ここから始まる物語
本編、最終話となります。
ああ、顔がまだ熱い。
いい年して、人目も憚らず、若い男に飛びつくとか……。
穴がなくても、地を掘って、そのまま埋まりたい。
「落ち着いたか?」
公園のベンチに腰かけて、横からわたしに缶コーヒーならぬ、缶紅茶を渡してくれる黒髪の青年。
「いや、全く!」
いろいろ落ち着けない要素しかない。
寧ろ、どうして落ち着けると思うのか!?
だって、横に! 知らない男の人!
しかも若い!
いや、よく知っているのだけど、現実では初めて会う男の人なのだ。
これで時間を置いたぐらいで、落ち着けるなら、この年まで喪女やってない!!
「まあ、オレもまだ落ち着いていない。一緒だな」
そう言って、彼は人懐っこい笑みを零した。
―――― ああ、この顔だ。
何故か体温が上がる感覚。
季節は三月初旬。
周囲は肌寒く、桜の蕾も見られないような時季だと言うのに、妙に身体だけが熱く感じる。
それは、まだ体調が治っていないせいだと思いたい。
「何から、話そうか?」
「全部!」
「いや、一度には無理だからな?」
わたしの方が年上だと言うのに、慣れたようにあしらわれている。
いや、彼は実際、慣れているのだろう。
こんな素直じゃない「宮本陽菜」の対応に。
わたしは「あの世界」のことを、もう朧気にしか覚えていないけれど、ずっと、傍にいて支えてくれた彼のことだけは覚えている。
でも、彼は……、どこまで覚えているのだろうか?
「では、改めて自己紹介。『境田光』、21歳。職業は大学三年生」
「あれ? 1歳、増えてる?」
初めて会った時は「20歳」と言っていたことを思い出す。
「おお、先月、誕生日がきたからな。『陽菜』は、今日だろ? おめでとう、26歳」
何故、知っているのか?
ああ、そうか。先ほど、免許証を見せたっけ。
免許証には住所と氏名、そして、生年月日が載っている。
それで、確認されたのだろう。
しかし、「26歳」はいらないと思う。
「言っとくけど、さっき免許証で見たからじゃねえぞ? オレはちゃんと覚えていたんだからな」
「覚えていた?」
「そんな分かりやすい日付。一度、聞いたら忘れるかよ」
「ああ、『ラシアレス』とも、原作主人公とも同じ生まれだからね」
確かに漫画の主人公とかに使いやすい日付ではあるのだけど、そこに作為的な何かを感じずにはいられない。
なんとなく……、銀髪の誰かを思い出しかけて……、わたしは思わず首を振った。
「で、でも、ヒカルは、8月生まれじゃないのね」
「8月? ああ、『アルズヴェール』は夏生まれだったな」
おや?
わたしが不思議そうな顔をしたのが分かったのだろう。
彼はニヤリと笑う。
「あれから、『すくみこ! 』やったんだよ。まだ「ラシアレス」の話だけだけどな」
「あれをやったのか……」
それは結構、驚きだった。
7人も主人公がいて、攻略対象は8人。
つまり、「ラシアレス」だけでも、膨大なシナリオ量だ。
キラキラした世界に憧れを持っている夢見がちな乙女ならともかく、現実を知っている男性には少しばかり辛いものがあったのではないだろうか?
「まあ、当然ながら、『救いの神子』には、世界を救う道を選ばせたわけだが……」
「乙女ゲームなら、恋愛エンドを狙うべきでは?」
でも、男性なら確かに選んだ可愛い主人公が、自分以外の殿方とイチャコラしている図を見せつけられるのは嫌かもしれない。
「なんでオレの『ラシアレス』をあんな変態どもにくれてやらないといけないんだよ?」
「オレの……って……」
そう言えば……、彼は原作の「ラシアレス」が好きだったっけ。
確かに、あの可愛らしさは、男性が好きそうだと読んでいて思った。
とにかく素直で、真っすぐで、たまに黒い部分を見せるのだ。
個人的には、ちょっとふらふらしすぎかなとは思ったのだけど。
あれだけ、良い男たちに囲まれていたら仕方ない面はある。
原作を「乙女ゲーム化しろ」と言う声が出るほどだったのも、今なら納得だ。
でも、あの主人公は、ある意味、男慣れし過ぎているため、いろいろ麻痺している感もあった。
本物の、男慣れしていない「喪女」からすれば、そう思わざるを得ない。
「ああ、でも……、『本物』に会えたから……、もう、あのゲームをする必要もなくなったのか」
「……へ?」
本物……?
「オレが後ろに見ていた姿より、実物の方がずっと可愛いな」
「はい?」
あ、あの……?
