Chapter3:弱虫ヴィンスの逃亡劇(13)
「しかたないな……。これはたぶん、解読するより、コピーした方が速い」
「コピーって?」
ネルスターはいつも持ち歩いている簡易回路用のチョークを取り出した。
「“飛行機能部分らしき”回路を、全部書き写す」
宣言するように言った言葉に私は仰天した。
全部書き写す……!?
「何言ってるのよ、そんなの無理に決まってるでしょう?」
「いや、出来るはずだ。車を飛ばす機能の回路をコピーして新しいもの作りかえれば、残りの補助的機能は元の回路を使っても、帰巣装置の影響を受けずに飛べる、はず」
……もう何も言うまい……という感じだった。
一般的な常識で考えて無理に決まってると言うようなことを、こいつは平気でやってのけちゃうんだから。
「あとはどこからどこまでが飛行の魔法陣か分かればいいんだが……たぶん、基幹回路はこれだと思うんだよなー」
ネルはぶつぶつ言いながら運転席の前方に広くあいたスペースに、回路を走り書きし始めた。
でも私は、そうしている間にも特察が追い掛けてくるのではないかと気が気じゃなかった。
だだっ広い地平線に目を走らせる。今にもそのどこかに特察の青いパトカーが見えるのではないかとひやひやしながら。
特察たちはきっと、我々を捕まえるためにこの広いサンドストーンの荒れ地一体を必死になって捜し回っているはずだ。見つかるのも時間の問題だと思われた。
「何か、私に手伝えることがあればやるけど……」
「んー、簡易回路は自分で書かないと調子狂うんだよな……でも、そんなことを言ってられる状況でもないか」
ネルスターはどこからか定規のようなものを取り出した。
「こいつを貸してやるから、そうだな……これとこれとこれを、こことここと、ここに書き写してくれ。位置と長さ、角度、狂わないように」
「は、はぁ……」
魔法回路の作図なんて、高校の授業以来だ。成績が万年「2」だったなんて、絶対言えない。
ネルが指定してくれた魔法陣は、一つ一つの形はそこまで複雑ではないのだが、角度、長さ、位置、寸分の狂いもなく書き写すのは、ネルの貸してくれた製図用のコンパスを使っても、なかなか大変な作業だった。
ネルスターはコンパスなんて使わないのに、慣れた手つきでさらさらと書いていく。
「ねえ、私いつも思うんだけど、ネルさぁ、アヴェンジャーなんかやってないで、魔法回路の技師になった方がいいんじゃない?」
「一応、資格は持ってるんだ。準一級まで」
ネルスターがさらりとすごいことを言うので私は思わずチョークを持つ手を止めてしまった。
準一級って……。
そりゃ、そうか。これだけ自由に魔法陣が扱えるってことは、何千何百とある回路について、膨大な知識が頭に入っていなければ無理だ。
「でも、回路設計を仕事にする気はないね。魔法ってのは自分で使うから面白いんだ」
「ふーん……。私は作る方も使う方も全然ダメだからなぁ」
ネルスターといると、少しは自分でも回路の勉強をしてみようかと言う気になったりするのだが、私の場合、中学時代の基礎魔法の教科書を見返しただけで、意味不明すぎて吐き気がしてくるもんだから、もうどうしようもない。たぶん、完全に向いてないんだと思う。