ここにいる客は代理人であることも多いらしい。万一でも身元がバレないように本人がくることは少ないのだとか。


「しろがねに輝く獣の王! 白銀狼の存在を!」


男の言葉でこれまで一言も声を上げなかった客たちがどよめいていた。


「ご存知のお方もいらっしゃるかもしれません……。これは噂にしか過ぎません! とある都でまことしやかに囁かれる流言! ですが紛れもない事実! 幻の神獣とも魔王たる魔狼とも言われる伝説の獣を手中におさめた強者がいらっしゃるようです!」


幻の……神獣?

魔王……魔狼?


さらにどよめく会場。思いもかけないことだったのか口にしないではいられないのかもしれない。


「これは主催する私どもといたしましても予期せぬことでした……。本来であれば準備に準備を重ねてご案内するところ……」


さっきまでやかましいくらいだったのに、膝をつき声を落として静かに語る男の次の言葉を待つ人の皮をかぶった獣ども。


「今宵! 思いもかけず出品することと相成りました! すでに出品された品をはるかに超える商品でございます! 最後の品は幼くも儚い! 伝説の獣に勝るとも劣らない! 白銀狼の獣人である少女と少年をご覧ください!」


男が熱を込めて話していたときからステージの中央に運ばれていたもの。ばさっと豪奢な布がめくられると大歓声が上がった。決して多くはない人数なのにうるさい。


檻の中にいるわたしとボルドに注がれる視線が心の底から気持ち悪かった。


「なんとしろがねの耳が生えている」

「立派なしっぽの手触りの良さそうなこと」

「髪も銀に輝いている」

「なんと美しい」

「成長したら絶世の美女となりそうだ」

「本当に幻の獣人なのか?」


真偽の分からない客たちの数人が声を上げている。

わたしが絶世の美女ね。

クラブ<クラウン>の蝶々、ヴィペラママに施してもらったメイク術は貧相なわたしでも化けることができるらしい。

ボルドのわたしを見る目にギョッとしたけど。しばらく見られっぱなしだった。なんで?


「もちろん本物でございます!」


男の手に持たれた鍵で檻が開けられた。


「さあ。お嬢さん。お坊ちゃん。こちらにおいでの紳士淑女の皆様にご挨拶を! 従順たる証としてその美しい尾を振るうのです!」


言われた通りにする。

弱々しく打ちひしがれるように腰を下ろしていたわたし。立ち上がってドレスをつまみ、貴族の令嬢のように完璧なカーテシーをした。後ろを向いてしっぽを右に左にと振るった。ついでに耳もくるくると動かして見せた。

ボルドも一礼をしてしっぽを揺らしていた。

それはそれは可愛らしく。


客席から上がる嬌声。

本当に気持ちが悪い。

こんな奴らみんな死ねばいいのに。


本物の芝居のように遊んだおままごとと、学んだ礼儀作法が役に立っている。

ライとセーリオと一緒にいた時間が懐かしい。


さらに大歓声の上がる会場。

信じたらしい。

もちろん耳もしっぽも本物じゃない。裏ギルドのファミリーたちが精巧に作った魔道具だ。錬金術師や魔法使い、腕のいい毛皮職人たち複数の専門家の手によるもの。

わたしとボルドの意思と感情に反応して動く創造魔法がかかってる。ぱっと見でも分からないし、じっくり見ても分からない。

わたしの金髪もボルドの赤髪も魔法で白銀に染めている。


「ご覧の通り! 従順にしつけてございます! と、言いたいところですが! そこは急なことでございまして! 隷属の奴隷契約を首輪に施してございます!」


これは本当。

太くて重たい革と金属でできた首輪を付けられている。奴隷契約の魔法がかけられている証に魔法文字ルーンが青く光っている。人身売買をする奴らはこういう知識を持っているから誤魔化しにくいと聞いた。

だから本物。

ただし。施錠と解錠の合言葉は教えてもらってる。ちゃんと試したから間違いない。


大事にしてる妖精の羽の髪飾りと光る石の首飾りはつけてこなかった。取られでもしたら嫌だったから。


男は続ける。盛り上がる会場を前に両手を振り上げて高らかに宣言する。


「少女と少年、ワンセットとなります! さあ! 二度とお目にかかれぬ幻の存在を手にするのはどなたか! さっそくですが開始価格は!」


男が提示した金額はとんでもないものだった。それに怯まずに、落札するためのハンドシグナルと上乗せされた価格を宣言する声が飛び交う。競売が始まった。


狂気だ。

わたしみたいな幼い少女と少年をどうするつもりなのか。

想像もしたくない。

ここにいる一人一人から感じる黒い塊。その塊が大きな一つのもののように感じられる。

怖い。怖いよ。

人という生き物はなんて怖いんだろう。

人の欲望がわたしの心に流れ込んでくるようで恐ろしくて心が震える。異様とも思える熱気に混ざったどす黒い心を感じて心臓の嫌なドキドキが止まらない。


こういう奴らがきっとルプスお母さまとピスィカを……。


そうだ。白銀狼の話をしていた。

噂? とある都? 事実? 幻の存在を手にした奴?

