ゲームと原作と現実
あれからお昼ご飯までの間。
いろいろあったために、あまり長くはない時間だったが、アルズヴェールの部屋でいろいろと話をした。
ただ、書物庫ではなかったためか。
それとも、「迷子イベント」が発生したためか分からないけれど、いつものように雑談ではなく、「すくみこ! 」や原作メインの話だった気がする。
原点回帰というやつかもしれない。
わたしの「すくみこ! 」知識は十年以上昔のものだ。
確かにハマっていた当時はやり込んだし、全CGもコンプした。
一通りのイベントも見たけど……、その全てを覚えているわけではない。
何しろ十年以上前の話だ。
そんな昔にやったゲームのイベント……、細かく言えば、シナリオを一言一句違わず覚え、記憶していられるだけの脳があれば、もっとマシな大学に行って、高給取りの仕事に就いていたことだろう。
視覚的に印象に残るはずのCGだって、細部についてはもう自信がない。
いや、将来の方向性をある程度決めてしまう大事な時期に、乙女ゲームなどという娯楽に嵌っていたことを思えば……、やはりわたしはあれ以上の人生を歩むことなどできなかったか。
そして、今となってはそのことに後悔もない。
あの時期が無ければ、わたしは恐らくこの世界の……、この「ラシアレス」の身体に収まってはいなかっただろう。
何の根拠もないが、そう思う。
今回、「神子」として選ばれた7人の女性は、年齢、性格、職業もバラバラだが、共通点がある。
それは、原作読者か、「すくみこ! 」プレイヤーという点だ。
わたしは原作を読んでいない。
だから……、あの頃、「すくみこ! 」をしていなければ、この世界を知ることはなかった気がする。
ただ同時に疑問もある。
わたしやアルズヴェールのように片方しか知らない人間が、主人公の「アルズヴェール」と「ラシアレス」を担当することになった理由だ。
日本全国を探せば、あの時代に原作読者かつ「すくみこ! 」プレイヤーなんて腐るほどいるだろう。
どちらも知るからこそ、「原作関係ねえ! 」と叫ばれたゲームだったはずだから。
どちらにしても、何らかの理由、条件を下に選ばれたことは感謝しよう。
始めはどんな事故だ? と思ったし、今も緊張は続いているけれど、慣れて妥協できれば、かなり快適な生活ができている。
毎日の通勤について考えなくて良いし、朝、昼、晩の食事だって頭と懐を悩ませる必要がないのだ。
何より……、わたしは現実の人間に恋愛感情を持つこともできた。
現実では、アイドルや俳優さん、声優さんですらそこまでの興味が湧かなかったために、二次元の美麗なイラストにしか反応できないと思っていた。
ところが、この世界ではちゃんとトキメキを感じている。
大袈裟だと思われるかもしれないが、これは自分にとって、かなり衝撃的なことであった。
いや、二次元が立体化したような相手に恋心を抱いているのだから、あまり変化があったとは言い難いが、中身は同じ、リアルな人間だ。
それも、現実なら即、敬遠しそうなタイプの男性だった。
そして……、なんとなくだが、最近では、彼にわたしの気持ちもバレている気がしなくもない。
だけど、その上で、見て見ぬふりをしてくれているのだと思う。
恋愛初心者のわたしに、自分の気持ちを押し隠すなんて器用なことができるはずもないのだから。
その証拠に……、以前と比べて、必要以上、彼は「ラシアレス」に触れなくなった。
姿だけなら、「理想の少女」だと言うのに。
だから、わたしも何も言わない。
うっかり口を滑らせて、今の関係を壊したくないのだ。
この居心地の良い関係のまま、最後までいたい。
この世界は、元になったゲームのように、途中でセーブ&リセットなんてできないのだ。
まだ終わりが見えない段階で、お互いに気まずくなってしまったら、わたしはあの安らげる陽だまりのような空間を手放すしかなくなる。
それだけはどうしても避けたかった。
彼もそう思っているから、気付いても何も言わないでいてくれるのだろう。
