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乙女ゲームに異物混入  作者: 岩切 真裕
【第6章】乙女ゲームのシンカ
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後付けされたもの

「続きを話してくれる?」

 そう言ったわたしの言葉に、アルズヴェールは何故か苦しそうな顔をした。


「聞いたら、後悔するかもしれないぞ?」

 彼は、わたしの意思確認をする。


 ああ、この(ひと)は本当に良い人間(ひと)だ。


「聞かなくても後悔するよ」


 わたしがお手伝いしている風の大陸にはまだ起きていないと思われる現象。

 だけど、今後も絶対に起こらないとは言いきれない。


「何も知らないままって、怖いことなんだよ?」


 その原因が分からなければ、何の対策もとれない。


 わたしが対処できるかは別として、大陸の神官たちや相方のズィード様に相談するぐらいはできるだろう。


「だから、教えて。『発情期』って何のこと?」

 わたしは再度、アルズヴェールに問いかける。


 彼は……、少しだけ逡巡した後……、何故かわたしを抱き締めた。


「ちょっと!?」

 思わず抗議しようとする。


 いや、彼から抱き締められたことが別に嫌ってわけじゃないのだ。

 ただ、いきなり、予告もなかったからビックリしただけ。


「このままで」

「え?」


 アルズヴェールから出たとは思えないほど低く冷たい声でそう言われて……、思考が停止する。


「……原作の『発情期』の設定は……、よく覚えているよ」

 そう言って、そのまま、彼は語り始めた。


 まあ、つまり、わたしを抱き締めた状態で。


 彼が言うには原作に置いて「発情期」というモノは、これまでの人生において、女性経験がない男性のみに発症するものらしい。


 症状は、身近な女性に対して、無理矢理にでも行為に及ぼうとしてしまうという。


 しかも、経験するまで定期的に繰り返し、何度も発症するから、その苦しみから逃れるために、その世界の男性はいろいろな手を打つそうだ。


 まあ、うん。

 妥協とか、言葉を濁されたが、そんな感じらしい。


 そして、哀れにもその被害者となってしまった原作主人公も暫くの間、かなり苦しむことになったという余計な話も存在し、それが彼のように作品に対する愛が強い人間でも、思わず読むのを()めたくなったらしい。


 原作読者である彼の言葉とは言え、簡単には信じたくないような設定だった。


 でも、確かにそんな話をチラリと彼がしていたことがあった気がするけど……、ここまで酷い話だとは思わなかった。


 確かにそんな場面がある話なら、賛否両論となるのも頷ける。

 いや……「賛」があるのもおかしくない?


 原作って……確か、少女漫画だよね?

 それだと、少女漫画ではなく少年漫画……いや、青年誌行きの事案ではないの?


 もしくは、年齢制限付きのゲームとか?


「何、その、女性蔑視。女は性欲処理の対象ってこと?」

 アルズヴェールの腕の中で、わたしはそう呟いた。


 見た目はともかく、中身が男性の彼に言っても仕方がないし、女性側の気持ちが分かるはずもないだろう。


 わたしには幸い、そう言った経験もないし、その辛さとか苦しさも想像の域を出ない。


 だけど、実際、そんなことが自分の身に起きたら、精神的に耐えられるとは思えなかった。


 これまでの自分の生き方を暴力的に踏みにじられるのだ。

 女性として、人間として許せることではない。


「女性蔑視と言うより……、人類繁栄のため……、らしいぞ」

 わたしの肩にある彼の手に力が込められる。


「人類繁栄? 女性の精神を壊すことが?」


 八つ当たりのような言葉を口にする。

 彼に言っても仕方がないのに。


 でも……、それなら確かに若い女性は死を選ぶ可能性もある。


 この世界は、人口は確かに多くなくても、ここに至るまでにある程度の長い歴史があり、文明そのものは高いのだ。


 されたことが分からないほど未開の人間たちならともかく、女性の尊厳とかそういったものが存在しているなら、一方的な暴力を容認は出来ない。


 それがもともとの種族維持本能として組み込まれているとかならば、そう言ったものだと諦める……、いや、受け入れることができたかもしれないが、聞いた限りでは人類はもともとそんな症状はなく、突然、後付けのように表れたなら、女性としては納得できないだろう。


