第十一話 おろかでみじめで幸せな ⑥
夢を見る。
アランとマリアがいた部屋だ。研究室でないから、エチカの家だ。前にアランの夢で見たのとは違い、かなり散らかっている。散らかっているというか、まるで物置のように所狭しと物が積まれている。掃除も行き届いていないのがわかる。
「エミーリア」
私の右横にアランがいて椅子に座っている。
「私の夢にいるね」
「うん」
「わかっていれば、こうして会話もできる。私と君は繋がっているのだから」
アランが左手を私に向ける。足元に椅子が生えてきた。私はそれに座る。
ドアを乱暴に開けてエチカが家に入ってきた。ドアを押したのと反対の手では子供の手を繋いでいる。面影がある。アランの子供の頃だ。エチカも若い。
「いつまでも泣いているんじゃないよ」
小さなアランの来ている服は汚れていて、空いた手には何を持っていない。
「アランと言ったね、まずはお風呂だ」
「でも……」
「いいから、言いたいことがあるならそれからだ。ほら」
手を離した小さなアランの背中を押してどこかに連れていく、エチカの言う通りならお風呂だ。
「私が最初に師匠に会った日だ」
横の大人のアランが言った。
「私が一人で中央都市に来たとき、エチカ師匠に拾われた」
「どうして一人で……」
私の質問にアランは答えなかった。
時間が切り替わり、テーブルの上で小さなアランがスープを飲んでいる。向かいには満足そうなエチカがいた。
「どうだい? 悪くないだろ?」
アランは頷いて野菜をすくって口に入れる。よほどお腹が空いていたのかアランはエチカを見ずに最後まで食べきった。
「ここの子供じゃないね?」
アランがまた頷く。
「いくつだ?」
「十二」
「どこから来たんだい?」
エチカの問いかけにアランが首を振る。
「言いたくないなら言わなくていい。そこに戻るつもりはないのかい?」
返事に躊躇したのかアランは固まって、そこから下を向いてしまった。
「中央都市に来た理由は教えてくれるかい? まあ、都会だ、来たい人間はいくらでもいるが」
アランはこちらに聞こえるかどうかの声で言った。
「魔術師になるため」
「なるほどね。こっちを見な、アラン」
エチカに言われてアランが顔を上げる。エチカはアランを品定めするように見ていた。
「あんたは自分に素質があることを知っているんだね?」
アランがこくんと頷く。
「わかった。あんたには二つ選択肢がある。一つは私と一緒に救護院に行く。あそこなら、まあ、ひとまずは預かってくれるだろう。運が良ければ魔術学校に通えるかもしれない。何年先になるかはわからないがね。魔術学校は常に偉い魔術師のご子息で定員いっぱいだ。それにそこに入るのであれば、都市の市民としての身分と十分なお金がいる」
アランが首を振った。
「嫌なら連れていかないさ。さて、もう一つの選択肢は」
エチカが今までにない笑顔になる。
「私と一緒にこの家に住むか、だ」
「でも……」
「遠慮することはない。あんたにはちょっとばかし、私の身の回りの世話をしてもらいたいのさ。見ての通り、仕事で忙しくてね」
アランが周囲を見渡してその惨状に気がついたようだ。
「食事が作れるとありがたいんだが、その辺りは覚えてくれればいい」
「でも、それだと……」
「学校に通えない?」
「うん……」
「いずれ私の仕事を手伝ってもらうさ、それで十分だ」
エチカの言葉にアランはきょとんとしている。
「あれ、言ってなかったか」
エチカが頭を掻く。
「私はエチカ、国家魔術師だよ。ここにいればあんたは魔術学校に通う必要もない。私が直に教える。国家魔術師の推薦なら魔術学校に通わなくても国家魔術師の受験ができるのさ。私の指導は少し厳しいかもしれないが、受験資格が得られる最短四年であんたを国家魔術師にしよう」
話を飲み込むのに時間がかかったのか、やや間があってアランが目を輝かせた。
