【幕間】彼女の話(後編)
短編「完全記憶の貴族令嬢は、魔術師に恋をした。~選択と才能と、秘めた想い~」として公開していたものです。すでに読んでいる方は読み飛ばしてかまいません。
「いけません!」
お母様の怒号が部屋に響いた。
「マリア、私はそのようにお前を育てたわけではない」
続いて、お父様も冷たい声で私に告げた。
「本当、だからお義父様とマリアを会わせるのに私は反対したのよ。こんなことも、お義父様が吹き込んだことなんだわ」
「ううん、私が決めたことなの」
「マリア、わかっているのか」
「わかってる、つもり」
「何もわかってない! わざわざクレーデル家の身分を捨てるなど」
「ああ、もうどういうことなの」
お母様が天を仰いだ。
私はアランと出会い、数日考え込んで、私が何を選択すればいいのか決めたのだ。
私は、魔術師になる、と。
そして、世界をより良くしようと。
それが、お祖父様の言う、私の才能を使う場所なのだと。
当然、両親は怒った。
この国で魔術師になるということは何を指すのか私も調べていくうちに知ったことだ。魔術師を束ねている魔術師協会は貴族を束ねる貴族院と半ば敵対関係にある。協力関係では決してない。だから、魔術師、それも国家魔術師になり、魔術師協会に属せば貴族としてのあらゆる恩恵を失うことになる。魔術師協会の意志決定に貴族が入り込む余地をなくしたいのだ。それが国での決まりだ。
「叔父様の方がクレーデルを継げばいいんだわ。叔父様がクレーデルの財産を欲しがっていたのはみんなも知っていたし、それでいいでしょ。私は魔術師になる、そう決めたの」
「お前は……、それに魔術師になるには条件があるんだぞ」
「それも私は調べてもらった。そんなに多くはないけど、魔術学校に通えるくらいには魔力があるらしいの。それに、クレーデルの家にもかつて魔術師になった人がいたのも調べたわ、お祖父様のお父様が、魔術師になったのね。きっと、お祖父様にも才能があったのだわ、もしかしたら、お父様にだって……」
「私は、クレーデルのために」
お父様が苦々しい声で言った。お父様にも魔術師としての才があり、それを知っていてなお、家のためにそれを選択しなかったのだ。
「私は選択をした。それを後悔したこともない」
「それなら私も、選択をするわ。お父様、私たちには『選択』の意味がわかっている」
お父様は半ば私を睨むように強いまなざしで私を見据える。
「変えるつもりはないんだな」
「ありません、お父様」
お父様が溜め息をついた。
「……まずは魔術学校に合格をしなさい。そして卒業までの五年間のうちに結果を出しなさい。そこまでの金銭はこちらで用意する。結果が出なければ、クレーデル家の人間としての役目を果たすように戻りなさい」
「結果が出れば?」
「そこからは好きにしなさい」
「あなた! そんなこと!」
「いや、マリアは十分に育った。父はマリアを尊重した。それを私も尊重する」
「ありがとう、お父様」
私は、深々とお辞儀をした。
魔術学校にはほとんど楽に合格することができた。基礎的な知識があればそれでよく、本を完全に記憶できる私には造作もないことだった。
反対に入学してからの方が大変だった。周りは魔術師の家系の人間ばかりで、それまでにすでに訓練をしている。その時点で差が開いていた。更に、私が持っている魔力は彼らに到底及ばない、前提としての魔術師の才能が私にはほとんどなかった。
それでも私は食らいついた。
魔術書は一度読めば何を書いているのは暗記できるし、いつでも記憶として呼び出せる。お祖父様とのやり取りで、文章から意味を理解する訓練もしている。筆記試験は常に満点だった。
だから、あとはひたすら基礎をやり続けてた。それでも何とか平均的な成績にしかならなかった。私はいつしか前代未聞のアンバランスな魔術師候補の生徒という評価を得ていた。
基礎訓練で挫けそうなときは、アランのあの青い瞳と優しげで、それでいて芯のある顔を思い出すことにしていた。その時だけは、私には勇気の灯がほんの少しだけ灯っていた。
アランには頻繁ではないものの、数ヶ月に一度は街中で偶然に会った。
最初は私が魔術学校の制服を着ているのを見て、大いに驚いていた。
「君がそれを選択するとはね。貴族のままでいられれば、生活に困ることもないだろうに。魔術師なんて、貴族の身分を捨ててまでするような大層な職業ではない」
「魔術師は職業ではなく生き方そのもの、そうでしょ?」
「そう、そうだね、それがわかっていればそれでいい」
アランが右手で私の頬に触れた。温かな熱が伝わっていて、それに反応して私の顔が熱くなっていくのがわかって、それを悟られないように呼吸を整えた。
「君は、自分のことをよくわかっているんだね」
