episode.15 行く道の先など知らず
「次から次へと巻き込んでしまい申し訳ない」
そろそろ盾のキャッスルへ向かう、という頃、盾のプリンスが急にそんなことを言い出した。
「え? これまた急ですね」
「本来であれば私が一人ですべきことだ」
剣のプリンセスが「あたしへのお礼はー? ないのー?」と冗談半分のような雰囲気で言うが、盾のプリンスはそれに対しては反応しない。完全に無視だ。
「そもそも私が負けなければ君を巻き込むこともなかった」
「あの……どうなさったのですか? 何だか元気なさそうですね、心配です」
「そういうわけではない」
「ごめんなさい、ちょっと意味が」
「謝罪させてほしい。ここまで色々巻き込んでしまったことを」
彼はこちらを真っ直ぐには見ない。
やましいことでもあるのか?と疑問を抱いてしまうような感じだ。
「いえいえ。どうか気になさらないでください」
「……すまない」
湿っぽくなってきた空気を振り払うように、剣のプリンセスが口を開く。
「そろそろ出発!」
私はくるりと彼女の方を向き「はい!」と返事をする。
いよいよ盾のキャッスルへ向かう。
そこに待つものがどんなものなのかは分からない。でも盾のプリンスがいたところ、その事実は変わらない。だからこそ、取り戻さなくてはならない。きっと大切な場所なのだろうから。
◆
辺りは薄暗かった。空一面、灰色の重苦しい雲に覆われて。憂鬱を絵に描いたような天気。
他のキャッスルとは雰囲気も全体的な色みも異なっている。これまで見てきたキャッスルにもいろんなキャッスルがあったが、ここまで陰鬱な雰囲気のキャッスルはなかったように思う。
「何というか……心なしか暗いですね。これは敵に占領されているせいなんでしょうか……」
「薄暗いのは元々よ」
何気なく発した問いに答えてくれたのは剣のプリンセス。
「あいつが持ち主だからね。陰気なの」
「それって……盾のプリンスさんのこと、ですよね?」
「そうよ」
陰気、て。
盾のプリンスは確かに明るい人ではなさそうだけれど。でも、陰気はさすがに失礼なのでは。もっとも、私のことではないから、失礼かどうかを決めるのは私ではないのだが。
「ところで、ここが盾のキャッスル内なんですか?」
「ううん! 内部はあっち!」
そう言って剣のプリンセスが指し示したのは、灰色の大きな建物だった。
高い壁がそびえている。
まるで砦のよう。
「日頃なら内部に直接飛べるの。でも今は無理。プリンスが中にいないから」
「そうなんですか……」
「まずは中へ入るところからね」
「えええ……難易度高めですよそれ……」
壁が並んでいてどこが入り口かさえ分からない。そんなところに侵入するなんて本当に可能なのか。この感じだと入り口をこじ開けるだけでも苦労しそうだ。
その時、上空で何かが光った。
視線をそちらへ向けようとする――が、剣のプリンセスに腕を引っ張られそれは叶わなかった。
私の片腕を掴まんだまま剣のプリンセスが飛び退いたため、私の身体もふわりと浮くように宙へ向かう。
直後、光線が元いた地点に突き刺さった。
あのままあの場所にいたら光線に貫かれていたかもしれない。いや、かもしれないなどではなく、ほぼ確実に貫かれていただろう。かなり危なかった。
「う、浮いてる……? 身体が……?」
身体の動き方が普通の人間のそれとは違っている。
人間はこんなにふんわり跳べないはずだ。
剣のプリンセスに腕を引っ張られて、ではあるが、予想外の高さにまで身体が浮かんだ。しかも。今はふんわりゆったりと弧を描くように地面に落下していっている。
そして無事着地することができた。
「クイーンになったからじゃない?」
「え。えっと、その、それは……」
「プリンセスプリンスになる利点として身体能力の向上もあるの。だったらクイーンにもあるんじゃないかなって。もしそうだとしても、おかしな話ではないでしょ?」
どうやら盾のプリンスは私たちと逆の方向に飛び退いたようだ。
少々離れてしまったが、彼も光線は回避できたようである。
「って、こんなこと言ってる場合じゃない」
剣のプリンセスは剣を作り出し、右手で柄を握る。
その表情はいつの間にか険しいものに変わっていた。
「え? え?」
「敵が来てる!」
言われて彼女の視線の先を見れば、全身を黒いもので覆った人に似た形の存在が目に映る。
人によく似たそれの身長はそれほど高くない。これはあくまで目で見ての感覚だが、恐らく、ヒールのない靴を履いている時の私と同じくらいかそれ以下の身長だろう。そういう意味では一体一体は大きくない。
だが数が多い。
既に十体以上が接近してきているし、まだ増えそうだ。
剣を構えた剣のプリンセスに敵たちが突っ込んでくる。が、剣のプリンセスはほんの数秒で迫る敵たちを斬り伏せた。
敵たちが手練れでなかったというのもあるだろうが、それでも、プリンセスの剣技にはただただ感心するしかない。
「今のうちに! 進むよ!」
「はい!」
「入り口はあたしがこじ開けるから!」
「は、はい! お願いします!」
何をしに来たんだ、私は……。
そんなことを思いつつも走る。それしかできないから、ただひたすらに足を動かす。前方には剣のプリンセス、右隣に盾のプリンス。配置には特に意味はないけれど。大地を駆ける。
途中、全身真っ黒な敵が現れることもあったが、プリンセスが剣で薙ぎ払ったりプリンスが盾で弾いたりして退けてくれた。二人がいれば、それほど強くない敵くらい怖くはない。もっとも、自分自身の無能さを感じて虚しくはなるが。
「剣に宿せ、鋭き力を!」
剣のプリンセスはそんなことを言ってから飛び上がり、高い壁に向かって剣を振り下ろす。
「どりゃああぁぁっ!!」
けれども、この時の私は、まだ何も分かっていなかった。
自分がどういうところへ向かおうとしているのか、なんて。