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乙女ゲームに異物混入  作者: 岩切 真裕
【第6章】乙女ゲームのシンカ
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不用意な言葉で

『他大陸の人口の変化について?』

 ズィード様が不思議な言葉を聞いたような顔をした。


「はい。わたしがお手伝いさせていただいている大陸については、そうでもないのですが、少なくとも5つの大陸で不可解な変化が見られるのです」

 そう言いながら、用意していた資料を机に広げた。


 これは、大陸別の人口を表したものだ。


 一目で分かるように、神様たちの羽の色で分け、男女別に5歳以下、6歳~9歳、10歳~14歳、15歳~24歳、25歳~34歳、35歳以上の棒グラフとした。


 本当なら、C層、T層、M1層、F1層など、慣れた言葉で年代分けをしたかったのだが、これだと、人間の寿命が短いこの世界の現状は分かりにくくなってしまうので我慢した。


 プレゼンに使う資料は、相手に伝わらなければ何も意味はない。


 そして、これらの表とは別に、歴代の人口推移も表にしてある。

 これを見れば、この世界の現状がある程度、理解できるだろう。


「風の大陸と、闇の大陸を除いて、各大陸で、10歳から34歳までの女性の人口が下がっているのです」


 もっと細かく調べたら8歳から22歳くらいまでの女性の死亡率が上がっていた。


『他大陸の話ならば、そこまで気にしなくて良いのではないか?』


 そう、わたしは「風の大陸」の「神子(みこ)」なのだ。


 だから、別の大陸がどうなっても放っておけと言われるような気はしていた。


「勿論、わたしのように力なき者が他大陸の民たちを救うなどできるはずがありません。『風の大陸』にしても、管理も維持もわたしがしているわけではなく、ただのお手伝いしかできていない現状も理解しています」