「決まったようだね、ちょうど二階に一部屋空いている。あんたはそこに今日から住むんだ。服やら何やら買ってやらないといけないが、余っている物で多少はなんとかなるか、明日は買い物だね」
エチカが頬杖をつきながらアランを見て微笑んでいる。
「そうだ」
横にいた大人のアランが言った。
「私は嬉しさのあまり気がつかなかった。師匠は確かに『部屋が余っている』と言った。師匠が一人で住むには大きめの家だ。それにその部屋だけは片付いていて、誰かが使っていたのをそのままにしたようだった。ほとんどの物は買ってもらったが、次の日に着ていくだけの服はあった。どうして師匠は子供向けの、しかも男の子向けの服を持っていたのだろう。あの服は、そう、サイラスと同じくらいの大きさだった」
「じゃあ、そこに彼がいたの?」
「……わからない。師匠がその部屋について何か言っていた記憶はない。他の記憶でも、サイラスという名前を聞いたことはない」
「エチカさんに家族は?」
「天涯孤独だと言っていた。それ以上は聞けなかった」
「そう……」
本人にそう言われてしまっては聞き出すのは難しい。
場面が切り替わる。
エチカの家はもう片付いている。テーブルで紙に何かを書いている少し成長したアランがいた。
「帰ったよ」
ドアを開けてエチカが入ってくる。
「おかえりなさい、師匠。夕食はもうできています」
「上出来上出来。そっちは」
アランがエチカにびっしりと文字が書き込まれた紙を見せる。エチカはそれを上から下まで一瞬で目で読む。エチカがアランの頭をわしわしとかき回す。
「十分だよ。理論には正直さほど期待していなかったがなかなかだよアラン。二年でこれならあと二年で十分合格レベルに達する」
「本当ですか?」
「私は嘘は言わない」
「そうですね」
新たな場面。
二人で夕食を取っている。アランがまた少し成長している。
「筆記はどうだった?」
「まずまずですね」
テーブルの調味料を何も言わずアランがエチカに渡した。エチカもそれを何も言わず受け取ってスープにかけている。息がぴったりでまるで本当の家族のようだった。
「それはよかったね。明日は実技か。アランなら問題ない。明後日の面接はどうにでもなる、私の知った人間が面接するんだ。多少の加点はするし、そうさせる」
国家魔術師の試験のことだ。
「それは不正ではないですか?」
「公正に受けて落ちたいのかい?」
「いいえ、そういうわけではありません」
「血筋で言えばあんたは例外だからね、まともに相手する必要はない」
「わかりました」
「そう、魔術師になることがスタートさ。それまでの過程なんて……」
「どうしました、師匠?」
「いや、何でもない。アランが来てもう四年か」
「そうですね」
「助かったよ」
「え? それはそうですよね、師匠の世話にも慣れましたし、師匠も健康になったのではないですか?」
「ああ、そうだね。いや、そうじゃない」
「どうしました、師匠?」
エチカが手を止めて、天井を見る。アランもそれに合わせて天井を見て不思議そうにしていた。
「ありがとうアラン、私は道を外すところだったよ」
「何を言っているんですか?」
「まあ、私の話さ。あんたは明日に備えてさっさと寝るんだ。片付けは私がやるよ」
「……珍しいですね」
「かわいい弟子の試験期間くらいは真面目に動くよ」
「そうですか。それでは」
アランが席を立って二階へと上がっていく。
エチカしかいなくなった部屋の時が止まった。これはアランの記憶だから、アランがいない場所は進まないのだ。
「どうして忘れていたのだろう」
横にいた今のアランが言う。
「あのとき、師匠は何かを言おうとしていた。きっと大切なことだった。もっと聞くべきだったのかもしれない」
天井を見て止まっていたエチカが振り向き、『私たち』を見た。
「さて『朝』が来た。次は私の話をしようじゃないか」






