夢で逢えたなら
「もしかして……、ヒカル?」
そう尋ねたわたしに対して……。
「おお」
目の前の男性は、短く答えた。
「その格好は趣味?」
「好きでこんな格好をしているわけじゃねえと言ったはずだが?」
表情は霧に隠されてよく見えないはずなのに、その口調で不機嫌だと分かる。
高低と声質の違いはあるけれど、書物庫でよく聞いている「アルズヴェール」によく似ているから。
だけど……、彼は何故、すぐわたしが「宮本陽菜」だって分かったのだろうか?
容姿は当然ながら「ラシアレス」とは、全く違うし、わたしの方は一言も口を開かなかったのに。
「なんで趣味じゃないのに、そんな変態的な姿なの?」
「……気が付いたら、ここにこんな格好で立たされていたんだよ。繋ぎじゃなければ、脱ぐんだが、理由もなく下着姿を晒す趣味もない」
「いや、その格好もどうかと思うのだけど……」
寧ろ、人目に晒すなら、下着姿の方がまだマシではないだろうか?
変態であることには変わりないが、それでも男性として最低限のラインは保たれるのではないだろうか?
「ハルナ、今、履いているお前の下着は女物だろう?」
「…………」
どうしよう?
今の発言は、変態以外の何者でもない。
「いや、そんな変質者を見るような目で見るな。割と真面目な話だ」
「通報先……あるかな?」
「話を聞け。そして、オレに準備されている服は女物だ。後は……、分かるな?」
「あ……」
その言葉で察するしかない。
つまり、彼はそのワンピースから脱皮しても、さらなる羞恥プレイが待っていると言うことか。
それは辛い。
「まあ、似合わなくもないから良しとすれば……?」
ある程度はこの霧で隠されるし。
「そう言った台詞は、オレをまともに見てから言ってくれ。……ったく、このサイズの女物なんて、どこに売ってんだ?」
いや、それはどう見ても、男物だろう。
その広い肩幅とかのサイズは、女性用としてはおかしい気がする。
だが、そこは言わない方が良い気がした。
彼のためにも。
「まあ、オレの格好については触れるな」
なかなか無茶をおっしゃる。
目の前に赤いひらひらしたワンピースの男性がいるというこの異物感。
これは無視をしてもしきれるものではないだろう。
そんなわたしの生温かい視線に気付いたのか……。
「こうなったら、真っ裸になるか」
「それはやめて!」
そんなとんでもないことを言いだしたので、慌てて止める。
「……ほんっとに、ハルナは男に縁がない生活していたんだな」
「改めて言わなくても、そんなこと分かっているから」
余計なお世話だと言わざるを得ない。
「でも、乙女ゲームにも露出する男の一人や二人ぐらい、いるんじゃねえか?」
「『すくみこ! 』では露出する神様、いなかったよ」
なんでもないところでチラリズムするギャルゲーや、特に意味なく露出するエロゲーといっしょにしないで欲しい。
「マジか? そんなの何が楽しいんだ?」
そして、その言い方もどうかと思う。
「恋愛要素かな?」
「視覚的に楽しめないのにか?」
「……聴覚的に楽しめるから良いんじゃない?」
「聴覚的に……?」
「耳に心地よい音ってトキメクと思うよ?」
この辺りは男女の差なのかもしれない。
いや、単純にこの人とわたしの違いなのかもしれないのだけど。
「耳ねえ……」
そう言って、目の前の茶髪男性は考え込んだ。
なんか不思議だ。
いつも見ている美少女アルズヴェールと同じような口調で同じような仕種。
でも、その姿と声は全く違う。
それなのに、そのことで大きな違和感を覚えるでもなく、単純に同じ人物なんだなと納得できている自分も不思議だった。
流石に、赤いシンプルなワンピースに身を包んでいる部分に対しては違和感しかないが、わたしよりも背は高い。
焦げ茶色のサラサラの髪は、いかにも、今時の学生って感じがする。
腕時計などの装飾品はないが、それはその服装を考えると彼の意思ではないかもしれないけど。
……?