まさか……ルプスお母さま?

え? 生きてるの? そんなはずない。

まさか……命を失ったルプスお母さまを……。


「がううう」


唸り声が漏れた。

心の中が真っ黒になる。怒りと憎しみが胸の奥から湧いてくるみたいだった。頭の中が支配されていく。

闇に。

そうだ。

闇だ。

ルプスお母さまと暮らした洞窟で感じた恐ろしい闇。

あれは……絶望の闇。


そう思ったとき。目の端に映った。

わたしの口から静かに漏れ出ている黒いもやのようなものが。だけどそんなことはどうでもいい。


許さない。

許さない。

わたしの大事なものを奪う奴らは許さない。


「あ」


手のひらにぬくもりを感じて声が漏れた。隣を振り向くとボルドが優しい顔でわたしに視線を送ってる。焦るな。怒るな。機会を待て。俺が守る。そんな感情が伝わってきた。

ボルドの心からの想いにわたしの中の闇が消えていくような気がした。おかげで心が落ち着いた。


ボルドにはわたしの事情を説明したことはないから知らないはず。だけどもしかしたらわたしの顔を見て、わたしが変なことをしようとするのを止めてくれたのかも知れない。

そうだよね。いまここでわたしが暴れたりなんてしたらいけない。目的が果たせない。


我慢をしないとすべてが台無し。目的は、裏で奴隷売買の元締めをする大商会の悪人を暗殺すること。わたしの手で。


「落札決定いたしました!」


カンカンカンとと木槌ガベル木製の板(サウンドブロック)に打ち鳴らしながらオークショニアの歓喜の声が高らかに会場中に響いた瞬間。男の歓喜をかき消すほどの大歓声が客席から上がっている。

わたしには想像もつかないほど二人につけられた値がとんでもない金額なんだろう。


情報通り、落札したのは会場の一番奥にいた女だった。標的の部下だけど客に扮して参加している。出品された商品を買わせたくないときに行う裏工作。


ボルドと視線を合わせる。うっかり瞳に希望の色が見えないように暗く沈んだ表情を顔に浮かべた。


計画通りだ。

ルレイル先生とのやりとりを思い出す。


『元締めを暗殺するために奴隷と偽って商品となる。か』

『そうだ。やつは単独で行動することはない。どこに行こうとも腕利きの側近に守られている。毒殺も不可能だ。悪どいやつは身を守ることも徹底してるのさ。だから、うまいこと売られる子どもの気持ちになって演じてくれよ!』


変なポーズは忘れない先生を尊敬するべきなのかな?


『そ……んなにうま……くいくかな? ほかの客に買われたりしない?』

『いくさ! 標的は出品されるお前たちのことを知らされていない。だから必ず標的が競り落とす!』


『商会に古くから潜り込んでいるうちのファミリーの偽装工作か。手柄を立てるために急に持ち込まれた商品を勝手に競売にかけるって計画書にあったけどさ。ほんとに標的のとる行動に間違いないの?』


『心配か? 諜報部と潜入したファミリーが調べたんだから間違いない! やつは必ず出品される前に商品を検品するそうだ。重度のもふもふ獣人狂いだからな! それが幻の白銀狼に由来するものなら絶対に手に入れたいと考える!』


『気持ち……悪い』

『大丈夫! 俺がアーヤを絶対に守るから!』

『……ありがと』


体いっぱいに力強く表現するボルドの気持ちはうれしいけどね? 変な期待はしないでね?


『おいおい。あんまり熱を入れすぎてボロを出すなよ? 標的は検品するために必ず二人きりになる! もしかしたらボルドも一緒かも知れんが、そこまでいけばこっちのもの!』


一体いくつポーズのバリエーションがあるんだろう?

二人きりね。ほんとに気持ち悪い。


『会場にいる仕掛け人は競売が始まった後に姿を隠す。あとは計画通り暗殺すればいい! 万一不測の事態が起こったときのために俺も地上で待機しているからな!』


そしていま。組織が考えた計画通りに事が運んでる。わたしとボルドが檻に戻るようにオークショニアに指示をされた。


「全員、そこを動くな!」


わたしの覚悟が決まったとき。会場の入り口から、先頭を走る少女に続いて何人もの影が現れた。騎士? 辺境の城塞都市フォルテに常駐する騎士とは違う出立ち。


え? 一体なにが起きてるの?

こんなの計画になかったよね?

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