一年が過ぎました
昔やり込んだ乙女ゲーム「救いのみこは神様に愛されて! 」によく似たこの世界の「救いの神子」と呼ばれる神子の一人に意識だけが乗り移って、一年間という短くはない月日が過ぎた。
その間に、わたしがしたことと言えば……。
―― 朝、早めに書物庫へ行き、いろいろと調べ物をする。
始めはそれらのほとんどは読めなかったために、わたしを手伝ってくれるアイルから翻訳して貰ったりはしていたのだけど、以前に比べれば、かなり読めるようになった。
「火の大陸」の文字は記号が多くてかなり難しいけど、「光の大陸」の文字は、英語にそっくりで、まだ読みやすい。
尤も、読みやすくても手書き文字なので、書き手の癖が出るから、完全に読めるとは思っていない。
そして、独特の文章もある。
とりあえず、わたしに英和辞典ください。
本来、この身体の持ち主である「ラシアレス」は風の大陸出身。
だから、その知識が身体のどこかにあるかなと期待していたけれど、残念ながらわたしが乗り移ってしまったせいか、彼女自身の記憶は全くでてこない。
―― ある程度の時間になると、眠そうな顔をしたもう一人の「救いの神子」である「アルズヴェール」が合流し、情報交換という名の雑談をする。
特に時間は決まっていない。
可憐で完璧美少女な見た目はともかく、その中身が男性であるために当然ながら、華やかな「女子トーク」になることはない。
賑やかになることは多いけど。
アイルや、アルズヴェールのお付きであるロメリアは、最近では二人とも立ち会わなくなった。
彼女たちには読めない「神子文字」による筆談での会話をしているため、その中身が分からないこともあるだろうけれど、お互い、害を与える存在ではないと理解して貰えたのだろう。
アイルは、半年ぐらいで場を外すようになった。
ロメリアは、つい最近だ。
一年ぐらいかけて、ようやく信用して貰えたらしい。
そのために、気兼ねなく話ができるようになった。
筆談って……、かなり面倒だし、時間もかかるからね。
ああ、ノートPCが切実に欲しいと思っていたよ。
―― 午後からはいろいろ。その日の気分で違う。
でも、この一年間の平均では、そのまま書物庫に残って、調べ物や資料のまとめをしたりすることが一番多かったように思える。
アルズヴェールも、午後からは何かしているみたいだけど、その辺りはお互い干渉していないのでよく分からない。
ただたまに有益な情報提供をしてくれることもあるので、やはり彼自身も何か行動をしているのだろう。
たまに、別の神子である「シルヴィクル」も書物庫に来て、調べ物をしたり、向こうから進捗を言ってくれることもある。
ただ……、その内容については、ちょっと惚気っぽいんだよね。
それを誰かに話したくて仕方ないらしい。
彼女は以前、本命は「紫羽様」って言ってたけれど、その「紫羽様」はほとんどその相方である「リアンズ」が表に出てこないためか、他の神様に比べてほとんど会うことがない。
いや、わたしたちが出会ってから一ヶ月ぐらいで、既に彼女の本命は変わっていたような気がする。
彼女の口から出てくるのは「黄羽」様関連の話がとにかく多い。
そして、その語られた中には、「すくみこ! 」内のイベントそっくりな話もあったりするので、やはり「すくみこ! 」と無関係の世界とは言い切れない。
だけど、その中では、一年目で発生しないはずのイベントも隠れていたりして、ちょっと聞き逃せないものもあった。
だから、彼女には好きなだけ語って貰っている。
彼女の言葉を邪魔しないように「凄いですね」、「羨ましいです」、「愛されていますね」と適度に相槌を打つと、分かりやすく頬を染めて「そ、そんなんじゃないわ! 」と言ってくれるところが可愛らしい。
……年上女性とは思えないぐらいチョロいですが、大丈夫でしょうか? と心配にもなるけれど、乙女ゲームに実年齢は関係ないのだ。
心はいつも「乙女」のままだからね。
―― そして、三日に一度ぐらいの割合で、わたしの相方であるズィード様が、午後から部屋に来る。
……神様なのにマメだと思う。
いや、アルズヴェールやシルヴィクルの話だと、やはりそれぐらいの頻度で相方から訪問されるらしいから、何か意味があるのかもしれない。
そうなると、他の神子たちも同じぐらいの間隔で来ていると考えた方が良いだろう。
ズィード様とは、本題である少子化対策から始まり、不思議な力、大気魔気というものを人間たちの世界へ送ってもらったりする。
少子化対策はともかく、その大気魔気というのは、神様にしか使えない力らしい。
だから、わたしは定期的に、量が少なそうなところを調べたりして、お願いしている。
その力を使っても、特にズィード様の身体に負担はないようだけど、必要以上に頼まないようにしていた。
何でもアルズヴェールによると、原作では大気魔気は人間にとって必要な資源の一つではあるけど、その扱いが難しく、抑えとなる人間が少ないうちは、その力を多く注ぎ込まない方が良いらしい。
でも、神様の力を人間が抑えるってなんか不思議な気がするね。
そのズィード様とも、最近では雑談をするようになった。
この辺は、「すくみこ! 」のお部屋に訪問デートのようだ。
……いや、雑談の内容は、色気のないもので本当に申し訳ない。
実際の「ラシアレス」は訪問してくれた神様に様々な質問をするが、どれも可愛らしいものばかりだった。
「趣味は? 」
「好きな料理は? 」
「普段はどんなことをして過ごしていますか? 」
……そんな質問、したことないな。
いや、ゲーム内で何度もした質問を今更する気にはなれないだろう。
好感度?
