episode.44 彼は守護神、ただし基本次の手は用意されていない
しかし痛みには襲われなかった。
どんな感覚が身体を駆けるのかと大きな不安を抱いていただけに拍子抜け。
少し時間が経って、ようやく瞼をゆっくりと開く。その時一番最初に視界に入ったのは灰色の背中で。即座には分からなかったものの、時が刻まれるうちに理解した。
「盾のプリンスさん……!?」
「どうも」
私と影の間に入っていたのは、間違いなく彼だった。
でもなぜ彼がここにいるのかは理解できない。目の前に彼がいる、それが現実であると理解するところまでは、なかなか到れなかった。
「邪魔が入ったか……」
炎のような影は不快感を見せつけるかのように声を低くする。
「どうしてここに」
「無事で何より」
会話になっているようななっていないような……。
「来てみて良かった、こんなことになっているとは」
盾のプリンスは炎のような影の方へ視線を向けつつ口を開く。
「守ってくださってありがとうございます」
「礼は要らない」
「ええっ。それはちょっと理解しづらいです」
得たいの知れない存在である炎のような影と対峙するなら一人より二人の方がいい。
基本守備特化の彼だが、それでも、いないよりかはいてくれる方が心強いというものだ。
「ここからどうしますか、プリンスさん」
敵はまだ動き出さない。けれどもいつまでもじっとしているとも思えない。それに、そもそものところ、敵がどういうつもりで動かないことを選んでいるのかさえ定かでないのだ。何か考えているのか、作戦を練っているのか、こちらから仕掛けているのを待っているのか、あるいは――可能性の芽は無限にある。
「そのようなことを聞かれても困ってしまう」
「あ、そうですか。では、特になし、という感じですね」
「申し訳ない」
「いえ……」
何とも言えないような空気になってしまった。
気まずいので話題を変えたい。
「そ、そういえば! 聞きたいことがあったんです!」
「聞きたいこと?」
「愛のプリンセスさんについて何かご存じな――」
言い終わらない、刹那。黒い球体は私たちの方へと飛んできた。しかも一つではなく複数。それぞれが動いているものの、そのすべてが私たち二人を標的としている様子。
盾のプリンスは前方に鉄製に見える丸い盾を出現させる。飛んできた複数の球体はその盾にぶつかると四方八方に飛び散って地面に落ちた。白色の床にどろりとした黒いものが広がる様には不気味という言葉がよく似合う。
直後、それぞれの黒い水溜まりから禍々しい光が発生し、それらはあっという間にドームのようなものを作り出した。
「何なんですかこれ……」
「分からない」
即答だった。
これまで出会ったことのない現象との遭遇。不安しかない。けれどもそのただなかにいては目をそらすことはできない。たとえ不安が大きくとも、それでも、見なくては。
「ははは、はまりおったな」
その時になって話し出す炎のような影。
「このドームに包まれて無事でいられた者などおらぬ」
影の言葉に平常心を失いそうになった私は半ば無意識のうちに「何をするつもり!?」と大きな声を発してしまう。飛び出しそうな勢いで身を動かしてしまった私を、一番近くにいたプリンスが制止した。ほんの少し目を伏せるようにして「落ち着いてほしい」と述べる彼を二秒くらいではあるがじっと見つめると、胸の内に申し訳なさが芽生えて。影に対して言いたいことは色々あったが、一旦、それらをすべて飲み込んだ。
冷静さを欠いては思うつぼ。
乗せられてはならない。
そんなことを自身に言い聞かせ、心を落ち着ける。
心の中はもうごちゃごちゃ。長年整理も清掃もされなかった部屋の中に似ているくらい、この胸のうちは乱れている。いろんな感情が湧き、それらが複雑に混じり合っていて。
「お主らも滅べ」
影が発した、次の瞬間。
一筋の黒ずんだ稲妻が空間を駆け抜け、盾のプリンスの右腕に刺さった。
それを目にした私は半ば無意識のうちに「大丈夫なんですか!?」と発そうとしていて、しかし、言いきる前に今度は稲妻が私に向かって来るのが視界の端に入り込む――が、プリンスが咄嗟に出した右手の甲がそれを防いだ。
……いや、厳密には、彼の甲に命中しているのだが。
「どうして」
ついそんな問いのような言葉を放ってしまった。
「これが一番早い」
「え……あの、本気で言ってます?」
すると彼は視線を私から少し逸らして。
「言ってます」
短くそれだけ述べた。
いやいや、どうして「言ってます」なのか。そのような言葉遣いをするタイプではないだろう。そんなことを思い、内心突っ込みを入れる。それから少しして。恐らく私が「言ってます?」と尋ねたから「言ってます」という答え方になったのだろうな、と、自分の中だけで自分を納得させるアイデアを出したりしてみる。
その時だ、一斉に線状の電撃のようなものが迫ってきたのは。
先ほどとは規模が違う。
あれを食らえばさすがに無事ではいられないだろう。ちょっと涙が出てきた。
けれどもプリンスは冷静そのもので。
それこそドーム状のような透明の壁を展開し、電撃を一斉に防いだ――それぞれに対処しなくていい、という仕組みは、ある意味効率的と言えそうだ。
「泣かなくていい」
彼はちらりとだけこちらへ視線を向ける。
「……私泣いてました?」
気づいていなかったふり。
「そう見える」
「それは……すみません、駄目ですね。しっかりしないと」
こういう時に剣のプリンセスがいてくれたら心強かっただろうな。
よりによって今そんなことを考えてしまう。
護ってもらって、傍にいてもらっていても、まだ無いものねだり――どこまでも汚い心の持ち主だな私、と、密かに思った。




