episode.23 迷ったけれど
どうしてあんな態度を取ってしまったのだろう。
彼に悪気がないことなんて分かっていたのに。
むきになるべきではなかった。あんなのはただの理不尽な怒りだ。私の中で勝手に生まれた苛立ちを目の前にいた彼にぶつけただけ。
謝りたい。
私は彼に酷い態度を取ってしまった。もう手遅れかもしれないけれど、せめて無礼を謝りたい。たとえ許されないとしても。
改めてこちらから連絡してみようか。
けれども葛藤もある。
失礼なことをしたのだから謝罪すべきだ、という心と、そのためだけに連絡したりしたら変に思われるのではないか、という心と。
二つの心がせめぎ合う。
長い思考の果て、私は決めた。
「……もう一度連絡してみよう」
コンパクトの力を使えばいつでも彼に連絡することができる。
『はい』
「フレイヤです。突然すみません」
『君か。何か用だろうか』
「……さっきはごめんなさい」
私は彼を真っ直ぐ見ることはできなかった。先ほどのことがあったからだ。何となく気まずくて、自然に視線を逸らしてしまう。直視できない。視線を合わせるのが、今は少し怖い。
『なぜ?』
意外な問いが返ってきたことに驚き、反射的に彼の顔へ目を向ける。
思わぬ形で彼を直視することとなってしまったのだった。
「え……」
『君が謝る必要性は感じない』
映し出される盾のプリンスの表情はそれほど柔らかいものではないし優しげなものでもない。何なら心なしか冷ややかに感じられるような顔をしている。淡々としている、を絵に描いたような。
けれどもそれは彼の常なのだろう。
彼にとってはそれが普通で、特別何かだからそういう顔をしているというわけではないのだろう。
「でも私、感じ悪いことを言いました。後悔したんです。だから謝りたくて」
『謝られたいという思いはない』
「……許してもらえなくても構いません。ただ謝りたかっただけです。すみませんでした」
『むしろ、こちらこそ、無神経なことを言ってしまってすまなかった』
ちょうどその時。
剣のプリンセスが帰ってきた。
「ただいま――って、あれっ、通話中?」
「そうなんです」
「そっか、邪魔してごめん。そういうことなら、あたしはもうしばらく離れとくね」
剣のプリンセスは、私が盾のプリンスと通話していることに気づくと、気を遣ってか音を極力立てないような動きで離れていった。
「すみませんでした。それと、ありがとうございます」
『感謝される意味もよく分からないが』
「……実は迷っていました。連絡するか、謝るか、でもそんなことをしたら変ではないか、と。だからこそ盾のプリンスさんの言葉に救われた私がいます。ありがとうございました」
私は心のままに言葉を紡いだ。
『ではまた、こちらも、何かあれば連絡する』
「はい……!」
そうして一旦通話は終わった。
ちょうどそのタイミングで現れる剣のプリンセス。
「さっきは邪魔しちゃって! ごめんね!」
「いえ」
「大丈夫だった? まさか、あいつに何か言われた?」
「そうじゃないんです」
「あいつがおかしなこと言ってたらあたしに言って。軽くぼこぼこにしとくから」
「ぼこぼこって」
私はただ苦笑することしかできなかった。
だって「軽くぼこぼこにしとく」なんておかしな話ではないか、盾のプリンスは普通の人間と違ってかなり頑丈なのに。
もっとも、表現としてそう言っただけだろうが。
「で、さっきの件だけれど」
剣のプリンセスは左手で右腕を軽く握りつつ重心をやや右に傾けて立っている。
「遣いの話……ですよね」
「うん! その話なんだけど、杖のプリンセスさんが言うには、昔は全員に遣いがいたんだって」
「え。そうなんですか」
「杖のプリンセスさんもその時代に生きていたわけではないから目で見て確かめたわけではないみたいなんだけどね」
比較的年齢を重ねた容姿をしている杖のプリンセスでも生きていたわけではないということは、本当に本当に、遠い昔のことなのだろう。それこそ、私には到底想像もできないような、遥か昔の話なのかもしれない。
「でも今は遣いはいないのが普通という感じですよね」
「うん。あたしもいないしね」
「ですよね。……遣いを復活させることは不可能なのでしょうか」
森のプリンセスには遣いがいるのだから、絶対に不可能ということはないはずだ。
でもその方法が分からない。
現在唯一遣いがいる森のプリンセスに話を聞いてみるのが早いだろうか。
「森のプリンセスさんにも話を聞いてみましょうか」
「彼女には遣いがいるから?」
「はい。何か参考になる情報を得られるかもしれません」
流れのままに、森のプリンセスに連絡することになる。
『ま! フレイヤちゃんが自ら連絡してきてくれるなんて!』
すぐに繋がり森のプリンセスの顔を見ることができた。最初彼女は少し驚いているようだったが、不快そうな顔つきをしているということはなかった。いや、むしろ、喜んでいるかのようだった。急な連絡を嫌がられているということはなさそうだ。
「すみません、いきなり」
『ふふ、気にしないで。ところで? わたしに何か用事?』
森のプリンセスの声は弾んでいる。
「遣いについて聞きたいんです」
私はいきなり本題をぶち込むことにした。
彼女なら直球で尋ねても怒りはしないだろう、と確信が持てたから。
『ウィリーのこと?』
宙に浮くパネルに映し出された森のプリンセスは、僅かに首を傾げ、目をぱちぱちさせている。
「彼限定というわけではありませんが……」
『じゃあフローラのことかしら! そうね、まだあまり紹介していなかったわね。ごめんなさい。貴女にならフローラのことたくさん教えちゃうわ!』
勝手に話が進んでいってしまう。
待ってくれ。
「あの……そういうわけでもなくて……ですね……」
『違うの?』
森のプリンセスは片方の手のひらで口を隠すようにしていた。
「はい。実は、杖のプリンセスさんから、昔はすべてのプリンセスプリンスに遣いがいたらしいと聞きまして。でも今は遣いがいるのは森のプリンセスさんのみですよね」
『言われてみれば! 確かにそうね。でもそれがどうしたのかしら?』
少し間を空け、口を開く。
「遣いとの出会いを教えていただけませんか」
私は森のプリンセスの瞳をじっと見つめた。




