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episode.11 すべてが変わった

 森のキャッスルからの帰りしな、森のプリンセスがクッキーを包んでくれている時、ウィリーが教えてくれた。


 それは、森のプリンセスの過去の話。


 人の世へ行っていろんなものを眺めるのが好きだったプリンセスは、ある時、人間界で一人の青年と出会う。気が合い親しくなった二人はいつしか互いを想い合うようになっていった。


 だが幸せな時間も長続きはしない。

 その国で戦争が起こり、青年は戦場へ行かなくてはならなくなったのだ。


 森のプリンセスは悲しみにくれる。だが、青年が別れしなに言った「必ず帰る」という言葉を信じ、いつか彼が戻るのを待つことにした。


 そうして、一年が過ぎ二年が過ぎても、青年はついに戻らなかった。


 青年は戦死したのだ。


 それからというもの、森のプリンセスは男性を求めないようになった。いや、求めないどころか、嫌うようになった。ただ、かつて愛した青年の姿だけは、ウィリーとして残されているそうだ。

 ウィリーが言うには「自分の人間体はプリンセス様の亡き想い人」だそうだ。

 他人を映し出す鏡でしかないことを悲しむように切なく思うように、微笑んでいた彼の顔が忘れられない。



 ◆



 翌日は雨降りだった。

 空が暗いと心も暗くなってしまう、そんな気がする。


 そんな日の午後、唐突に通信が入った。


『どうも』


 その挨拶は何なんだ……。


 べつに言葉としておかしくはないし間違ってもいないのだけれど。ただ、いきなりそれから始まると、心なしか違和感を感じてしまう自分がいる。


「盾のプリンスさん! 連絡ありがとうございます」

『近頃はどうしている』

「近頃? そうですね、昨日森のプリンセスさんのところへ行ってきました」

『そうか。良かった、嘘はつかれていないようだ』


 まさか嘘をつくか否かを調べられていたの!?


 本当のことを言っておいて良かった。曖昧なことや関係ないことを言ったりしたら、危うく不審がられてしまうところだった。本当に良かった。いや、何が良かったのかもはやよく分からないけれど。でも良かった。


『森のプリンセスに気に入られたようだな』

「優しくしていただきました」

『それは何より』


 今日は珍しく会話が続く。


『ところで、森のプリンセスが回収した敵についてなのだが』

「あの少年ですよね?」

『あぁ。やつの話によれば、敵勢力は予想以上に大きくなっているものと思われる。ということで、今日、通信でではあるが話し合いが開かれた』

「そうなんですか……」

『そこで森のプリンセスは君の話ばかりしていた。随分気に入られたのだなと』

「えええ……」


 なぜに話し合いの場で私の話を出す?


『いや、まぁ、それは置いておこう。近いうちに君にも一度杖のキャッスルに来てもらいたい』

「今日ですか?」

『べつに今日でなくてもいいが……』

「でも早い方が良い感じですよね?」

『それはそうだな』

「でしたら今から行きますよ。迷惑でなければ、ですけど」


 何事も早い方が良し! ……何事も、は、言い過ぎかもしれないけれど。


 ただ、必要とされているなら、すぐにでも駆けつけたい。どのみち他にこれといった用事があるわけでもないし。必要としてくれる人や場所があるなら、私はどこへでも行く。


『では剣のプリンセスを迎えに行かせる』

「貴方は?」

『私は少年の見張りだ』

「そうなんですね、分かりました」


 それから一時間も経たないうちに剣のプリンセスが迎えに来てくれた。

 そこそこ激しく雨が降っているが訪ねてきた彼女は濡れていなくて。驚いていたら、プリンセスプリンスたちは基本的にはそこまで濡れないようにできるのだと教えてくれた。


 何だその魔法みたいなのは……。


 内心突っ込みを入れそうになったが、口から出すことはしなかった。


 濡れないくらい、今さら驚くことでもないのだ。プリンセスプリンスたちが普通の人間でないことは承知している。特殊能力も使えるのだから、雨に濡れないようにするくらい容易いことだろう。


 そして私は、迎えに来てくれた剣のプリンセスと共に、杖のキャッスルへ向かった。



 ◆



「すみません! 遅くなって」


 私と剣のプリンセスが杖のキャッスルに到着した時、杖のプリンセスは座の近くで待機していた。

 今日もぶれない落ち着いた大人の女性だ。


「フレイヤさん、よく来てくださいました」

「いえ」

「実は頼みがあるのです」

「はい……?」


 杖のプリンセスは真剣な眼差しをこちらへ向ける。


「クイーンになっていただけませんか」


 私は暫し何も言えなかった。


「もう二十年ほどクイーンの座は空きになっています。しかし、もうじき来るであろう戦いの時にクイーンなしというのは心許ないのです。クイーンがいれば、恐らく我々の力も強化されます」


 いきなりこんなことを言われても困ってしまう。


「でも先日は反対なさっている方も……」

「話は既につけてあります。問題ありません」

「そう……ですか。でも、無理にとなると、印象が悪くなるような……」

「いえ。戦力を増強するためにはクイーンの存在が必要、そういうことで話はまとまりました」


 正直自信がない。だって、私は多分何もできない。誰でもいいからクイーンが必要なのなら、私がその役になってもべつに構わないけれど。でも、具体的に何かの形で皆の助けにならなくてはならないのだとしたら、私には荷が重い。


「私で……後悔しませんか?」


 ちょうどそのタイミングで剣のプリンセスが「フレイヤさんってちょっと自己評価低いタイプよねー」と口を挟んでくる。杖のプリンセスがじろりと見ると、剣のプリンセスは素早くそっぽを向いてわざとらしく口笛を吹く。それに対し杖のプリンセスははぁと演技風な溜め息をついた。


「いずれにせよ、後悔などしません」


 ひと呼吸空けて。


「剣のプリンセスたちが貴女のところへ行き着いたのも、貴女がそのコンパクトを持っていたのも、恐らく偶然ではないのでしょう。貴女が先代クイーンの娘と絶対的に証明できるものはないとしても、その偶然とは思えぬ出来事たちを思えば、無関係ではないはずです」


 ついこの前まで普通の一人の娘でしかなかった。

 母のように育ててくれた祖母のことが大好きな、ただの若い女でしかなかったのだ。


 でも、すべてが変わった。


「何にせよ、貴女に責任を押し付けるようなことはしませんよ」

「では受けます」

「ありがとう、フレイヤさん。では、承認の儀へ移ります」

「は、はい……」

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