 それにもともとそんな機能、期間があるなら、わたしたちをわざわざ呼び出す必要もなかった気がする。


 恐らくは、わたしたちが来たことが、何らかの刺激となって、表面化してしまったのかもしれない。


「だから……、言いたくなかったんだよ」

「いや、聞いて良かったよ」

 そう言いながら、彼から離れる。


「教えてくれてありがとう、アルズヴェール」

 口元が引き攣るが、なんとか笑みの形を作る。


「ハルナ……」


 その表情を見る限り、彼も、それを良しとしない人間だ。

 そのことに救われる気がする。


 そして、わたしに話すことに対して躊躇い、気遣うその姿は……、彼女がいるからこそ、なのだろう。


 それにしても……、「発情期」か。

 厄介な設定が潜んでいたものだ。


「原作ではその原因について、触れられていたの?」

「男が童貞だったら……、年頃になると発症するとか」

「いやいや、そっちじゃなくて」


 それは、「発情期」の発症する時期だ。

 だが、わたしが聞きたいのはそこじゃない。


「これまで、その世界にはなかったのでしょう? これまでにもあれば……、あなたも、今回の不自然な人口について、『発情期』が原因だって思わなかったと思ったんだよ」


 それに、そんな仕組みが事前にあれば、この世界の人口が激減するってこともなかったと思う。


 言い方は悪いし、正直、個人的には納得もできないけれど、気が進まなくても次世代を強制的に創り出すことはできる。


 尤も、一回ぐらいで、簡単にできるとは思えないけれど。


「ああ、そっちか」

 そう言って、彼は顎に手を当てる。


「原作では『発情期』は『神の試練』とされていた」

「神の試練?」

 それは今のわたしたちのように?


「そして……、人口衰退期に表れたのが最初の記録……、だとも」

「なるほど……、一致しちゃうね」


 そうなるとますます、何かによって作り出されたシステムだと思う。

 そして……、それは恐らく創造神の手によるものだろう。


 相手は、わたしたちの意識をこの「救いの神子」たちの身体に憑依させることができるような存在だ。


 もともと、この世界にいる人類たちの身体や精神を含めた機能を作り替えることだってできるだろう。


 なんで、男性限定なのかは分からないけれど。


 その「発情期」というものを女性にも付けた方が、自ら死を選ぶようなことにはならないと思うんだよね。


 いや、女性にこそ付けた方が良くない?

 子供を産むのって、結局、女性なわけだし。


 男性の方から無理矢理だから大問題となるのであって、女性から少しばかり強引に迫られたら、男性は断りにくい気がするのだけど……。


 いやいやいやいや、問題はそこじゃない!


 それに結局、その「発情期」から正気に返った時、後悔するのは女性しかいない。


 それに……。

「ちょっと疑問があるのだけど……」

「なんだ?」」

「それなら、なんで『風の大陸』の住民たちに発症しないんだろう?」


 定期報告にも、人口推移にも、わたしの大陸にそんな分かりやすく大きな変動はない。


 もしも、創造神が、人口衰退を憂えた結果、こんな余計な機能(せってい)を全ての人類に付けていたなら、そんな不思議な現象は起きないはずだ。


 人類の人口を増やすことが目的なら、偏らない方が良いに決まっている。


「そこがオレも不思議なんだよ」

 アルズヴェールは溜息を吐いた。


「原作も、主人公は一応、風の大陸出身者に襲われているからな」

「おおう」


 つまり、遠からず、「風の大陸」でも発症する可能性はあるわけだ。

 聞いていて良かったかもしれない。


「それに……闇の大陸も『発情期』を理由とした法律ができていた。あれはあれで、かなり胸糞が悪くなるような設定だったがな」


 話を聞く限り……、あまり少女漫画とは思えない。


 それでも、別にゲームが作られる程度に人気があった作品でもある。

 わたしには分からない魅力がどこかにあるのだろう。


「だが、今は『発情期』の方だ」

 彼はそう言った。


 だけど……、遠い未来に生まれるはずの、原作の主人公たちの時代にまで長い期間、影響する話だ。


 身体は「神子」だが、中身がただの人間であるわたしたちが、そう簡単に解決できることではないのかもしれない。


 でも……、まずは、相方であるズィード様に相談しておいた方が良いか。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

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別視点
少女漫画に異質混入
別作品
運命の女神は勇者に味方する』も
よろしくお願いいたします。

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