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12歩 辺境の城塞都市

「がううう!」

チビじゃない!

こいつってなんだ! なんか悪いこと考えてるな!


「そんなに怒るなって。腹減ってるんだろ? 大したもんはないけど俺は食い物にはこだわってる方なんだ。楽しみにしてろ」


お腹は空いてる。ほっぺが落ちるくらいにおいしいものをもらったけど小さかったからとても足りない。袋から取り出す食材が気になって地面にちょこんとお尻をつけて座った。言ってみれば狼の正しい座り方。

食べ物の誘惑には勝てないかも。


鍋を取り出して火にかけるための台?を組み立てている。鍋を手に歩き始めたから監視のつもりで警戒しながらついて行く。どんな悪さをするか分からないから。


おじさんの動きをしっかり見届ける。そんなわたしを横目に楽しそうにおじさんが話を始めた。


「ここらはな。地下水が豊富なんだ。川が近くにあるわけじゃないし、平地だってのにどこに水源があるのか地表にまで新鮮な水が湧いてるんだよ」


ほんとだ。窪んでる地形の一番低いところからコポコポと耳触りのいい音を出しながら水面がまあるく膨らんでる。水底は砂石が敷き詰まっていて水の噴出でふわふわサラサラと流れている感じが綺麗。ずっと眺めていられそう。

おじさんは地面に湧く水を鍋に入れてる


綺麗な水面に髪が燃えて短くなったわたしが映ってる。水源と言えば大森林の大河を思い出す。

新鮮な水がおいしそうだなあ。


ん? 新鮮な水?

なんの問題もない爽やかな匂い!

ずっとのどが乾いてたんだった!


それほど大きくもない水たまりに顔を突っ込んでゴクゴクと飲み込んだ。カラカラだったのどに染み込んでおいしい。


「うまいか? 冷たくて気持ちいいだろ」


顔いっぱいに感じる冷水で暗い心も洗われるようだった。いっぱいたっぷり飲みすぎたせいで顔を上げたときに、ピューっと口から水を吹き出しちゃった。


「うは。おもしろいことしてるな。びしょ濡れだなおい。顔を拭いてやるよ」


油断してたわけじゃないのに、あっさり懐に入られて顔に固めの布を当てられた。気持ちよくない。ゴシゴシされたから振り払う。


「がう!」

そんなにしたら痛い!


「あれ? 顔が汚れちまった。いけねえ。汚い布で拭いちまったな。それにしても綺麗な金眼をしてるなあ。まるで太陽の光に輝く黄玉トパーズみたいだ」


驚いた。

わたしがルプスお母さまの瞳に感じたことと同じことを思ってる。わたしの大事な思い出に触れられたようでなんだか心がムズムズする。

あれ? わたしの瞳は青いはず。なんで金色になってるの? そういえば繭の中で映る自分の金眼を見た記憶がある。瞳の色が変わってる? 不思議。


汚いのは嫌だからもう一度水に顔を突っ込んでバシャバシャした。またびしょ濡れになっておじさんに笑われた。


「これからうまいもの作るからな」


おじさんが焚き火のそばで食材や調理道具をあれこれするのを間近で見守った。


水を張った鍋に布袋に入っている乾いた白い粒々をザラザラと落としてる。干からびた肉をナイフで刻んで、乾いた細切れのものを鍋に投げ込んでる。最後に透明の器に入った焦茶色の液体をぴちょぴちょと入れていた。


透明の器が地面に置かれたから匂いをすんすんと嗅いでみたら生臭くて鼻を引っ込めた。

そんなわたしを見ておじさんがまた笑ってる。


焚き火の炎に煽られながら鍋の中でくつくつとなにかが煮えている。脇から覗いてみた。これ……見覚えがある。とても懐かしいお料理の記憶。もうずっと忘れていたもの。


「ふふ。出来上がりだ。ほらよ」


使い古した木の器に盛られた食べ物と木のスプーンを突きつけられた。目の前で湯気がふわりと揺れて、ふくよかな香りが鼻の中に勝手に入ってくる。

いい匂い。

さっき感じた生臭さはなくてクセはあるけど、お腹を刺激する香りだった。


ぐう。お腹がなる。だけどやっぱり心からは安心できない。


「熱いうちに食べた方がうまい」


ぐいっと手を引っ張られて両手に持たされた。手のひらにぬくもりが伝わってくる。しゃがんだままの姿勢でよだれが器にぽたりと垂れた。

舌を伸ばしてぺろりと舐めてみる。


「わふ!?」

熱い!?