少なくともわたしはそう思っている。
「それにしても……」
先ほどまでの話を纏めながら、わたしは少し考える。
わたしがズィード様といつもと違った場所で会ったのは、「すくみこ! 」にあった、ラシアレスの「迷子イベント」で間違いないと思う。
それ以外にあの方が、あんな場所にいるはずもない。
そもそも……、どこで生活しているかも謎なのだ。
仮にも「神」という地位にあるような人が、「神子」たちと同じ建物内で寝起きしているなんて、想像もできない。
そうなると……、イベントも発生していることも確認できたことだし、ここはやはり「すくみこ! 」の世界なのだと断言しても良いだろう。
だけど……、微妙に違うと感じる部分も少なくない。
今回の「迷子イベント」もそうだが……、はっきりと「これはおかしい」と言いきれる部分があった。
細部は確かに覚えていないけれど……、これまでのわたしの行動から考えると、乙女ゲームに必要不可欠な「好感度」が足りないはずなのだ。
これは、神様たちに目もくれず、箱庭の育成ばかりで、必要以上に神様との遭遇ポイントに出向いていないためである。
日課になっている書物庫への入室は、実際の「すくみこ! 」では、最大で3人の「みこ」や神様と遭遇する場所だったはずだが、この世界ではほとんど他の神様や神子たちに会うことはなかった。
多分、他の「神子」たちは知っているのだ。
わたしとアルズヴェールが午前中、必ず現れることを。
実際の「すくみこ! 」プレイ画面なら、既にアルズヴェールやラシアレスが待っているようなものだ。
そうなると、他の神子たちが、「すくみこ! 」のように神様を攻略対象者と見なすなら、その場所のその時間は是非、避けたいだろう。
少なくとも、午前中には来ないはずだ。
他の人間や神様がその場所にいたら、会話で少しだけ好感度は上昇するが、好感度が大幅に上昇する甘々なイベントが発生しないから。
確かに各主人公たちに書物庫でのイベントもあるが、アルズヴェール、シルヴィクル、リアンズを除いて特別、時間指定がなかったはずである。
今回、シルヴィクルが先にいたのは……、彼女の書物庫イベントが午前中に発生するものだったからだと思われる。
だから……、いつも早いわたしよりもっと先に書物庫へ向かって、イベントを発生させたのかもしれない。
先に発生させることができれば、イベントの強制性で、わたしもアルズヴェールも入室はしないと考えて。
実際、入室できなかったし。
もしかしたら……、これまでにシルヴィクルと何度か書物庫で会っていたのも、そのイベントを発生させようとしていたのかもしれない。
結構、早い段階から、イベント発生を狙っていたんですね、シルヴィクルさん。
しかし、それらを考えれば、もしかしなくても、今、わたしに対して、一番好感度が高いのは、同じ「主人公」であるアルズヴェールではないだろうか?
いや、それは流石に妄想が過ぎるか。
それに、中身はともかく、外見は完全に可愛らしい少女だ。
そんな方向性に走れば、乙女ゲームが一気に、可憐な百合の花々が咲き零れる世界になってしまう。
……薔薇が美しく咲き誇る世界よりはマシか?
でも、少なくとも、わたしからの好感度は確実に高い。
それをゲームのように数値化されても困るけど。
もし、最大になっていたらどうしようか?
「すくみこ! 」にGL要素はなかったはずだけどね。
ただ……、先ほどアルズヴェールが気になることを言っていた。
どこか強引な神様たちの行動を見て、思い出したらしい。
原作の登場人物たちはさらりと流すぐらい自然な話だったために忘れていたとか。
それは、原作の「みこ」たちの話。
そして、乙女ゲームである「すくみこ! 」の「みこ」たちにはなかった描写。
『原作では、人類のほとんどは、「救いのみこ」たちの血を引いているという設定だったはずだ』
それは、本当に将来の「神子」たちの姿なのだろうか?
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