episode.24 その時を待つ
数秒の間の後、森のプリンセスは柔らかく頬を緩める。
『ええ! もちろん! フレイヤちゃんになら喜んで話すわー』
森のプリンセスはふんわりとした笑顔で両手の手のひらを合わせている。表情、目つき、動作、そのすべてから優しげな雰囲気が溢れている。
『といってもね、そんなたいした物語はないのよ。だって、わたしがプリンセスになった時には、二人はもう存在していたんだもの』
「そうなんですか……!?」
『そうなのよ。まぁウィリーの人間姿はわたしが作ったものだけれど』
ウィリーの容姿と森のプリンセスの関わりの話は前に聞いていたので『人間姿はわたしが作った』という部分は理解できる。
『だからね、わたしが生み出したわけではないの』
「そうでしたか……」
この感じだと特別参考になる部分はなさそうだ。
「分かりました。ありがとうございました」
『いえいえー』
「では失礼します」
『いつでも連絡してちょうだい』
こうして私は森のプリンセスとの通話を終わらせた。
残念ながら有力な情報を得ることはできなかった。
「重要情報はなさそうね」
「はい……」
私は剣のプリンセスと顔を見合わせる。そうして向き合ったまま、ほぼ同時に小さな溜め息をつく。まるで鏡に映る同一人物であるかのようだった。
「剣のプリンセスさんは何か心当たりはありませんか?」
「遣いについて、だよね。うーん。ないなぁ。それらしい何かに出会ったこともないし」
もうずっと剣のプリンセスとして存在している彼女がそう言うのだから、きっとそれが真実なのだろう。
「ではやはり不可能なのでしょうか……」
「そうだ! 遣いじゃないけど、味方につけるって方法ならあるんじゃない?」
「遣いという枠に囚われずに考えてみる、ということですか」
「そうそう! たとえば敵を説得するとかさ!」
「確かにそれも一つの方法ではありますね」
とはいえ、説得できそうな人物はいない。
親しくなれている敵がいるわけでもないし。
そもそもの話、敵とまともに話し合える機会がない。敵が敵であるがために、出会えば戦いになってしまう。向こうは攻めてくるだろうし、こちらが説得しようとしてもそんな話を聞いてもらうことはできないだろう。それに、相手のことをほとんど知らない状態で仲間になるよう頼んで頷いてもらえる可能性なんて、限りなく低いと思われる。
何もかもが白で塗られた世界の中、私はただ思考を巡らせる。
「でも、それって、かなり難易度が高そうです」
「まぁそうだよねー」
「話を聞いてもらうのがまず無理ですし」
「うんうん」
少し間を空けて。
「っていうかさ、べつに仲間を増やそうとしなくていいんじゃない? あたしたちだけでも十分戦えるんだし。そのためのあたしたちだしさ」
確かに彼女が言うことも間違ってはいない。
悪しき者に対抗するため存在する七人と一人だ、大きく戦力不足ということはないだろう。
だがそれでも迷いが消え去るわけではなくて。このままで良いのか、このままで大丈夫なのか、そういった思いは常に尽きない。それはきっとこの先も変わらないだろう。
◆
人の世を覆うように存在する全八つのキャッスル。その外側の空間に浮かぶ一つの巨大な物体。それは、艦のようでもあり要塞のようでもある。外側全体はほとんどが黒い鉄板のようなもので包み込まれており、窓はところどころに数個あるのみ。外の見える窓に使われているガラスは、そのすべてが、人の顔の横幅くらいの厚みがあるもの。そのガラスは完全な透明ではなく僅かに赤紫がかっている。
その内部の一室には、二つの棺が置かれていた。
壁も床も天井もすべて黒く塗り潰された部屋の中にぽつんと置かれる二つの棺。片方は蓋が閉められていて内部は見えず、もう一方は蓋は開いているが何も入っていない。
やがて閉まっていた蓋が開く。
むくりと身を起こすようにして棺の中から現れたのはアザリケ。
「……こりゃ完全にやられたか」
アザリケは上半身だけを縦にした体勢ではぁと溜め息をつく。
その数秒後、彼のすぐ傍に黒い炎のような影が現れた。
「またもや破れたようだな、アザリケ」
炎のような影が低い声で述べる。
「すみません」
アザリケは気まずそうに俯く。
「情けないにもほどがあるぞ」
「はい……それはまぁそう思います……。ですが! 海のプリンスとやらのあの能力は反則です!」
強く訴えるアザリケ。
その瞳におふざけの色はない。
「反則、だと?」
「はい! あの威力は一人では厳しいですよ!」
「お主が情けないだけであろう」
「……酷い言い方ですねー」
アザリケは頬をぷっくり膨らませ不満げな顔をしていた。が、炎のような影はアザリケの表情には特に何も触れない。表情の点に関しては完全に見ないふりで流した。
「ところで、ミクニさんはどうなったんです?」
アザリケが問うと、炎のような影は地鳴りのような声で返す。
「あの女は肉体の損傷が激しい。回復作業中だ」
それを聞いたアザリケは、目を伏せ、ふぅと息を一度吐き出す。それから数秒間を空け、改めて黒い炎のような影の方へ視線を向ける。
「じゃあ一旦消滅したボクはどうなるんですかね」
その時、アザリケと影の後方にあった閉まっている時には目立たない自動ドアが急に開いた。
自動ドアのすぐ向こう側に立っていたのは、メイドをモチーフにしたような衣装をまとっているあまり人間らしくない女性。
「アザリケ様の肉体は再び一から作り直さねばなりません」
アザリケの視線は影から女性へ移る。
「一応今ここに身体はあるけど?」
「その器ではここを出ることができません。仮のものですので。ここから出るためには、本物の肉体が必要です」
自分の身体へ視線を下ろし、怪訝な顔をするアザリケ。
「ふーん、そうなんだ。変なの」
「そういうシステムですので」
「ま、いいや。それで? ボクはしばらく何をしていればいいの?」
「もうしばらく、そちらでお休みください。……それでは失礼致します」
女性は両手を腹の前で重ね一礼する。そして部屋から出ていった。自動ドアは勝手に閉まる。




