第四話 心ない人々 ①
チェンミィたちの街から離れて、私たちはしばらく歩いていた。
「次の街はどれくらいだろう」
「さあ」
私の質問にアランが答える。
「ただ、途中で野営が必要になるかもしれない」
「うん」
荷物の中にはまだ食料はある。数日は持つだろう。もうすぐ夕方になりそうだった。
歩きながらアランが口を開く。
「結界は、大きく分けて形式が二つある」
師匠として講義を始めているようだった。チェンミィたちに聞かれてしまえば不審に思われる可能性があったから、あのとき何も言わなかったのだ。
アランに返す。
「自身の周囲に張るタイプ、『自己結界』」
私が手を広げて親指を折り曲げる。
「もう一つは場に張るタイプ、『位置結界』」
人差し指も折る。
「その差は」
「自身の周囲に張るタイプは、本人を中心点とする。基本は円形だけど、人によっては違う形を作るものもある。本人の周りだから、移動しながら使うことができる。魔力消費も大きくないけど、代わりに魔力を使い続けることになる」
「そう」
「場に張るタイプは、その通り、場所に設置する。大抵は街とか、建物を守るために使われる。利点は魔術師本人が離れていても結界が継続し続けること。魔力消費は場の広さ、強度によるけど、魔力は一度大きく使えば、そのあと維持に使う量はそれほどでもない」
「場に張る結界の欠点については」
「魔術師本人に場についての知識があること。そうでなければ強度が弱まってしまう」
「それで正しい」
チェンミィに、アランが街に対して『思い入れがない』から結界を張れないといったのはそういうことだ。結界はあくまでイメージの世界が影響する。場の隅々まで思い描けないようでは、設置をしても簡単なものに限定される。
「街に一人は魔術師がいるのはそういうことだ。重要な拠点については国が魔術師を派遣することもある。いや、百年前ならあった、が正しいかな。今がどうなっているのかはわからない。チェンミィは代々あの街にいる魔術師の家系らしいが」
アランが続ける。
「結界の効果内容は三つだ」
アランが三本の指を立てる。
私はアランの人差し指、中指、薬指に順に自分の人差し指で触れる。
「感知結界、認識結界、反射結界」
「説明して」
「感知結界は人や動物、魔力の流れの出入りを監視する。監視するだけで侵入を拒めるわけじゃない。チェンミィが使っていたのはこれ。基礎的、かつ、単純で少ない魔力で使うことができる」
とは言っても私が感知結界を使えるわけではないけど。
「認識結界は結界内部の状態を変化させる。また、結界外からどのように見えるかも操作する。認識改変魔術の一種で、別なものに見せたり、存在自体を見えなくしたりする。認識が歪められるから、見えないものには入ろうとすることもできない。『ある』という認識がなくなっているから、気がつけばそこを迂回しようとする。私が城に使っていたのはこれ」
アランが頷いて補足をする。
「認識結界は、普通は街には使わない。街に入ることができなくなるからだ。場合によっては外に出ることもできなくなる。ただ緊急時に使うことはある、外から攻められたときなどだ。最後に反射結界は」
「私は見たことがない。教えられるレベルにもならなかったかも。魔術の出入りを制限する、だよね」
「正確には、『魔術的な存在すべて』だ。それには魔術師や魔術だけではなく、魔力を持つ人間や生物も含む。ただ、体系として存在しているだけだ。使える魔術師はほとんどいない」
「そうなの。アランはそれを」
「自己結界の範囲なら短時間使うことができる」
アランはほとんどいない、の例外なのだ。
「アランって、本当にすごい魔術師なの?」
「どうかな」
アランが笑った。
私はアランのことをあまり知らない。たまに昔のことを聞こうとしてもうまくはぐらかされてしまう。わかっているのは、若くして国家魔術師の資格を持っていて、弟子を取るくらいの能力があること、私と出会ったときには国の僻地である城に居を構えていたこと、私の両親が『最後の手段』としてアランに私のことを託したことだ。