でも、何か物足りない気がした。
「ヒカルは……、眼鏡とかしないの?」
霧の中でぼんやりしているけど、顔には何もないように見える。
「眼鏡? ああ、この身体の時は、確かに普段は眼鏡だったな」
わたしのそんな質問に、彼は顔を上げて、両手を鼻やこめかみ付近に当てて何かを確認しながら答える。
「今は、夢の中のせいか、普通に見えていたから言われるまで気付かなかった」
「ないと見えないぐらい目が悪いの?」
「ド近眼だからな。ないと運転もできん。いや、日常生活がまともに送れない」
それはかなりの近視だと思う。
日常生活に支障があるというのは、リアルで「眼鏡、眼鏡」と探す世界だろう。
しかし、運転……。
免許を持っているのか。
わたしも持っているけど、ほぼ身分証明書としてしか使っていなかった。
「でも……、よく分かったな。オレが眼鏡してるって」
「前に言っていたでしょう?」
そんな話をした覚えがある。
「そんなことをよく覚えているな」
「それに、なんとなく眼鏡が似合いそうな顔だなとも思って」
それは、どこかでそんな幻を見たような気もしたからかもしれない。
「20年生きてきてそんなこと、初めて言われたよ」
そう言いながら、彼が笑ったのがよく分かった。
ああ、これはモテるわ……。
すっごく、かっこいいわけではないようだが、霧越しでもよく分かるほど人懐っこい笑顔を不意に見せられたら、ドキリとする女の子は多いだろう。
……「すくみこ! 」で言うと、スポーツマンキャラな橙羽様か。
彼は、爽やかで笑顔が素敵と評判だった。
現実の……橙羽様ポジにいるズィード様は、もう少し穏やかで真面目な方だけどね。
「ハルナもそれが本当の姿か?」
「顔は確認できないけど、多分……。特徴もあるし」
「特徴?」
「左腕に北斗七星」
そう言って、彼の前に左腕を曲げて近付ける。
この距離なら霧があっても、肘から手首にかけて、柄杓のような並びの黒子があることが分かってくれるだろう。
「北斗七星?」
そう言って、彼はわたしの左腕を見ながら……。
「おお!? すっげ~!? マジで北斗七星だ」
そう叫ぶ。
さらにわたしの左腕を掴んで、まじまじと見た。
掴まれた感覚はないけど、妙に恥ずかしい。
よく考えなくても、男の人に腕を取られる構図って多分、人生で初めてだ。
「しかも、ミザールの横にしっかり、アルコルまである……だと? ここまでの拘りはなかなかない!!」
「ミザール? アルコル?」
「北斗七星の二重星……、ここに二つ並んでいる星だよ。柄杓を形成しているのが2等星ミザール。その横に並ぶように見えるのは4等星アルコル」
二重星については、プラネタリウムで聞いたこともあるし、自分の黒子にも似たようなモノがあったから知っていたけど……、流石に星の名前までは憶えていない。
「詳しいんだね」
ちょっと意外過ぎる。
「高校の時、天文……、いや、気にするな。たまたまだ」
わたしの腕を離しながら、彼は目を逸らしつつ言った。
「天文学部のある高校だったんだ。凄い!!」
わたしの高校にそんな部活はなかったと思う。
文化系は写真部とか、放送部とかはあったかな?
他に人気のあった吹奏楽は……、わたしの学校はちょっと文化系というより、走り込みをやるような体育系にも劣らないところがあったので何とも言えない。
それ以外なら漫画研究部って「部」と付いているのに同好会があったけど……、あれは部活と言って良いかかなり迷うところだ。
「…………誰にも言うなよ」
何故かそんなことを彼はそんなことを言う。
「なんで? 凄いと思うけど」
学生時代の一過性ではなく、それを知識として蓄えていることは凄いと素直に思える。
それは立派な財産だ。
「天文学部は根暗なイメージが強いそうだ。それが理由で振られたこともある」
「そうかな? ロマンチックだと思うけどね、天文学部」
いっぱい星に纏わる話を知っている気がするから。
まあ、知らない人は何とでも言うものだ。
わたしたちの高校の漫画研究部も周囲から暗そうと言われていたことは知っているけど……、現実は、常にハイテンションで自分の中で迸る熱い情念を語り続ける人種たちの坩堝だったことをわたしはよく知っている。
あれを「暗い」とはとても思えない。
寧ろ、誰かアイツらを止めてやれと何度、思ったことか。
「少なくとも、今のヒカルをよく知っている人なら『暗い』なんて思うはずもないけど」
「大学で頑張ったからな」
「なるほど」
大学デビューというやつかな?
「それなら、それだけ努力してきたことは凄いね」
わたしはそう言って笑うのだった。
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