Chapter7:ネルスターの弱点(3)
「……おいキール、確かバーントシェンナだろ?一緒に帰ろう」
ナプドールの駅に着いて、みんなおのおの散りぢりになっていく中、6番線の乗り場に向かっていると、私を呼び止めた人物がいた。
「ソレルさん、どちらでしたっけ?」
「ピーチキーンなんだ。東6番線。同じだよな?」
「いいとこ住んでますねぇ、さすが。」
「いやいや、狭い家に窮屈に住んでんのさ。」
ソレル・バノン副室長。たしかこの人は妻子持ちだ。私はM・ラボのデバイス設計室のメンバー(つまり今日のメンバー)の中でこの人が一番好きだった。兄貴風っていうか、親分肌っていうか。アヴェンジャー社に入ったばかりで右も左も分からない私の面倒をいろいろと見てくれたのがこの人だ。ちなみに私のブーツを楽しげに改造してくれたりするのもこの人。
ネルスターがマジックマニアになったのも、昔からちょくちょくM・ラボに通ってて、ソレルさん達研究職の人たちの手ほどきを受けていたからだと言う。
「新しいM・ガン、いいだろ?」
「ええ、びっくりしました。こんなに軽い銃が作れるなんて。さすがアヴェンジャー社って感じ。特察も、民間がこれだけの技術持ってたら真っ青じゃないですかね。」
「キールのおかげだよ。普通銃を“軽く”してくれなんて注文は来ないからなぁ」
ホームにスカイウォーカーが入ってきた。仕事に疲れたビジネスマン達がたくさん乗っている。一方ナプドールの駅から乗る人は少ない。アヴェンジャーが研究所を構えるこの街はバーントアンバーとパラミノという大都市に挟まれた谷間みたいな街だ。
「ただし、何度も言ってるがそれじゃあ人は殺せないから、充分気を付けるこった。」
彼はちゃっかり二人分のシートを確保してくれながら言った。
「だから、それ、“普通”ですって。」
私は苦笑しながら突っ込む。
本来法律は、ヒトに致死量以上の魔力を打ち込めるようなデバイスを許してはいない。前世紀から永きに渡って続いてきた“攻撃魔法”の伝統を全面的に取り締まることはさすがに諦めたみたいだけど。
しかしそれも、あくまで法律上の文言であって、実際はなし崩しにされてしまっている。魔力が致死量かどうかの線引きなんて政府の魔圧探知ぐらいじゃ測定出来ないような微々たる曖昧な差なので、政府も取り締まりをしあぐねているのだ。
「話は変わるが、……実は折り入ってキールに頼みがあるんだ。」
ソレルは体格のいい体を縮めて(研究者とは思えない)、少し声のトーンを落としつつ言った。
「頼みですか?なんでしょう。」
「単刀直入に言うと、キールに調査に入って欲しい案件がある。」
「……いきなりですね。どういうことですか?」
「いや、友人からおかしな話を聞いてな。笑わないで聞いて欲しいんだが……バイブラントに、“死の商人”と呼ばれている酒場があるんだそうだ。」
「死の商人?」
「ああ。聞くだに眉唾っぽい話なんだが、文字通り、“死”を売っている酒場らしい。そこへ通う人間が死ぬんだそうだ。」
「なんですかそれ、どういう、」
「俺もよく分からないんだ。だが、その友人が言うには、そこへ通ってた知り合いが、みるみるやつれて死んだんだと言うんだ。自殺だったらしいんだが。」
なんだか話が物騒な方向になってきた。
「それって例えば、麻薬とか邪魔の類がらみの話ですかね。」
「ああ、俺もそう踏んでる。麻薬の密売をしてるか、邪魔をやってるか、あるいはたんなる偶然かもしれんが。」
「警察は……?」
「動いてない。死んだ人間が全部みごとに疑いのない自殺だったからだ。」
「通ってる人間が自殺しちゃう酒場、ですか……」
「実は、俺もその友人に頼まれて行ってみたことがあるんだ。」
「死の商人にですか?」
「ああ。でもごく普通のバーだったんだよ。ちょっとお洒落な内装はしてたが、客層も悪くないし、怪しい雰囲気は何もなかった。」
「それで、私にその調査をして欲しいってワケなんですか?」
「そういうワケなんだ。俺は技術専科だからな。友人に頼まれて気になってはいるんだが、そっちの方はからきしだろ?」
「私に名指しですか?会社に直接要請出せばいいじゃないですか。」
私は呆れて言った。
「いやぁ、そこまでの話でもないし。そもそもこんな眉唾な話を上に振って、結局なんでもなかったなんてことになったら立場ないだろ?現場の方々との関係は大切にしたいからさぁ」
それってかなり論理が破綻してるんじゃないかと思いますけど。
「つまりなんですか、私だったらいいって言うんですか?」
いつもお世話になりまくってるとは言え、突っ込まずにはいられなかった。ソレルさんってたまにこう調子のいいところがあるんだから。
「いやほんとに、ちょろっと見に行ってみてくれるだけでいいんだ。それでなんでもなきゃそれでいいし。ほんとにヤバいことになってりゃ正式な依頼を出すし。……お前元警察官なんだからそういうの得意だろ?」
警察じゃなくて特察です、という突っ込みはさておき、
「……分かりました。ソレルさんの頼みじゃ断れませんから。社長には秘密ですよ?いつか個人契約結んで、こっぴどく叱られたことがあるんです。」
しぶしぶ承諾した。
まったく、ついつい飲み会に参加してしまったばっかりに、なんだかおかしな依頼を受けることになってしまった。