神子は自覚する
この話から第5章です。
わたし、「宮本陽菜」が、この「すくみこ! 」世界の「救いのみこ」の一人、「ラシアレス」という少女の身体に入ってから三年が過ぎた。
たった一文で、「自己紹介」というやつが終わってしまうこの薄っぺらさよ……。
だが、語彙力のない人間はこの程度が限度だ。
大した内容がなくても、うっかりクリックしてしまうゲーム広告のキャッチコピーを考えている人たちを、心底尊敬します。
勿論、これまでに細かく言えばいろいろあった。
だけど……、それも「すくみこ! 」内で言うなら、約束された「出来事」内での話に過ぎない。
そして、他の「救いのみこ」たちに比べれば、わたしのイベント発生率は明らかに少ない。
それは、この身体の特性に対して、この魂の性質が明らかに異なるからだろう。
ラシアレスは、ドジっ娘だった。
それも、なんでそんなことが発生するのか? ってレベルのもので……、中身が一般女性なわたしには、とても真似できるような代物ではなかった。
部屋でうっかり転んで……、その弾みで、窓から飛び出して、さらに神様に抱きかかえられるとか……、ある意味、かなり綿密な計算をしているとしか思えない。
まるで、教育テレビにあったなんとかスイッチのようだ。
そんな、ドミノ倒しの応用のような装置を思い出した。
それほど高度な技術だろう。
あれが計算されていなかったとしたら……、この身体はここに呼ばれるまで、どうやって生きてきたのだろうか?
確実にどこかで死なないまでも、一度くらいは、大きな怪我を負っていてもおかしくないと思うのだけど、このラシアレスの身体には、そんな傷痕もない。「すくみこ! 」最大の謎と認定しても良いと思う。
他の「救いの神子」たちは、順調にイベントが進んでいるのか、月に一度の報告会にも姿を現さなくなったことが増えた。
「すくみこ! 」でも、ある程度、神様たちとの仲が進んでくると、報告会の日にもデートに誘われたりするので、報告会をすっぽかしてしまうこともあった。
……ゲームプレイ中は、それも気にならなかったけれど、現実としてそれが起こると、いろいろ複雑な気持ちになってしまう。
仲が良くて羨ましいとか、恋愛脳たちは勝手にしてくれとかそんなことではない。
純粋に「ふざけるな! 」という感情が一番、強かったりする。
確かに「すくみこ! 」というものが、恋愛主体のゲームなのだから、ゲーム中はそれで良かったのだ。
でも、それが現実となってしまうと、そんな単純な話では済まなくなってしまう。
そもそも、ここに呼ばれた「救いの神子」たちは、人口減少していく世界を救うために呼ばれたはずだ。
それなのに、その大事な使命を忘れて神様たちと自分の世界を作るとか、「人類滅べ! 」と言うに等しい。
確かにこの世界はわたしたちが生きてきた世界とは違う。
しかも、救おうとするのは直接会ったこともない人たちなのだ。
自分のこととして受け入れられない気持ちも分かる。
せめて、身内の命がかかっているとか分かりやすい理由ならともかく、見も知らぬ他人を救えとか……、かなり、難しい話ではあるのだ。
だけど……、鏡越しとは言え、神官たちに託されていく責任の重さもある。
そ分かりやすく自分のやったことで、成果を出せたら素直に嬉しいことも知っている。
何より、一度、任され、引き受けた仕事を放棄ってどういうことなの?
しかも、その共犯者は「人類存続」を願ったはずの神様たちとか……。
本気で、この世界の人類たちを救おうとしているとは思えないのだ。
だから、わたしは最後の一人となっても、努力し続けるのだ。
他の「救いのみこ」たちが、人類の存続を諦めたとしても、最後まで見捨てない。
何も特殊な能力もないわたしだけど、それでもできることはあるかもしれないのだから。
現実に「リセットボタン」がない以上、やり直しはできない……、多分。
いや、この世界の創造神なら、新たな「救いの神子」たちを招集してまた別の物語を始めることもできるかもしれない。
そうなると……、この世界は、誰かの、何度目かのプレイなのだろうか?
