Chapter3:弱虫ヴィンスの逃亡劇(15)
私たちは信じられないスピードでサンドストーンに到着した。
「すごい……」
海だ。目の前に、広大な海が広がっていた。巨大な貿易船が雑居する港湾と、その周りに扇状に広がる街並。
「私たち、ほんとにサンドストーンまで来ちゃったのね」
「ここまで来りゃ、あとは簡単だ。」
ネルスターは街に入るよりだいぶ手前でパトカーを停止させた。
そして一人で車から降りる。
「……?何やってるの、ネル。私たちも降りた方がいい?」
「ああ。でも、ちょっと待ってろ。敵が近づいて来てないか見張っててくれてりゃいいから」
ネルスターはどうやら、地面に回路を書いているようだ。
「オッケー。いいぞ、二人とも降りて」
ネルスターの酷い運転のせいで、地面に降りても足がふらふらしていた。
でも、気持ちいい。潮の香りがする。
「簡易シェルターを張っといたから、ちょっとここで待っててくれるか?」
「えぇ?」
「簡単なマジックだ。オマエでも楽に使えるだろ」
私はネルスターに促されて彼が書いたシェルターのマジックに手をかざした。見た目には何も起こらない。でもたぶんこれで、私たちの姿は周りから見えなくなったはず。
本人に悪気は全くないんだろうけど、これが簡単なマジックだなんて、ただの嫌味にしか聞こえない。
「それで、どうするの?」
「すぐ戻る」
ネルスターはそれだけ言い残すと、自分はさっさとパトカーに乗って行ってしまった。
「えぇっ……ちょっと待ってよ!」
だだっ広い荒野の真ん中に二人きりで取り残されるヴィンスと私。なんかデジャヴだ。
少し気まずい思いでちらりと隣のヴィンスを見る。途方に暮れたようにパトカーを見送る線の細い横顔が見えただけだった。
「突っ立っててもしょうがないから、座りましよ」
私は埃っぽい砂地の上に腰を降ろした。
“結界の範囲は、あまり広くないから私の傍から離れないようにしてね”
私は圧縮パックにしまってあったメモに書き付けて渡した。
ヴィンスも、どうやら彼と一緒に無事生き延びてきたらしい翻訳ボードを取り出した。
「かれんさん、ごめんなさい」
相も変わらず無機質な声が言う。
「わたしは……」
「ああ、もう、もう、いいの。みなまで言わないで」
私は翻訳ボードの蓋を閉じてその声を遮った。
ヴィンスが戸惑ったような顔で私を見る。
「私はね、あんたが、“大切な人”に会いたいです帰りたいですって言って、悲しそうにしてたのを見て、あんたを助けようと思ったの。だから、あの時のあんたの言葉が全部私を騙す為の、私の気を引くための演技だったのかと思ったらすごく腹が立った。……でも、もしあれが演技だったとしても、そうじゃなかったとしても、あんたが研究所を抜け出してから今までやってきたこと、全部引っくるめて、……あんたはそれだけ切実に、“帰りたかった”ってことなのよね。手段を選べないほどに」
私は、パレット語でまくしたてた。ヴィンスには通じてないだろう。でも、それでいいや。
「だから、もういいの」
空を、驚くほどたくさんの飛行船が、サンドストーンの街に向かって流れていく。普段、何の変哲もない無愛想な灰色で塗られたスカイウォーカーばかりを見ている私の目には、大小さまざまな形、カラフルな貨物船たちは、おもちゃのようで、なんだか現実感がなかった。
どうも私たちがいる辺りはルートから少し外れているらしく、たいていの船は遠く離れた場所を通って行ったが、たまに、私たちの頭上を飛ぶ貨物船もいて、なんとなくひやひやした。「ほんとにこの回路、大丈夫なのかしら?」
……って言うか、特察が魔力探知を掛けてきてた場合終わりな気もするんだけど。
そんなことを思っていた矢先だったので、頭の上を過ぎる貨物船の一つがゆっくりと近づいてきた時には少し焦った。スカイウォーカーより少しこぶりぐらいの、薄水色のコンテナみたいな船。機体側面には“アンジ アンド ストライド社”
船はゆっくりと高度を落とし、私たちの目の前で停止した。
「乗ってくださーい、あんまり時間ないんで、急いで」
船の側面の一部がスライドして、ぼっかりと口を開けた。私たちは思わず顔を見合わせる。この後に及んで敵の罠、なんてことはないだろう。
私たちは結界から足を踏み出して、お洒落なコンテナに乗り込んだ。