「なんだあ? 犬みたいなことするくせに猫舌かよ」


おじさんが眉をしかめて青い髭をさすった。


「どれ」


わたしの手首をつかまれておじさんがスプーンで中身をひと掬いすると、ふーふーと息を吹きかけてる。

あ……わたしがルプスお母さまにしたことと同じことしてる。


「ほらよ」


食べ物が乗ったままのスプーンを手渡された。しばらく眺めてから、はむっと咥えた。

口の中であったかいゆるゆるとしたものがほぐれていく。

粒々がどろどろの感じ。甘くてしょっぱい旨味をごくりと飲み下していた。


「おか……ゆ」


ぽろぽろと涙があふれる。

遠い遠い昔に感じる食べたことのあるもの。お米をゆるく炊いたもの。乾いた細切れのものは野菜を乾燥したものだった。シャキっとした歯応えが心地いい。干からびていたお肉も少し柔らかくなってくにくに食べ心地が楽しい。

風邪を引いたり具合が悪いときにお母さんが作ってくれるもの。よく覚えていないけれど確かにそんな想いを感じる。


「なんだ米を食ったことあるのか? 味の決め手は魚醤だよ。魚を塩漬けにして発酵させたものだ。塩よりも旨味があっていい。塩っ気が強いから腐らなくて旅には欠かせない代物さ。まあこの匂いが苦手ってやつもいるけどよ。うまいだろ」


わたしを見つめる瞳にふんわりとした優しさを感じる。


「どんどん食え」


言われるままに。木のスプーンを握りしめて口に運んだ。熱い思いをしながら。ふーふーと一口運ぶたびに暗い心を晴らしてくれるみたいな熱さだった。

器の中身がなくなるとおじさんが大きな匙で追加をよそってくれる。


あっという間に鍋の中身がなくなっていく。残りはあと少し。

おじさんが干し肉と、平たくて丸いなにかを交互にかじっては水を口に運んでる。平たくて丸いものを力いっぱい噛み砕いていてバキンと音を立ててる。石みたいに固そう。そしてあまりおいしそうには食べていないように見えた。


「なんだ? こいつも食ってみるか?」


かなり指に力を入れて割ったかけらを放り投げられたから慌てて口で受け止めた。


「うは。ほんと犬だな」


犬じゃないもん!

口に入ったものを噛んでみる。

ええ? とっても固い。噛み噛みガリガリしてもなかなか崩れない。ほんの少ししょっぱい。まずいわけじゃないけどおいしくもない。


「小麦粉を焼き締めたビスケットみたいなもんさ。一年経っても二年経っても食えるから保存食としては優秀なんだが堅いだろ? アイアンプレートっても言われるくらいだからな」


そして空になったわたしの器に気づいてまたよそってくれる。最後のひとすくい。


「な……んで」

わたしにばっかりおかゆをよそっておじさんは食べないの? と聞こうとしたけどうまく喋れないから途中でやめた。


「あん? ガキは腹いっぱいうまいもんを食べるもんだ。旅の間はそうそういい食材は消費しないもんだよ」


わたしのためにおじさんは良くない食べ物を食べたってこと?

もしかしてあの甘い干し果実も数が少ない大事なものだったりする?

この人……優しいのかもしれない……。


「アーヤ」


ぽつりとつぶやいた。聞こえないように。


「お。もう一回言ってみろよ」


「がるん」

やだ。そっぽを向いた。


「ふふ。お前さ。元いたところに戻りたいだろ? 場所は分かるのか?」


元いた場所。戻りたいに決まってる。


「森」

「森? どこの森だ? なんて呼ばれてる森だ?」


森の名前? なんだっけ? ずっと前にルプスお母さまから聞いた気がする。

確か……。

フォ? ホォ? ヴォ?


