episode.10 蝶のウィリーはプリンセスのお気に入り
地面に叩きつけられたが、少年は生きていた。
数秒で立ち上がる。
「ふーん、それなりにやるじゃん」
蔓は一旦少年の身体から離れている。が、動く蔓はまだ視界に入っている。どうやら森のプリンセスが操作しているらしい。従わなければもう一度捕まえる、とでも言いたげに、蔓は少年を睨んでいた。
「今すぐ去りなさい」
「ヤダよ。なるわけないじゃん、言いなりになんて」
「そう……なら叩きのめすしかないようね」
「やってみな、よ!!」
少年は森のプリンセスに突進してくる。
その手にはやはりナイフ。どうやら今回もあの時と同じ装備のようだ。
森のプリンセスに向かって直進していた少年は、刃が届く距離に達したと判断すると、ナイフを勢いよく突き出す。その手首を待ってましたと言わんばかりに掴むプリンセス。少年は戸惑ってか僅かに表情を乱す。その瞬間、木の根のようなものがプリンセスの腕から発生。不気味とも言えるようなそれは、彼女の腕を伝い、少年の腕にまで達する。
「なっ……!」
少年は顔面に恐怖の色を浮かべた。
「言ったはずよ。容赦しない、って」
森のプリンセスがふっと口角を持ち上げるのとほぼ同時に、木の根のようなものは少年の身体中に絡みつきだした。最初は腕だけだったのが、胴体に向かい、脚や首にまで広がる。
少年の手からナイフが落ち、虚しい音が響く。
「さぁこれでもう動けない。どう調理しようかしらね」
「ぐっ……! 何するつもりで……!」
「安心して、すぐに殺したりはしないから」
「……もういっそ好きにしろよ」
「そうねー。そうさせてもらうわ」
そう言って、プリンセスはくるりと振り返る。
「フレイヤちゃん大丈夫? ごめんなさいね、驚いたでしょう」
「い、いえ……」
「もう心配ないから安心してちょうだいー」
少年は木の根のようなものに全身を覆われている。
「強いんですね……」
「いやねーそんなことないわよー。森の力が強力なだけよ?」
プリンセスはそう言って笑うけれど、どことなく恐ろしそうな雰囲気が感じられて、どうも会話を続けづらい。述べるべき言葉を見つけるのが難しいのだ。
「わたしね、可愛い女の子との時間を邪魔されるの嫌いなの」
「へ、へぇ……そうなんですか……」
「でも安心して? 女の子には基本優しいから」
「じゃあ、もし邪魔してきたのが女の子だったら、それはどうなるんですか……?」
「そうねぇ。ま、邪魔したのだから潰すわね。その代わりすぐに楽にしてあげる」
「そ、そうですか……」
私はそれ以上質問できなかった。
深く尋ねてはいけない気がしたのだ。
その後、少年は拘束したままで、再びお茶会が始まった。飲むたびゴボウ茶が注がれてくる、それの繰り返しで、ほぼ自動的にいつまでもゴボウ茶を飲むことになる。
「敵襲って結構多いんですね」
「そうねぇ。最近はよくあるわー」
「……それは困りますね」
「ま! 心配してくれているの? 優しいのね」
森のプリンセスはすっかり平常運転に戻っている。あの恐ろしさを放っていた女性が彼女だなんて嘘みたい。今ではとても信じられない。やはりお淑やかな女性ではないか、恐ろしさなんて欠片もない。
「そんな優しい子にはゴボウ茶もっとあげちゃう!」
「いえ……それはもう結構です……」
「あら? そう? あまりお口に合わなかったかしら」
森のプリンセスは片手で口もとを隠しつつ驚いた顔をする。
「そういうわけでは! ないです!」
「そう? なら良かった」
その時彼女はハッとしたような顔をした。
何かと思っていると。
「あ! 良いことを思い出したわ!」
敵襲ではなかったようだ、ひとまず安心。
「ウィリー、アレを取ってきて」
「承知しました」
蝶はひらひらとどこかへ飛んでいく。
「言語が使える蝶というのが画期的ですね」
私は何となく思ったことを口にしていた。
言ってしまってから少々失礼だっただろうかと不安になる。が、目の前の彼女の表情が歪むことはなくて。彼女は美しい笑みを浮かべているままだった。
「ふふ。ウィリーを褒めてくれてありがとう。わたし、男は信用していないけれど、ウィリーのことは好きなの」
「特別なんですね」
「ウィリーは裏切らないもの」
……なぜそこで『裏切らない』なんて言葉出てくる?
「何を言い出すのか、って顔ね」
「え。あ……いえ……」
「男は嘘をつくから嫌いなのよ」
「え……」
こんなことをいきなり告げられても、何と答えれば良いのか掴めない。
そもそも事情が分からないし。
「いえ、気にしないで。こちらの話よ」
「そうですか……」
「それより、そろそろウィリーが帰ってくるはずよ」
森のプリンセスがそう言ってから数分も経たぬうちに一人の青年がやって来た。
燕尾服に身を包んだ茶色いショートヘアの人物。
その手にはお盆。その上には大きめの平皿。そしていろんな種類のクッキーが盛り付けられている。
「ただいま戻りました!」
はきはきと述べる彼の頭部には人間にはないはずのものが二本生えている。
それを見て、私は察した。
恐らくこの青年がウィリーなのだろう、と。
「出てるわよ」
「はい?」
「触覚。出てるってば」
「ふゃ!?」
「相変わらずね」
狼狽える青年を無視して、森のプリンセスは平皿を受け取る。
「これはクッキー、そっちはウィリー。ふふ。さ、フレイヤちゃん食べて」
「やっぱり……ウィリーさんだったんですね」
「食べるのはクッキーよ」
いや、さすがにそれは分かってますけど……。
「察していただけるとは光栄です! フレイヤ様!」
触覚について指摘され狼狽えていたウィリーだが、何事もなかったかのように急に話に入ってきた。
「人間になれる魔法……か何かですか?」
「いえ! これは森のプリンセス様のお力です!」
「そうなんですか」
「はい!」
それからもしばらく、私は森のプリンセスとのお茶会を楽しんだ。




