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乙女ゲームに異物混入  作者: 岩切 真裕
【第4章】乙女ゲームの変化

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来るべき日が来た日

 ―――― とうとう、来るべき日が来てしまった。


 そう思うしかないだろう。


 ゲームのようにきっちりと、はっきりと……ではなかった。


 だから、油断していたかもしれない。

 もしかしたら、そんな設定はなかった、と。


 だけど……。


『初めまして、神子様。先代ジドニリークより、引継ぎを受け、少し前より私が新たな神官となりました。以後、よろしくお願いいたします』


 オレンジ色の髪色をした神官が、恭しく、両手を下に付けながらわたしに向かって礼をする。


 相変わらず、どこか不思議な礼。

 でも……、その姿は、同じ髪色でも、見知った人ではなかった。


 一年が過ぎ、二年目に突入してから、二週間目に入った頃、風の大陸の神官が交代していたのだ。


 その意味を理解して、わたしはグッと固く口を結び、口角だけをなんとか無理矢理持ち上げる。


 この世界の人間の寿命は短いと聞いていた。

 だから、そろそろだと覚悟はしていた。


 ―――― だけど、やはり辛い。


 ゲームをプレイ中の時には何も考えなかったけれど、今のわたしはこの世界の神官と実際、会話して血の通った人間だと理解していた。

 月日を経過し、その考え方が変化していくところも見てきたのだ。


 だから、もうゲームを支えるだけの存在とは思えなくなっていた。


「よろしくお願い致します」

 わたしも服の裾を少しだけ持ち上げながら、軽く頭を下げる。


「先代の神官ジドニリークはいかがされました?」

 何でもないような世間話のように言葉を投げる。


 その答えなど分かっているのに。


『先代の神官ジドニリークは、先日、天寿を全うし、聖霊界と送りました』

 その言葉に悲壮感はなく、どこか誇らしげのようでもあった。


 そう言えば、アルズヴェールが言っていた。


 神官にとって、尊敬できる神に仕え、寿命が尽き、聖霊界へその魂が送られると言うのは名誉あることだと。


 だけど、わたしは神ではない。


 あの神官にとっては神以外の存在に仕えていたことになる。

 それって、「神官」という職業にとっては不名誉なことなのではないだろうか?


「そうですか。心安らかな眠りであったことを祈ります」


 せめて、後悔していなければ良い。

 今際で、苦しまなかったならば良い。


『先代は言っていました。「神子様にお会いできて、満ち足りた日々を送れた」と』

 それは慰めのような言葉。


 だけど、わたし自身は何もできていない。


 少しだけ、人口が増えたと報告されたけど、それは、この世界の人たちを説得したあの神官のおかげなのだ。


『「何もできないと思っていた赤子がこんなにも力強い存在だったのか」と。「邪魔でしかない子供たちがこんなにも希望に満ちた存在だったのか」と』


 わたしの拙い言葉で、あの神官がそれを理解してくれたことはとても嬉しい。


 だけど、それを受け入れたのはあの人自身だ。

 だから、やっぱりわたしの力ではない。


『ありがとうございます、神子様。私は、貴女のおかげで、この世に生を享(う)けることを許されました』

「え?」

 不意に聞こえた言葉。


 わたしは、思わずその神官を凝視した。

 そして……。


 ―――― 似ている。


 つい、一週間ほど前。

 この場で最後の会話をしたあの神官に。


『そして、父(・)から貴女への言葉を。「自分の人生を意味ある物へと変えてくださり心より感謝します」と、死を前にして、後(・)継(・)と(・)な(・)っ(・)た(・)私(・)に(・)そう引き継ぎました』

「つまり、貴方は……」

『先代神官ジドニリークの長男、ルミアウスと申します。以後、この命が尽きるまでお仕えすることをお許しください』


 命が尽きるまで……、その言葉の重さに肩が震えた。


 先代は間違いなく、その命が尽きるまで、わたしと対話をしてくれたのだ。


「こちらこそ、改めてよろしくお願いいたします、神官ルミアウス」

 そう言ったわたしの声は震えなかっただろうか?