自分の意思で動いていると思っているけれど、実は……?
いかん!
明らかに思考が暗くなっている。
もっと、別のことを考えよう。
他の「救いのみこ」たちの中で、リアンズだけは最初の自己紹介以来、一度も姿を見せていないのだけど、次に報告会に来なくなったのは、意外にも男性に苦手意識を持っているように見えたマルカンデだった。
彼女は、二年目の春に当たる季節から、パタリと来なくなったのだ。
表向きはともかく、実際は口がかなり悪いアルズヴェールが……、相方に食われたんじゃねえか? とか言っていたけど……、「すくみこ! 」の糖度はそこそこ高い「CERO C」のゲームであり、「CERO D」や「CERO Z」のゲームではなかった。
つまり、男性が期待するようなエロなし!
いや、聞くところによると、男性が求めるエロと、女性が求めるエロって全く、表現が別物らしいのだけど、その部分は特に興味がないので突き詰める気もない。
次に来なくなったのは恋愛命! のトルシアさん。
彼女は一年目から、来たり来なかったりを繰り返し……、二年目の秋に当たる頃から来なくなった。
口の悪いアルズヴェールは、思ったよりゆっくりだったなと言っていたが、最初に彼女の本命が違った分、出遅れたのだろうと思う。
続いて、増えない掛け算が好きだったキャナリダが来なくなり、シルヴィクルも休むことが増えたので、そろそろかなと思っている。
ゲームの「すくみこ! 」は、三年目から糖度が上がる仕様だった。
それ以前から、彼女たちは相方の神様から甘い言葉で囁かれていたのだから、こうなることは自然だろう。
わたしも、イベントはあまり起こせていないが、それとなく相方の橙羽様……、じゃない、ズィード様から「これって口説かれているのでは? 」と思うような言葉を掛けられることが増えた。
いや、なんで疑問符なのかと言われたら……、直接的な言葉を掛けられてはいないのだ。
つまりは「好きだ」とか、「愛している」とか、「キミが欲しい」とか、そんな系統の言葉は言わない。
あの方は、「好ましい」、「愛らしい」は言うのだが、それ以上の言葉をはっきりと口にすることはないのだ。
まあ、わたしにその気がないことが丸わかりなのだろうけど。
どちらかと言えば、アルズヴェールの方が直接的だった。
その身体には、男性の魂が宿っていることは承知だが、外見好みのラシアレスに対して、かなり好意をはっきりと伝えてくる。
そして、誤魔化しも少ない。
多分、好感度パラメータなるものを視覚化したら、ラシアレスが一番高い数値を叩き出すのは間違いなく、他の神様よりも、相方のズィード様よりも、アルズヴェールだと思っている。
いや、「すくみこ! 」はそんな便利機能なかったけど。
十年前のゲームだったしね。
会話と表情、そしてイベント発生によって判断するしかなかった。
そして、お気づきだろうか?
先ほどの好感度パラメータなるものについてだ。
アルズヴェールが……、ラシアレスに……、ではない。
わたしが……、アルズヴェールに対して……、である。
そろそろ認めようではないか。
自分自身の、若さ故の過ちというものを……。
どんなに否定しても、頭から追い払おうとしても、何度何回繰り返しても戻って来てしまう思考。
何を考えても、自然に割り込んでくる存在。
わたし、「宮本陽菜」が、男性の魂を宿したアルズヴェールに好意を持っていると言うことを!
いや……、今のはどこかで認め切っていなかった。
ああ、うん。
自分でもどうかと思うのですよ?
もっと男の趣味は良いと思っていた。
でも、仕方ないじゃないか。
すごく顔が良いズィード様より、思い出すのは茶色の髪の青年。
顔もはっきりと分からないのに、時折、アルズヴェールの背後に見えるその姿を意識するようになって、どれぐらい経つだろう?
うん。
だから、認めよう。
わたしは……、アルズヴェールの中の人が好きだってことを。
ここまでお読みいただきありがとうございました




