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乙女ゲームに異物混入  作者: 岩切 真裕
【第6章】乙女ゲームのシンカ

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攻略対象からの告白

『私は、貴女が好きなのだ』


 その言葉が耳から脳に伝わるまで、随分の時間を要したと思う。


 ―――― 好き?


 好きってなんだっけ?

 そんなアホな言葉すら頭に浮かんできてしまったぐらいだ。


 それだけ、これまでわたしの中にない単語だった。


 これまで誰かに好意を寄せたことがなかったわけではない。


 実際、今のわたしはアルズヴェールのことが……、いや、正しくはアルズヴェールの中の人のことが好きだ。


 だが、自分に好意を寄せられたことは、25年もあの世界で生きてきたと言うのに、一度もなかった。


 わたしに向かって、「好き」とか「愛している」と言ってくれるような人は、本当に誰もいなかったのだ。


 いや……、乙女ゲームの攻略対象からならば、何度も愛を囁かれたような気がするが、それを数に入れてしまっては、いろいろ虚しいだけだろう。


 それに乙女ゲームの攻略対象の行動は、コンピュータから指示(プログラム)されたものだ。


 本当にわたしを見てくれているわけではない。


 ―――― ああ、そうか。


 この世界は「乙女ゲーム」と似た世界。


 だから、攻略対象たちの感情も……、「中の人(プレイヤー)」ではなく、「ラシアレス(ヒロイン)」へ向けられたものだ。


 「宮本陽菜(プ レ イ ヤ ー)」はそれを俯瞰から見守るしかできない存在。


 それが、「乙女ゲーム」における操作者(プレイヤー)の役目。

 だから……、「ラシアレス(ヒ ロ イ ン)」のためには……。


『すまない』


 不意に、ズィード様が言った。


『貴女を混乱させる気はなかった』


 わたしの方の沈黙を、困惑の間と受け取られたらしい。


「い、いえ……」


 わたしは口を押さえてそう答えた。


『ただ……、いい加減な気持ちではない』


 ズィード様はきっぱりとそう言いきる。


『始めは、珍しい人類だと好奇の目で見ていたことは認めよう』


 そこにあるのは優しく綺麗な橙色の瞳。


『だが、貴女を知るにつれ……、少しずつ私の考えも変わっていったのだ』

 それが、自分に向けられた感情ではないと分かっていても、この瞳に流されそうになる。


 どれだけ「乙女ゲーム」をやっていたとしても、現実には敵わない。


 ましてや……、相手は人外。

 文字通り、人知を超えた存在なのである。


 人間が敵うはずもないし、逆らうことができるはずもない。


 いや、そんな建前はどうでも良い。


 普通に考えてみて欲しい。


 25年ほど喪女やっていた男に縁が皆無だった女が、これまでテレビでも見たことがないほどの超絶イケメンから言い寄られて、何ができると言うのか?


 わたしに備わっているイケメン耐性など二次元限定でしかない。


 三次元のイケメンなんて、画面の向こう側にしかいなかったから、二次元と同じような扱いだった。


 それが、目の前でキラキラしいオーラを放っているのだ。

 思わず、悲鳴を上げて逃げ出さないだけでも誰かわたしを褒めて欲しい。


 こうして、立っているだけでも、このラシアレスの身体が強張っていて、身動きが取れないでいる。


 頬からかなりの熱を感じていることから、紅潮しているのは間違いないだろう。


 目は潤んでいるかのように視界が歪んでいるし、頭もくらくらしている。


 これは、明らかに状態異常だった。


 もしかして、これが巷で聞いたことがある運命(ゲーム)の強制力ってやつかもしれない。


 シナリオ通りに動こうとしない「ラシアレス(ヒロイン)」をあるべき形に戻そうとする現象。


 本来なら、各神子たちはそれぞれ相方の神様と結ばれるのが正しいらしい。


 シナリオにも無理はなく、攻略するのも一番、楽なのだ。

 実際、美麗な公式イラストの数々はそれぞれの神様と並んでいることが多かった気がする。


 それならば、このラシアレスは……、目の前の神様と結ばれるべき……、なのだろうか?