 せめて彼ら神官たちの前では神子らしくありたい。

 この場だけのハリボテの神子でも。


「でも……、長男と言うことは……」

 わたしは少し、そこがひっかかった。


『はい。上に姉が一人、下に妹と弟が一人ずついます』


 まさかの四人兄弟姉妹!?

 よく考えたら、神官が自ら子孫を残すって宗教的に良いの!?


「お、お母様……、頑張りましたね」

 わたしの口から出たことはそんな言葉だった。


 いや、これはない。

 いくら何でも、これはない。


 そんなわたしの言葉をどう受け止めたのか神官は少し考え……。


『神子様のお言葉を賜るうちに、父も考えが変わり、色々な方々に子供、いえ、次代の大切さを説いたのです。そして……、子供がいることでの有用性を説き……、結果、それを自身で証明することに……』


 なんてことだ!?

 それってわたしのせいで、彼らの人生が変わったってこと!?


『始めは母も難しい顔をしていましたが、父が育児に力を貸すことを条件に受け入れました。そんな家庭で育てられた私は正直、母よりも父に触れた思い出しか残っていないぐらいです』


 まさかのイクメン誕生!?

 そうなると、わたしは良いことをしたの……かな?


『勿論、変化はすぐに出たわけではありません。姉が生まれ、私が生まれた頃、少しだけ周囲が変わったのです』

「変わった?」

『子供というのは実に無邪気に笑うものだと』


 え?

 子供ってそう言うものだよね?


 いつも泣いてばかりの存在ではないはずだ。


『治癒魔法や疲労回復魔法もなしに笑うだけで心を癒す……と。大人が笑いかけた分、笑い返す存在だと』


 わたしは赤ちゃんという存在は身近になかった。

 でも、そんな話は聞いたことがある。


『神官と言う立場にある以上、人々の心を慰めることも仕事のうちです。そこで、先代は、私たち兄弟姉妹を使いました』

「それは……、一体……?」


 わたしにはよく分からない。


 神官が、子供を使うって道義的にどうなの?


『父は何も特別なことはしていません。ただ聖堂内で私たちを育てたという以外は何も。神に祈りを捧げる時も、迷える信者が悩みを打ち明ける時も、領主たちが出向いてくださっている時も傍に置いていただけ。そして、私たちはそんな父の背を見て育ちました』

「そ、それは……」


 果たして、神官としてはどうなのだろうか?


『始めは忌避感があった周囲も、私たちの存在に和まされたと笑っておりました。今では、幼子(おさなご)たちを預かることも増えています』


 孤児院?

 いや、保育園みたいなもの?


 聖堂……、教会みたいな場所なら、それもおかしくはないのか。


 昔は、教会で読み書きを教えていた時代もあると聞いている。

 日本の「寺子屋」だって、お寺のお坊様とかが教えていたらしいからね。


『だから、私も主神を選び、祈りを捧げることよりも、父のように神子様にお仕えする道を迷うことはありませんでした』


 ああ、なんてことだろう。

 わたしの言動で、他人の人生が変わっていく。


『そして、私は、貴女にお会いすることが夢でもありました。父の生き方を変えた聖女である貴女に』


 だけど……、止まらない。

 もう止めることなどできない。


『これから、先代のように心から貴女に尽くすことを誓いましょう、聖なる神子様』

 そう言いながら、恭しく両手を付く若き神官。


「一つだけ、よろしいですか?」

『はい、何なりとお申し付けください』

「先代のように……ではなく、貴方自身の心で、わたしと接してください、神官ルミアウス」


 わたしがそう口にすると、まだ若い神官は目をハッと見張った。


『分かりました、神子様』

 そう言って、再度、首を垂れる。


『私は私の意思で貴女にお仕えします。そして、その貴きお名前を呼ぶことをお許しください』


 彼の意思は確認した。

 それならば、わたしは応えるしかない。


「分かりました。これからよろしくお願いしますね、神官ルミアウス」

 そう言って、微笑むと……。


『はい、こちらこそよろしくお願い致します、聖なる神子ラシアレス様』


 彼も微笑んでくれた。


 最後の日、わたしに柔らかな笑みをくれた先代(父親)のように。

ここまでお読みいただきありがとうございました

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別視点
『少女漫画に異質混入』
別作品
『運命の女神は勇者に味方する』も
よろしくお願いいたします。

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