 わたしにできるのは、大陸の神官の言葉を、相方のズィード様にお伝えするだけ。

 そして、自分の考えや僅かながらの知識を大陸の神官に託すだけ。


 どんなに「神子」ともてはやされたところで、中身がただのOLに過ぎないわたしには特別な力はない。

 だから、できることなど限られているのだ。


 だけど、もともとこの話は、神子や神たちによる競争ではなく、人類の救済を目的としていたはずだ。


 勿論、その裏では神々の利権とか勢力争いとかそう言ったものはあるのかもしれないけれど、それをわたしは知らない。


 知っているのは乙女ゲームとしての「すくみこ! 」知識(せってい)だけ。


 だから、そんな裏側に思いを馳せても仕方ない。

 裏側は裏側で、表に出てくることはないのだ。


 だが、建前に「救済」を謳っている以上、こう返すのが「救いの神子(わ た し)」の役目だろう。


「その理由、原因となるものが分からない以上、いつ、『風の大陸』にもその波が押し寄せるか分かりません。だからこそ、わたしはそれを放置せず、謎を究明したいのです」


 ここで重要なのは、本当の意味で部外者ではないということだ。


 もしも、アルズヴェールの言う通り「発情期」と呼ばれる現象が原因なら、それを事実と確定させたいし、それ以外の理由があるならば、早急に対策を考える必要がある。


 同じ世界にいる以上、自分たちの大陸には全く関係ないと無視できるはずがないのだ。


『なるほど……。ラシアレスの考えはよく分かった』

 ズィード様は少し考えた後、そう呟いた。


『しかし、原因はどう探る? ラシアレスができることは、「風の大陸」の人類と話すことしかない。人界の他の大陸との繋がりは難しいのではないか?』

「その神官たちにお願いします」

 自分たちに無関係ではないのだから、彼らも嫌とは言えないだろう。


『それは……、他大陸に渡らせると言うことか?』

「そうなりますね」


 もし、わたしたちの読みが外れて特殊な感染性の病気とかだったら……、それを彼らが持ち帰り、かえって厄介な状態になってしまうことだろう。


 だが、わたしはアルズヴェールの話も引っかかっているのだ。


 原作でも、神子たちが現れた時代と、同じような時期に表れた「発情期」という忌まわしい現象。


 これらが無関係とは思えなかった。


『それは、止めた方が良い』

「え……?」

 ズィード様からの言葉は意外で、わたしは思わず、彼の綺麗な橙色の瞳を見た。


 この方は、これまでわたしの意見に対して肯定的な言葉ばかりで、明確に反対したことはなかったからだ。


 全ては「神子」の意思のままに……。


 だけど、考えてみれば、神様だって意思のある人間……、人間? いや、今はそこが問題じゃなくて、意思のある男性だ。


 だから、全てを盲目的に従われても困る。


 昔、「すくみこ!」をプレイしている時には単に「選択肢」としか考えていなかったけれど、たまには「神子」の言葉に反対したくもなることは普通だろう。


 ……と言うか、今まで、それがなかったことの方がおかしいぐらいだと思う。


 それに……。


「理由を伺ってもよろしいでしょうか?」

 彼には、わたしの言葉に反対するだけの理由があると言うことだ。


 わたしが気付いていないのなら、そこを指摘してくれることは大変、助かる。

 そうでなければ、本当の意味で「相方」とは言いきれない。


 わたしの言葉に何かに気付いたズィード様は口を手で押さえた。

 もしかしたら、これって、彼にとっては失言だったのかもしれない。


『すまない……。相方として、ラシアレスの意見は尊重するべきなのに……』


 ああ、なるほど。


 それは、本人の意思か?

 それとも、上の方からの指示なのだろうか?


 上だとしたら……、創造神様?


 いや、あの方はそんなことを言わない気がする。

 基本、面倒くさがりな神様みたいだから。


 なんとなく「闇の大陸」を本来、手伝うはずの「神子」を思い出した。


 でも、「闇の大陸」の民たちは逞しい気がする。

 人口はそこまで増やしてもいないけれど、極端に減らしてもいないのだから。


「いえ、お気になさらないでください。それに、ちゃんとダメな理由がある時は、相方としてしっかりと止めてくださる(ほう)が、わたしは嬉しいですよ」


 ちょっと上からの物言いになってしまった感はあるけれど、本当のことだった。


 わたしは、「神子」として、「風の大陸」の発展に知恵を貸してはいるが、よくある異世界ファンタジー小説のように、大陸が劇的に発展するための特異能力や特殊技術などを持っているわけではない。


 どこにでもいる凡人なのだ。


 知識だって大自然や戦乱の世を生き抜くためのものではなく、現代日本でごく普通の生活をする程度の物しか身についていない。


 最低限、病気にならないための衛生面の工夫とか、本当に現代日本ベースの考え方しか持っていないのだ。


 そんなわたし程度があれこれ考えたくらいで、大陸と呼ばれるほどのものが目覚ましく発展していくはずもなく、助言と思ってしていたことだって間違っていないとは言いきれないと思っている。


 だからこそ……、別視点で見てくれる人は必要なのだ。


 暴走しがちな思考を止めてくれる人は大切なのだ。


 わたしのことを思って、諫めてくれる人は貴重なのだ。


『ラシアレスは不思議だな』

「え?」


 言葉の意味を掴みかねて、短く問い返す。


『女性は、反対意見を言われることは不服だと聞いていた。相手によっては、憎むべき対象になる……、とも』


 ああ、そう言う意味か。


 言われてみれば、神話とかに出てくるような女神様なんかも、感情的でかなり扱い辛いイメージがあるみたいだからね。


 あまり詳しくはないけれど、理不尽な理由で人間に罰を与えることも少なくないと聞いている。


「大丈夫ですよ」


 わたしは笑顔で答えた。


 同じ職場の同僚からの苦言や提案に対して、私情を優先するなんて、社会人としてあるまじきことだ。


 同僚じゃなくても、お客様からのクレームだって、表はしっかり笑顔で丁寧に、その後に、心の中で、心行くまで罵詈雑言が基本でしょう?


 それぐらいの感情制限はできるし、何よりも、ズィード様からの言葉は、反対意見と言えるほどのものでもない。


『ラシアレスは、いつも、そう言うが……、私は、不安なのだ』

「不安……、ですか?」


 ズィード様が、そんなことを思っていたなんて初めて聞く気がする。


 神様でも「不安」な気持ちを抱くのか。


『私の不用意な言葉で貴女に嫌われたくはない』


 あ、あれ……?

 これって……?


『私は、貴女が好きなのだ』


 そうはっきりと言ってくれた相手に対して……。


「はい?」


 わたしは、間抜けな言葉を返すしかなかったのだった。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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別視点
少女漫画に異質混入
別作品
運命の女神は勇者に味方する』も
よろしくお願いいたします。

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