アランが言っているのは、私の魔力量のことだろう。
「私は、私はそれほど才能がないってことくらいわかっているわ」
「そうか、それでも選択をしたんだね」
アランが手を離した。
「私はあなたの次に、世界を良くするための魔術師になるわ」
「それは頼もしい」
アランは微笑んでいた。
それからちょっとした魔術のコツを教えてもらったり、理論書の解説をしてもらったりした。そのたび、彼に近づいているようで嬉しくもあり、彼の本来の才能との違いに悲しくなったり、中性的ではありつつもそれでも男性的な精悍な顔つきになっていく彼にドキリとしていた。
私も11歳から16歳になる間にそれなりに成長をしたつもりだけど、身長だけはほとんど変わらなかった。アランからの扱いもあまり変わっていなかっただろう。
12歳のときには目指す目標として憧れがあった。13歳のときには才能の差に嫉妬があった。14歳のときには尊敬に変わり、そして、15歳のときには、明確に、私は恋心を持っていた。
アランは私を一人の魔術師候補として接してくれていた。もどかしい気持ちもあったけど、それが心地よくもあって、私はそれなりに満足をしていた。いや、関係を進めようとする自分に怯えていたのかもしれない。
五年間の魔術学校を経て、私は16歳になり、国家魔術師への登用試験の受験資格を得た。国家魔術師試験は卒業者のうち上位にしか受験資格が与えられない。私の成績はかなり歪であり、受験資格を与えるかで慎重な判断があったらしいが、私自身が強く希望したことでなんとか受験することだけは認めてもらった。
試験の最終結果を見た。
合格だった。
あとで開示された情報によると、実技は不安があったがなんとか及第点、筆記は確認するまでもなく、あとは面接で、面接官の一人だった長身のエチカという女性の国家魔術師が私を面白がって推してくれたらしい。年齢が若すぎることに対して他の国家魔術師が懸念を持っていたところに、彼女は「とっとと研究に回した方がいい人材だ。誰も引き取らなければ私が面倒を見る」とまで言ってくれたらしい。
合格後、家に戻ってお父様とお母様に報告をした。
二人とも喜びはしなかったが、お父様だけは、
「これで、お前はクレーデルの人間ではなくなる。それがお前の選択なのだろう?」
と言った。
「はい。お父様、お母様、今までありがとうございました。これからは一人の魔術師として生きていきます」
「まあ、家の門をくぐるなとまでは言われないだろうから、たまには帰ってきなさい。貴族ではなくても、誇りある私たちの娘だ」
「はい」
後日、魔術師協会に国家魔術師としての登録をした。
国家魔術師は誰か一人の国家魔術師を師匠として指定しなければいけない。魔術を行使することに難があり、また魔術師の家系でもない私を勧誘する国家魔術師はいなかった。元々貴族であるということも、彼らに嫌がられたのだろう。
だけど、私は気にしなかった。
国家魔術師の師弟関係は弟子が選択していい制度になっている。
だから、私が誰を師匠とするかは決まっているようなものなのだ。
「お、ちゃんと受かったようだね」
魔術師協会本部、国家魔術師の多くが在籍している建物、通称『塔』の廊下を歩いているとき、私は私を推した国家魔術師のエチカに会った。
「師匠は決めたかい?」
「あの、それが、なんですけど」
「私は取らないよ。聞いたかもしれないが、面接会議で言ったのは方便さ。というより私より適任がいる。私の弟子で、ちょうどそろそろ弟子の一人でも取らなくちゃいけないと思っていたところだ。どうだ、私たちの元で研究をしないか? どうせ他の魔術師連中はあんたの価値を理解していないだろう? ああ、いや、私はあんたの『選択』を重視するよ」
私はこのときにはエチカの弟子が誰かを知っていたから、渡りに船だった。
「はい、私は私の選択をします。よろしくお願いいたします」
「ま、よろしくするのは私の方じゃない。早速だ、これから会いに行こう」
私はエチカの後ろについて彼女の研究室に入った。
そこには彼がいた。
彼は何か書き物をしている手を止めて、私を見て意外そうな顔をした。
「マリア……、君はちゃんと国家魔術師になったんだね」
「そう、私はあなたと会って、私は行くべき道を決めた。」
「なるほど」
「あなたのおかげで、あなたのせいだけど、あなたの言葉だけじゃない。私は私の意志で『選択』をした」
そして、なるべくであれば、あなたと長く一緒にいられるように。
この想いは秘めておく。
そのときが来るまで。
国家魔術師の正装のスカートの裾を掴んで、頭を下げる。
「これからよろしくね、アラン師匠」
そして、これから私たちの短くて長い五年間の物語が始まる。