 もし、わたしが本当に身も心も「救いの神子」であるラシアレスならば、何の問題もなく、目の前の神様の想いに応えただろう。


 それが一番間違いないし、もしかしたら、このままED一直線で、元の世界に戻ることもできるかもしれない。


 だが、わたしの頭にあったのはこんな時にも、友人であるあの金髪美女のことだった。


 いや、正しくは背後に時折現れる男性の姿を思い出していた。


『ラシアレス』

 ズィード様は微かに笑った。


『少し、時間を置くことにしよう。貴女を困らせる気はないし、無理強いをする気も私にはない』

「え……?」


 わたしは顔を上げる。


『ゆっくりと考えてくれると嬉しい。そうだな……、半年後の……、人類が言う朔月宮11日までに』

「朔月宮……、11日……?」


 それは冬の季節、11日目のことだったはずだ。


 5年目に入っても、この世界の暦に慣れない。

 わたしたちの世界とも、「すくみこ! 」世界とも少しだけ違うのだ。


 まあ、一年が372日という時点で、わたしたちの世界とはどうしても少しずれてしまうわけだけど。


 その日をわざわざ指定したということは何かあるのだろう。

 だけど、「すくみこ! 」に該当しそうなイベントがあったっけ……?


 いや、先ほどのズィード様の言葉は「すくみこ! 」にはなかった。

 「すくみこ! 」の橙羽様が「みこ」たちに告げる台詞とは、確かに違ったのだ。


『それでは、ラシアレス。今日はこれで失礼する』

「あ、はい。いつも、ありがとうございます」

 わたしがそう答えると、ズィード様は穏やかに笑った。


****


 さて、扉が閉まり、ズィード様が部屋から退出されたわけだが……、わたしはそのまま床に座り込む。


 本来、淑女としてあるまじき振る舞いではあるが、わたしは淑女ではなく、神子の皮を被ったただの現代OLである。


 しっかり掃除されているふかふかしたカーペットに座ることに抵抗があるはずもない。

 それに外に出る時は屋外用の靴に履き替えている。


 つまり、土足ではないのだ。


 そうなると、元の世界の自分の部屋よりもずっと綺麗だろう。

 4年以上放置したあの部屋に戻るのは精神的にきついかもしれない。


「冬の季節……」


 「すくみこ! 」も5年目に突入すれば、総仕上げと言わんばかりにイベントが怒涛のように押し寄せた覚えがある。


 ただ、そこに各攻略対象やそれぞれのヒロインに対応した個別イベントがあるため、全てを思い出すのは難しい。


 何より、自分の本命は2週目以降に現れる隠しキャラの創造神だったのだ。

 それぞれの神様を覚えているはずがない。


 「すくみこ! 」は春の季節に始まり、どんなに長く続けても、春の季節に終わる。


 そして、途中で、目標に達成したとか、攻略対象者の一人と結ばれたら、強制的にEDに向かうことになっていた。


「あれ……?」

 でも、まだEDに向かう雰囲気はない。


 わたしとアルズヴェール、引きこもっているリアンズを除けば、順調に攻略対象と絆を深めているはずなのに……。


 そして、普通にプレイをすれば、5年に入った頃ぐらいに攻略対象とゴールをしているはずだ。


 5年目の甘々なイベント狙いなら別だけど。


 やはり、「すくみこ! 」とはどこか違う気はする。


 ―――― 朔月宮11日


 そんな日付指定のイベントに心当たりはない。


 ほとんどのイベントは日付が数日ずれることも珍しくない。

 同じ日にきっちり発生するものではなかったのだ。


 そして、何より、返事の先延ばしが許される乙女ゲームでもなかった。


 あちこちの攻略対象に対して同時に手を広げても、神様からの告白に対しては断るか受けるかの二択しかなかった。


 そもそも返事の保留など、乙女ゲームとしても許されないだろう。


 逆ハーレムEDと呼ばれるものは確かに存在したが、それは、全ての神様に告白をさせず、ヒロインも告白せず、そこそこ大陸も育てて「みこ」としての地位を確立した後、「その後、皆仲良く末永く一緒に暮らしました」とさ……みたいなEDだった。


 セーブ&ロードが基本で、ある意味、一番、高難易度だったと思う。


 但し、CG担当の熱い想いは分かりやすく、最後に表示されたCGは、間違いなく逆ハーレムエンドの名に相応しい一品だったと付け加えておく。


「どうしたら、良いのだろう?」


 ズィード様の告白のようなものにどう返答すべきなのだろうか?


 人類の代表「救いの神子」としては受けるのは当然だろうけど、「宮本陽菜」としては、悩み所である。


 乙女ゲーム「すくみこ! 」と違って、現実にEDはないだろう。

 そして、受けた途端、元の世界に戻れる保証もないのだ。


 何より……、わたしは自分の心に嘘は吐きたくない。


 他に想っている人間がいるというのに、別の人を選べるほど器用な性格はしていないのだ。

 そんな性格なら25年も「おひとりさま」などしていない。


「ああ、もう! どうしたら良いの!?」


 そう言いながら、わたしは暫くの間、ぐるぐるとした日を過ごすのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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別視点
『少女漫画に異質混入』
別作品
『運命の女神は勇者に味方する』も
よろしくお願いいたします。

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