「私は魔術師の家系ではない。エミーリア、君と同じく、まあ、突然変異みたいなものだね」
「そうだったの。ねえ、小さい頃はどんなだったの?」
「私が? そうだな、海ばかり見ていた。海辺の街だったから」
アランが顔を上げて少し遠くを見た。
「さて、今日の講義の最後だ。これらすべての結界には欠点がある。私たちが魔術師で、改変魔術を基礎とするゆえの欠点だ」
「欠点ってなに?」
カバンを地面に置いて、腰を屈めたアランが左手で何かを取った。
「エミーリア、認識結界を張って」
「え?」
「君ならできる。百年張り続けたのだから難しくない。イメージするだけだ」
アランが右手を差し出したので、私が左手でアランの右手を取る。
「範囲は君と私を覆うくらい」
「う、うん」
アランは左手に何かを持ったまま、杖を取り出して空に向ける。
私は想像する。二人の周りに膜を張る。アランがチェンミィたちの交渉から逃げるために使ったのでそれを真似すればいい。
「結界を」
私がそう宣言すると、外の景色が歪んだ気がした。
チリチリと目を奥が痛んで軽い頭痛もする。これは私が私を守るため城を覆っていたものと同質であることを示している。
「そう、うまくいったね。それで、欠点とは」
アランが左手に持ったもの、小石を真上に投げる。小石はある程度空を上っていって、ピタリと止まって私たちの目の前に落ちる。それでようやくアランが何を言いたいのか私にもわかった。
「どの結界も、物理的な侵入を防ぐことはできない」
「そう、たとえ認識結界であっても、そこには確かに『ある』のだから、たとえば、砲撃をやたらめったらに撃ち込まれたら砲撃手がどう認識しているかどうかに関係なく当たる可能性がある」
「そっか」
「結界は本質的には戦争の道具じゃないからね。あくまで自己認識を拡張する魔術の一部でしかない。ただ百年で二つ変わったことがある。一つは魔弾の存在。チェンミィが受けた銃弾だ」
アランがもう一度屈めてさっき落ちた小石を掴む。
握った小石を広げる。そこに小石があるし、確かに見えるのだけど、どこか曖昧になっている気がする。
「位置結界の応用だ。銃弾を場とみなして一時的に結界で覆う。それを身体に受けると、内部に極小の結界が構築される。他人の作った結界を身体に留めてしまうことはとても危険だ。たとえ弾が通り抜けても、結界が残れば肉体の魔力の流れが乱されてしまう。それは致死的な作用をもたらす、魔術師ではない医師ではどうもできないだろう」
アランが小石を地面に落とす。
「もう一つは、攻撃魔術、この間見せた魔力を直接撃つ魔術、いや、これ自体を私は魔術と呼びたくないが、それに対抗する方法だ。エミーリア、君ならどうする?」
「……反射結界を使う」
「そう、しかし反射結界は高度な結界だし、消費する魔力も大きい。だからなんといえばいいのか、一部だけだから、部分反射結界というのかな、いや、それも違うか。魔力的な物体でもなくていいわけだし。まあ、こうする」
アランは小石をまた落とし、左手の杖を上下に振る。目の前に青白い、アランの瞳と同じ色の壁ができて、それはすぐに消えていった。
「というよりも、『壁』だ。魔力を直接出力し、魔素と混合させて壁を瞬間的に作ればいい。なんとも嘆かわしいばかりだ。このようなことに魔力を使おうなどと」
アランは本気で嘆いているようだった。彼の時代、つまり私の時代でもあるけど、そのときと魔術師のあり方が変わってしまったことに失望しているのだろう。
「だが、この先何があるかわからない。『壁』なら物理的な攻撃にも耐えるだろうしね。使えるものは使えるようにしておこう。ん、おや」
アランが街道から離れた一点を見たので、私もそれに釣られてその先を見た。
「街? いやでも大きそうじゃないから村って言った方がいいのかな」
視線の先に家が複数建っているのが見えた。
「まあ、休むことはできるかもしれない」
「行こっか」
「そうしよう」