「フォホォヴォ?」

「なんだそりゃ。聞いたこともないな。なあアーヤ。ここまで連れてきておいてなんだが。お前、俺と一緒にくるか? 拠点にしてる都があってな。ここから数日で行ける。もしかしたらそこでなにか分かるかも知れないぞ」


一緒に? 行くあてもないし手がかりもないし。

このおじさんについていけば人族のいっぱいいるところに行くことになる?

そしたら……ルプスお母さまの仇を探せる? ピスィカがどうなったか知れる?


こくりと頷いていた。

不安な気持ちも怖い思いも押しのけるくらいに。


「決まりだな。明日は早い。もう寝よう」


そして。翌朝からふたり旅が始まった。毛長馬のボーの背中に乗って。


丘を越えて、小川を渡って、時には崖を迂回して。道なき道を進む。

道中。サイと岩を足したような獣の群れから隠れたり。空を飛ぶ蝙蝠とワシを足したような巨大な怪物に追いかけられたり。草原に咲く花々の蜜を吸っている蝶々の大群が飛び立つのを見たり。

そのたびにおじさんがあれやこれやと丁寧に教えてくれる。

まるでルプスお母さまみたい。おじさんの胸にもたれて安心する。


どこまでも広がる大地は緑と生命に満ちあふれていた。わたしが育った森とは違うけど。


そして。大森林では見たこともない人の造った場所に辿り着いた。

高い壁に囲まれた大きな街。壁の高さを超えた立派な石造りの建造物が見える。いくつもの高い塔がそびえるお城だ。

壁の周りには深く掘られた溝がある。さらにその周囲には畑が広がってた。見えるだけでも働いている人がいっぱいいる。きっとたくさんの人族が住んでる。


「俺の拠点。辺境の城塞都市フォルテだ。さあ行こう」


畑道を抜けていつの間にか大きな道を進んでた。壁沿いにいくらか進む。壁には蔦が絡まっていてボロボロにも見える。きっと古いもの。

進んだ先に大きな門があって何人か人が立っている。先端に刃のついた長い棒を持ってる。


一人が話しかけてきてビクッとした。武器を持ってる人族を怖いと思ってしまったから。

妖精郷にいた人族も武器を持っていた。憎い思いと一緒に恐怖もやってくる。ルプスお母さまを殺した奴らと関係があるのかもと思って、唸り声を上げたらおじさんに髪の毛をぐしゃっとかき混ぜられた。腹立つ。


おじさんが軽く挨拶をしていくらか言葉を交わしてる。笑って話してるから知り合い?

ボーの背中に乗ったままのわたしのことも聞かれてたみたいだけど、頭をぐしゃぐしゃにされて怒っていたからあんまり耳に入ってこなかった。何事もなく門を通り抜ける。


壁の中はたくさんの建物と人であふれていた。なんだかにぎやかだ。こんなに人族がいっぱいいるなんて……。

ここにいる人たちもルプスお母さまを殺した奴らの仲間?

なんだかわたしを見られてる気がする。そう思ったら急に怖くなった。

復讐したい。仇を討ちたい。その黒く燃えるような想いは変わってない。


だけど。元々怖がりな性格があまり変わっていないことに気がついてビクビクしながら周囲を見回していた。


大きな荷車だったり荷物を背負って運んでいたりする大人や子どももいる。たくさんの食べ物や布、いろんなものを並べている場所もあって人だかりができてる。

通りを行き交う人がほんとに多い。

不安と恐怖、ここに生きている人の生活を感じながら通りを進んで行った。


石造りの建物がぎゅうぎゅうに建ち並ぶ暗い路地裏を通り抜ける。密集した木造りの集落の間をジグザグと進んでいく。

建物群から少し離れた古い木造りの建物にやってきた。建物の正面には石で仕切られた広い畑に葉っぱがいっぱい生えていて数人の子どもがいた。


「あ! ティオが帰ってきた! また子どもを連れてきてる!」


葉っぱを摘んでいた小さな男の子が大きな声をあげていた。

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