な、なんでしょう? この肉食獣のような瞳は……。
「会いたかったぞ、陽菜。この世界に戻ってきてから、ずっとそれだけを考えていた」
そう言って、頬に触れられる。
「~~~~っ!?」
一気に体中の血液が沸騰して……、頭がくらくらした。
「無理!!」
だから、思わず叫んだ。
これ以上は、耐えられる気がしない。
「あ?」
「キャパオーバー!!」
「これくらいでか!?」
「わ、わたし……、現実では、男性に触れられたことすらないんだよ?」
「……あ~」
わたしの言葉に、彼は頭を掻いた。
確かに「乙女ゲーム」では、様々な職業、時代、種族の殿方たちから言い寄られ、口説かれていたが、現実ではそんなことは一切ない。
残念ながら、わたしの経験値は二次元でしか積まれていないのだ。
さらに……、あの世界でわたしを「好きだ」と言ってくれた人は、中身は男性だったけれど、見た目は綺麗な金髪で紅い瞳の女性だった。
だから……、糖分過多な状態も、なんとか耐えられていたのだけど……。
「だ、大体、ヒカルは外見も変わっているじゃない! それは、なんでなの!?」
わたしが「アルズヴェール」の後ろに見ていた男の人は、焦げ茶色の髪に細い黒縁の眼鏡をかけた男性だった。
でも、今の彼は、黒髪に、太い黒縁眼鏡を装着している。
確かに顔は薄っすらと記憶していたとおりだったけれど、髪の毛の色が違うだけで随分、印象が変わってしまうのだ。
しかも、かけている眼鏡のフレームが、細いか太いかでも、かなり違う。
「髪についてはこっちが地。眼鏡は壊れたから作り直した」
「そ、そうなの!?」
「おお、付き合っていた女と別れる時にちょっとゴタゴタがあってな」
「………………はい?」
ゴタゴタって……?
「好きな女ができたって言ったら、思いっきり引っ叩かれた。それで、その時に吹っ飛んで、フレームがぐにゃりと捩れて、修理も不可」
「それは……」
いろいろと複雑な気持ちになってしまうのは何故だろうか?
「そんなわけで、オレはフリー。何も問題はないよな?」
「何が!?」
「陽菜もフリーだよな?」
「確かにフリーですけど!?」
断言されているのは少々、腹立たしい。
「陽菜は変わらぬ日常に戻ったかもしれないが、オレはあれからずっと探していたんだ。そして……、やっと見つけた」
そう言いながら、彼はわたしの手を握る。
大きくて……、固い、わたしの知らない男の人の手。
そんな状況に、わたしが戸惑っていると、彼は不敵な笑みを見せてこう言った。
「知ってるか? 『2月3日生まれの黒髪の男』は、世界の誰よりも諦めが悪いんだぞ?」
わたしと一ヶ月違いの誕生日。
そして……、あの原作を知る者には、その意味が別のものに変わる。
「知ってる。何度、絶望に叩き落されても、『3月3日生まれの黒髪の女性』以上に諦めないんだよね?」
そう言ってわたしは笑った。
原作に出てきた登場人物にそんな男がいたのだ。
どんな時でも、主人公を引っ張る力強い心を持った青年。
実は、わたしは、あの青年が一番好きだった。
「陽菜……?」
「わたしも、原作、読んだよ」
ああ、そうか……。
わたしも、彼にそれを伝えたかったのだ。
彼が愛した作品は……、わたしにとっても愛すべき作品となったことを。
「面白かったよ。ハラハラ、ドキドキの連続だったし、魅力的なキャラクターもいっぱいで、何よりも……、後半はかなり泣けるね」
「マジか!?」
「うん」
わたしがそう答えると、凄く嬉しそうに彼は笑ったのだった。
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物語は始まれば、いつかは終わる。
でも、現実にはまだ始まってもいなかった物語。
それは、確かに普通ではない出会いだったかもしれない。
そして、本当の話をしたところで、誰も信じることはないような荒唐無稽な邂逅でもあった。
―――― だけど、わたしたち二人の物語は、今日、ここから始まったのだ。
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▶ 【To Be Continued】
【The End】
【Read Again】
無事、完結!
ここまで、長く続けられたのは、ブックマーク登録、評価をしてくださった方々とお読みくださっている方々のおかげです。
本当にありがとうございます!!
個人的にはもう少し、この2人を書きたいので、「乙女ゲーム」から少し離れた番外編をもう少しだけ書く予定です。
そして……、実は、「アルズヴェール」編を考えております。
まだ構想段階なので、いつ頃になるとは言いきれませんが……。
その話にて、何故、彼があの場所にいたのか……なども明かす予定です。
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!!




