episode.138 それぞれの平穏 ★
「ひゅーひゅー、仲良しー、ねー」
ミレニアがそんなことを言ってくる。
盾のプリンスは鋭く睨んだ。
「黙れ」
そう発する彼は冷ややかな空気をまとっていた。
いつものどこか穏やかでほっこりさせてくれるような盾のプリンスとは別人のよう。不愉快に思っているからだろうか、胸の内に冷たい炎が燃え盛っているような感じがする。
「ところでクイーン」
「はい」
「これからも盾として共にあらせてくれるだろうか?」
こちらへ視線を移した時、彼の目つきは柔らかなものに戻っていた。
「盾として? そこにこだわりますね」
「それはそうだな。まぁ……盾のプリンスだからな」
べつに敢えて『盾として』なんて強調しなくても良いのに。普通に、彼という存在として同じことを言ったって、おかしくはないのに。いや、むしろ、それでいいのに。
「そうでしょうか? その点はそこまで重要とは思いませんが」
「……なぜ?」
近くにいて視線を重ねる。
特に深い意味はないけれど。
「何となく、です。貴方という存在もあるのですから、何も、盾ばかりを強調することもないのではと思ったのです」
盾のプリンスはきょとんとした顔をする。
「そうだろうか。存在価値があるのは私ではなく盾だと思うのだが」
「年頃の乙女ですか?」
「え」
「私に価値はないの、みたいな?」
「何なんだそれは……」
「いえ、深い意味はないので忘れてください」
「分かった」
こんな無意味な言葉を交わし合える、それもまた平和ゆえ。戦いの中では馬鹿げた会話をする暇などない。だから、こうしていられるのも、戦いがない時だからこそ。平和に、穏やかな時間に、最大の感謝を捧げたい。
その様子を見ていたミレニアには、やはりまた、「いちゃつきを見せて楽しい……?」みたいな顔をされてしまったが。
でも、それでも今は、手に入れられたこの平和の中で楽しく過ごしていたい。
闇が晴れたこの世界で生きていたい。
いつかまた戦いの日が来るとしても、今は。
「盾のプリンスさん、私も……これからも、貴方と共にいたいです」
「どうも」
「……相変わらずですね」
◆
時のキャッスルでは、時のプリンスとアオがそれまでと同じように二人で過ごしていた。
「平和は良いな」
座に腰を下ろしティーカップを傾ける時のプリンス。
戦いのない時間を彼は彼なりに過ごしている。
「そうですね、同意します」
アオは丸いお盆を布切れで拭きながら返す。
「私も同じ思いです。平和は何よりも尊いものです。平和は偉大です」
キャッスル内には時のプリンスが飲んでいる紅茶の香りが充満している。僅かな渋みを含む深く広い海のような紅茶の匂いだ。
「ところで、時のプリンス、彼女たちを引き取ることはしなかったのですね」
「……彼女たち?」
「私に似ている彼女たちのことです。青髪の。言わなくても分かるでしょう?」
「ああ、そのことか……だが、なぜ? 大勢になるとお主としても不愉快であろう? ……引き取った方が良かったのか?」
アオは「いえ」と発し、少し間を空けて続ける。
「ただ、私の姿が好きならその数は多い方が良いのではと思いまして」
「何を言う。……意味が分からぬ」
時のプリンスは手にしていたティーカップを近くのテーブルにそっと置いた。
「お主はお主で良い」
その言葉を聞いたアオは、数秒の間の後に、少し顎を引いて頬を紅潮させる。
「……嬉しいです、ありがとうございます」
◆
「い、いけません! そのようなところを触っては! 無礼ですよ!」
森のキャッスルに響くのはウィリーの叫び。
青髪女性らの行動を見張っているのが忙しいのだ。
彼女らはまだ森のキャッスルでの暮らしに慣れきっていないため、時折、どうしてそうなった、というような行動を始めることがある。そういった時にはウィリーが注意しなくてはならない。
「人間なのに触角が生えています、これはどういうことでしょうか」
「引っ張らないでください!」
今、ウィリーは、頭から出ている触角を一人の青髪女性に引っ張られてしまっている。
「イタタタタタ!」
「しかし、人間の頭部には、触角は生えていないはずなのです」
「痛いです! やめてください!」
興味のままに動く青髪女性と触角を引っ張られるウィリーを眺めていた森のプリンセスがくすくすと笑う。
「あらあら駄目よー。やめなさい、ウィリーが痛がっているでしょうー」
森のプリンセスはいつもティータイムをしている席に腰を下ろしている。ティーカップからは湯気が漂い、森のプリンセスの膝には一人の青髪女性が顎をのせている。ちなみに、その青髪女性は、森のプリンセスに頭を撫でられていた。
「妖精、ですか?」
「そうなの! フローラというのよ!」
一方フローラはというと、また別の青髪女性に見つめられている。
「フローラ先輩と呼ぶの!」
「フローラ、先輩、ですか?」
ふよふよと宙を踊るフローラを青髪女性は常に目で追っていた。
「そうなの!」
「承知しました、では、フローラ先輩とお呼びします」
「いい心がけなの! 早速、試しに呼んでみるのよ! ほら!」
「では……フローラ先輩」
「もっと元気に!」
「元気に、という表現が、理解できません」
「うぬぬ……伝えるのが難しいの……」




