episode.45 情けなくないわたしに ★
盾のプリンスがいる、時間稼ぎはできるだろう。
でも、このまま守りを固めているだけでは、いずれ終わりの時が来てしまう。
死にたくはない。でもできることがない。私たちに迫り来る禍々しい力は時間の経過と共に強まるばかり。そして不安も。共に、時が刻まれれば刻まれるほどに増してゆく。
不安は津波のように迫り来る。
そして胸の内にある希望とか喜びとか期待とか安心とかを、すべて枯れ葉一枚であるかのように押し流していってしまう。
「ところで。愛のプリンセスだが、倒されはしたが死んでも消えてもいない」
唐突に言葉を放ち始めたのはプリンス。
「え……あ、そうなんですか……?」
「そう聞いている。ちなみに彼女は森のプリンセスが保護しているらしい」
それを聞いて、がちがちに固まっていた心がほんの少し緩んだ気もした。
愛のプリンセスのことは非常に気になっていたから。
「良かった……」
安堵の溜め息と共に自然と言葉が出た。
でもこれは本心だ。この言葉は本心そのもの。私は彼女を心配していた。だから発した言葉に嘘はない。
「随分気にしているようだ」
「……はい。あの方は、愛のプリンセスさんは、よく分からない存在の私を温かく迎え入れてくれました。それに、人間だったという点も踏まえて気を遣ってくださいましたし……」
盾のプリンスが作り出した壁はまだ存在している。そして今も私たちを狙うどす黒いものを確実に防ぎ続けている。非常に心強い存在と言えるだろう。
「そうか。仲良かったのだな」
「はい!」
状況に相応しくない会話をしてしまう。
その時の私たちはなぜか呑気だった。
でもそれも長くは続かない。
敵の攻撃開始からかなり時間が立った頃、盾のプリンスが作り出していた防御壁の一部に穴ができた。
「プリンスさん! あそこ破られてます!」
「あ」
彼は言われて気づいたようだった。
「えぇっ。あ、じゃないです、まずいですって……」
「焦らなくていい、破れたところは修復するだけ――」
彼がそこまで言った、刹那。
盾のプリンスが張っていた防御壁が一斉に砕け散った。
「っ!?」
彼自身も何が起きたのか把握できていないような顔をしていた。
そんな彼の横にいて平然としていられるわけもない。
けれども何とか落ち着こうと努力はする。不安が渦巻く胸でも冷静でいなくてはならない時だってあるのだ。心のままに生きるべき、というのは、こういう時に限ってはあてはまらない。
直後、黒く禍々しい稲妻がこちらへ向かってきて――しかし、目標は私ではなくて。
それは私の隣にいた彼の腹部に突き刺さった。
「そんな……」
自然と声が漏れる。
しかし脳は正常に機能しない。
私は攻撃を受けてはいないが、脳は攻撃を受けたかのような衝撃を受けていた。目の前で味方が攻撃に晒される、その光景はどこまでも残酷で。気味の悪い冷たさが背筋を駆け抜け、思考は凍りつき、唇は無意識に震える。
どうして。
どうすれば。
何もできない、何も言えない、思考することさえままならず、足も動かない。
「う……」
盾のプリンスは、聞こえるか聞こえないかくらいの小さな掠れた声を漏らすと、後方に倒れていく。
このままでは危ない、と思い、私は咄嗟に両腕を出した。
「駄目――って、おっも!!」
思わず素が出てしまった。
想定していたより彼の身体は重かったのである。
とはいえ今はそんなことも言っていられない。後ろ向けに転倒するのは危険だ、それだけは何とか避けさせなくてはならない。ということで、私は全力で彼の身体を支えた。幸いクイーンの力という補正はかかっている、頑張れば何とか支えることができた。
「……申し訳ない」
「あ、い、いえ! 大丈夫です!」
いきなり「おっも!!」はさすがに失礼だったかもしれない。
反射的に声が出ただけで、悪気はなかったのだ。
申し訳なさそうな顔をさせてしまったことに対して申し訳ない気分になる、という現象に陥ってしまった。
「大丈夫ですか!?」
重さによる驚きがあったからか、ようやく正気を取り戻せてきたように思う。
「もちろん……大丈夫……」
彼は私にもたれかかるような体勢のままでいる。言葉を返してくれているので意識は保たれている様子だが、その腹部にはまだ稲妻のようなものが刺さり続けている。まだ何も終わってはいない。また、刺さっている部分からは、黒いもやのようなものが湧き出てきている。
「次が来るかもしれない……」
「はい!」
「油断、は……」
「はい!!」
その瞬間、黒いドームからさらなる稲妻が出現するのが見えた。
急に出現したそれはやはりまたこちらへ向かってくる。
「来ます!」
「君は逃げ……」
「それは無理です! 絶対!」
言っている間に攻撃はすぐそこまで迫っていた。
私は体勢を変えることもできず、恐怖心に目を細める。
直後、目の前、すぐそこで爆発のような何かが起こった。激しい風に襲われ、私は半ば無意識のうちに目を閉じる。足の力が抜け、へなへなとその場に座り込んでしまった。
けれども痛みを感じることはなくて。
少ししてゆっくり瞼を開けば、白に近い緑色の髪が風になびくのが視界に入った。
「森のプリンセスさん!」
「遅くなって悪かったわねー」
風に髪をなびかせる女性は森のプリンセス。彼女はゆっくりと振り返り。いつもと何ら変わりのない笑みをこちらへ向ける。
彼女は木の根で編んだような円盤を出現させ、それで敵の攻撃を防いでいた。
「怖かったでしょう、フレイヤちゃん。でももう安心よー。そこの男みたいに情けなくないわたしに、すべて任せてちょうだいね」