なにそれおいしいの?
わたしがする質問は大体、この世界のことだった。
たまに、神様についても聞いている。
それだけ、この世界のことを知らないのだ。
それでも、ズィード様は微笑みながら親切丁寧に一つ一つ答えてくれる。
いや~、温和な男性で良かったです。
ゲーム内の「橙羽様」は少しばかり気分屋さんだったので、扱いが面倒だった覚えがある。
お庭でのデートでも、会話中にすぐ機嫌を損ねて、帰られるので、困ったものだった。
「お前、この前はこの答え方でおっけ~だったじゃん! 」と何度叫んだことだろうか。
そして、気になる「ラシアレス」との恋愛イベントですが、笑えるぐらい全く、発生しておりません!
分かりやすいまでの好感度不足!
それは、中身が「喪女」のせいではないと思いたい。
いや、ラシアレスって基本「ドジっ娘」さんなのですよ。
つまり、イベントの始まりもこの身体のドジがきっかけで始まるものばかりでして……。
あんな芸当、狙ってできるもんじゃない!
だから、ある程度、好感度が上がっても駄目だと思うのです。
そして、ズィード様からの好意はそれなりに感じていますが、その気になれないと言うか……。
どうせ、若くて可愛らしい「ラシアレス」目当てでしょ? みたいな?
他の神子たちのように、「自分が愛されている! 」とは、どうしても思い込めない。
これが、もっと若い時。
「すくみこ! 」にドハマりプレイ中だったら、ちょっとは何かが違ったかなとは思うけど。
因みにアルズヴェールの方も相方の神様から迫られているようで、少しばかり気の毒になります。
見た目はともかく、中身は男だからね。
しかもズィード様のように穏やかに見守る系ではなくて、積極的に手に触れたり、肩を抱いたりしてくるそうで……。
見た目、美少女である彼女が不機嫌な顔をしている時は、またスキンシップがあったのだなと思うことにしている。
それでも、相方なのでギリギリまでは我慢するらしい。
まるで、上司からのセクハラを我慢していた美人な先輩と重なって、同情してしまう。
因みにその先輩は証拠をきっちり揃えて、耐えきれなくなって辞める直前に出る所に出たような方でした。
―― それ以外では、人間の神官との対話。
これは一週間に一度ぐらいにしている。
あまり頻繁に会っても仕方ないけど、全く会わないと問題も話せない。
一年間でじっくりと話したせいか、始めは流されていたような言葉も受け止めてくれるようになった。
やはり話し合いは根気がいる。
だけど……、もう一年。
そろそろお別れが近いと思う。
―― そして、定期報告会。
資料を揃えて、導きの女神ディアグツォープ様に提出して終わり!
……ある意味、わたしはいつもの延長だけど、このやり方に変わったのは間違いなく、わたしのせいだと思う。
幸いなのは、導きの女神様も「神子文字」が読める方でした。
そして、恐らく創造神様も。
他の神子たちに悪いな~と思いつつ、報告会に一日かからないのはありがたい。
残り半日で、別のことができるからね。
だけど、そんなわたしを見て、アルズヴェールは何故か「ワーカホリック」という単語を呟いたのだった。
解せぬ。
そんなに仕事に狂った覚えはないのだけどね。
ここまでお読みいただきありがとうございました




