episode.40 不穏な空気に包まれて
「そんな……!」
またしても衝撃を受ける。
『わたしも驚いたわよー。まさかそんなことになるなんて、って。でも事実であることは間違いないのよー』
森のプリンセスから聞いたのは『杖のプリンセスが行方不明になった』ということ。
ここのところ、嬉しくない報告ばかりだ。
『皆にも伝えておいたわー。だから、もうすぐ他の人たちも連絡してくるはずよ。それを待ちましょう。それから少し話しましょう?』
「はい……」
森のプリンセスは柔らかな笑みを崩さない。
彼女もまたプリンセスであり、私のように安全地帯とされるところにいるわけでもないから、きっと不安はあるだろうに。
それでも笑みを浮かべていられる強さはどこから出てくるのか。
私には分からない。
その時、パネル二つが同時に出現した。
『森のババア! これでいいんだよな?』
『そうよー、これでいいのよー。でも呼び方はもう少し考えなさいねー?』
片方のパネルには海のプリンスが映る。
口の悪さは相変わらずだ。
『お……おっ、お待たせしました! お待たせしましたですーっ!』
「あ。愛のプリンセスさん」
『フレレ! 大丈夫ですかっ!? 生きてますーっ!?』
「はい」
私は何の被害も受けていない。
安全地帯にいるのだし。
『ほわわあぁぁぁ……。それは良かったですぅ……安心しましたよーっ……』
「心配かけてすみません」
『いえいえっ。アイアイが勝手に心配しただけですから!』
愛のプリンセスは今日も優しく温かかった。
けれども、その温もりに甘えていてはいけない。
……いや、そもそも、彼女という存在がいつまでも在り続けてくれると思い込んではいけないのだ。……だってそうだろう? 剣のプリンセスだって、いつも近くにいてくれたし、周囲を傷つけたりするような人ではなかった。優しく温かい存在だったのだ。けれども今は……操られてか何か知らないが、皆を傷つけている。彼女の手で傷ついた者たちがいる。
誰だって、いつ傷つけられるか分からないし、いつ傷つける側になるかも分からない。
できれば何もないままであってほしいけれども。
『やーっぱさ、クイーンの人選がまずいんじゃね? だってさぁ、人の世から来たど素人だろ。そんなのがクイーンやってるんじゃ、俺ら全滅してもおかしくないって』
痛いほどに直接的な言葉を発するのは海のプリンス。
『ま。何てこと言うの。本人がいるのにそんなことを言っちゃ駄目よー。傷つくでしょうー』
『森のババアは女に甘過ぎんだよ』
睨み合う二人。
それを制止するのは――。
『だっ、ダメダメダメダメッ! ダメですよーっ! 喧嘩しないでくださいっ!』
――愛のプリンセスだった。
その頃になって、追加で一つ、宙にパネルが出現した。
『遅くなってすまない』
盾のプリンスだ。
なぜこの何とも言えないタイミングで登場してくるのだろう。
森のプリンセスと海のプリンスの険悪な空気を何とかしたいという観点から見れば、彼の登場も悪い要素ばかりではないけれど。
『……何をしている? 喧嘩?』
盾のプリンスは僅かに目を細めつつ困惑したような顔をする。
「あ。盾のプリンスさん」
『どうも』
「元気そうですね」
『もちろん』
この不穏な空気の中で自分のペースを保っていられるというのは……ある意味強い。
『何やらややこしいことになっているらしいな』
「敵のことですか?」
『あぁ。三人目もやられたそうだな』
森のプリンセスと海のプリンスはまだ棘のある表情を浮かべている。
二人の相性は最悪と言っても過言ではないかもしれない。
だがそれでいいのだろうか。離れた場所にいるとはいえ味方同士だし共に戦う仲間だ。それなのに弾き合うばかりの関係で大丈夫なのか。たとえば、もしも二人で協力して戦わなくてはならなくなった時、上手く力を合わせられるのだろうか。
せめてもう少し歩み寄れれば。
『何にせよ、さ』
『くだらないことを言ったらぶつわよー』
『違うし! もうちょっと有能なクイーンを連れてこなくちゃまずいだろ、って言おうとしただけ!』
『ま、そうねー。フレイヤちゃんを巻き込みたくない、というのの照れ隠しなら、その発言の意味は分かるわー』
意外な理解の仕方だ。
恐るべき、自由な発想。
『でも手遅れよ。もう戻れはしないのよー。今からクイーンを変更するなんてできないものー』
『だよな。……はぁー』
いつ何時ぶつかり合うか分からないような謎の緊張感のある二人を見つめている愛のプリンセスは少々不安げな表情を浮かべていた。
『そもそも! 森のババアのせいだろ!』
『ま。責任を人に押し付けるなんて。……これだから男は』
森のプリンセスの表情が一気に冷ややかなものに変わる。
『森のババアが女だからって甘くしたからだろ! だからこんなことになってんだよ!』
『承認したのはわたしだけだったかしらー? わたし一人だったかしら。ねぇ? そうなの? そうだったかしらー?』
『う、うるせーな。俺は仕方なく協力してやっただけだろ』
『皆で承認したのは事実でしょうー。わたしだけに責任を押し付けるのはおかしな話よー』
二人が会話している間中、愛のプリンセスはオロオロしていた。
何だか気の毒に思えてくる。
「森のプリンセスさん、少し構いませんか?」
『何かしらー』
「あの……どうか、喧嘩なさらないでください」
すると森のプリンセスは柔らかな笑みを見せる。
『喧嘩なんてしていないわよー? フレイヤちゃんったら面白いのね、可愛いわー』
褒められても、この状況だと気まずいだけだ。
「私のせいで皆さんが険悪になるのは嫌です」
『なら強くなれよ!』
口を挟んできたのは海のプリンスだ。
「海のプリンスさん……」
『このまま全員やられていいのかよ?』
「いえ……そんなことは」
『ならしっかりしてくれよ! クイーンだろ!』




