神子たちは呼び合う
美形はお得だ。
この世界の神子の身体に入り込んでから、何度、そう思ったのだろうか?
そして、今後も増えていくのだろう。
主に目の前にいる「金髪の美少女」によって。
だけど、これだけは釘を刺す必要がある。
『アルズヴェール、その名を口にしないでくれるかな?』
しかも、自然と呼び捨てにするとは……。
軽いと思っていたが、かなりのチャラい男だと改めて思う。
『良いだろ? オレが呼びたくなっただけだから』
『今のわたしは不本意だけど「ラシアレス」なの。別の名前で呼べば、互いの背後にいる二人が混乱しちゃうでしょう?』
『不本意なのか? 可愛いのに』
『自分と全く違うタイプの女性だからね』
確かに外見が可愛らしいことは認める。
『全く違うタイプ?』
『うん。わたしはこんなにロリっ子でドジっ娘じゃない』
『そうなのか?』
アルズヴェールはどこか不思議そうな顔をした。
いや、なんでそこで疑問形なのか?
わたしには、この「ラシアレス」みたいな可愛らしい容姿も、「天然ドジっ娘」な要素もあまりないと思うのですよ?
図書室で本をいっぱい持った上で、派手にすっころぶとか。
お部屋の掃除をしながら、椅子に載ったらバランスを崩して倒れるとか。
料理をしようとすれば、粉塗れになるとか。
どれだけ、バランス感覚が悪ければそんな事態になるのか、わたしには見当もつかなかった。
ある意味では、とても器用だとも思うけど。
『本名で呼ばれるのは嫌か?』
ここで、真顔でじっと見つめられると、戸惑ってしまう。
くそう……。
美形に耐性がない我が身の悲しさよ……。
『別に嫌じゃないけど』
『じゃあ、たまには耳に入れとけ。確かにお前の身体はラシアレスだが、心までラシアレスになることはない』
言われてみれば、その通りだけど、納得はいかない。
『じゃあ、あなたも「ヒカル」って呼んだ方が良いの?』
わたしがそう書き殴ると……、アルズヴェールは少し、考えて……。
『試しに呼んでみろ』
と、どこか挑発的な笑みを浮かべた。
揶揄われてるな、これ……。
だけど、そう言われて素直に顔を赤らめて引きさがるような女なら「可愛げがない」など言われるはずもなく……。
「ヒカル?」
できるだけ、自分でも、「媚びすぎ」、「あざとい」、「狙いすぎ」、と言われるように、顔を少しだけ下に下げ、上目遣いで、しかも疑問形で口にしてみた。
さらには、両手を前に組んで、控えめに隠しつつも、惜しみないこの大きな胸を強調するような姿勢。
極めつけに疑問符に合わせて、顔をきょとんとさせつつも、小首をわざとらしいぐらいに傾げる。
これでどうだ?
実際の女にとって退くような体勢でも、中身が本物の男なら、多少のダメージがあるでしょう?
いや、この年齢になるとイタいよ?
分かっているよ?
だが、今なら外見、15歳。
そして、乙女ゲームの主人公の一人だ。
この程度は許されるだろう。
実際の「ラシアレス」はこんな露骨なことはしてませんよ?
事故で、うっかり……はよくありましたけどね?
そして……、アルズヴェールは顔を右手で押さえながら、机の下に沈んだ。
「ヤベエ……」
その声は震え、とても、主人公の一人とは思えないような言葉が口から出てしまっている。
だが、顔は隠せても耳の赤さまでは誤魔化せていない。
会心の一撃!
クリティカルヒット!
必殺の一撃!
大打撃!
つまりは、効果はバツグンだ!
ロメリアはすぐ傍で、すました顔を装っていたが、信じられないものを見たかのような目の開きだけは隠しきっていなかった。
彼女は、一瞬だけ、アルズヴェールに向かって手が伸ばしかけたしね。
この場面では、使用人なら心配しても、問題ないと思うのだけど、どうも、彼女はそれすらも許せないらしい。
うむ。
素直になれないツンデレメイド路線は嫌いじゃないので、実に良いと思います。
だけど、このままでは彼女から恨まれてしまいそうなので……、フォローはしないといけないね。
「ほら、この呼び方だとお互い、困るでしょう?」
わたしは、机の下に潜り込んだアルズヴェールに声をかける。
アルズヴェールは顔を紅くしたまま、潤んだ瞳でわたしを見ると……。
「困るけど……、少しだけ抱き締めて良いか?」
「良くない!!」
あまりにも阿呆なことを口にしたので、わたしは思わず素で突っ込んでしまった。
いや、わたしも照れた顔の「アルズヴェール」に対して、思ってしまったことは否定しないけど、ちゃんと自重したよ?
ああ、うん。
「ラシアレス」の外見が「ドストライク」って言っていた殿方相手にやりすぎたのはよく分かったよ。
アルズヴェールを揶揄う時は、少し気を付けよう。
なんだかんだ言っても、中身は年下だけど、男性なのだ。
一方的に揶揄われるのは嫌だけど、中途半端に反撃してしまうと、自分の身が危なくなるかもしれない。
彼は、初対面の少女相手にでも「問題ない」とキスできちゃうような人種だった。
見た目は愛らしい少女だから、その辺りは確かにわたしの気も緩んでしまっているのかもしれない。
ちょっと気を引き締めねば!
『定期的にオレの名前呼んでくれないか? それがあればこの世界でも強く生きていける気がする』
『あなたは十分強いから必要ないでしょう?』
『な~、頼むよ~』
なんだろう?
この可愛らしい生き物。
書いている文字とその内容はともかく、このおねだりしてくる顔は、十分、破壊力抜群である。
これが計算のない天然美少女の能力か?
くっ!!
簡単に気を許してなるものか!?
「お願い、ハルナ」
可愛らしい声で微笑み、少しだけ肩を竦めつつ、両手を合わせてお願いされる。
「お断りします」
だが、そう簡単にのせられるか……。
それが通用するのは男に対してだけだ!
だから、わたしは笑顔でお断りした。
「手強い……」
「当然です」
「だが、そこも良いから困る」
おいこら。
どさくさ紛れに何を口にしてるのでしょうか? この美少女。
普通に考えたら、今の発言は同性好きとしか思えませんが!?
『お願いだから、人前では本当に自重してください』
わたしは、頭を抱えながらなんとかそう書く。
『人前じゃなければ良いのか?』
そんな阿呆なことを書いてくるから……。
『彼女はどうした?』
わたしがそう書くと……。
『分かってないな。ラシアレスに対してはそんなやましい気持ちじゃないんだよ』
なるほど……。
彼女に対しては「疚しい気持ち」というものがあるらしい。
まあ、ある意味健全な発言だと思うけど。
『いや、言っていることは十分、通報レベルだから』
『それは酷い』
そう言って困ったように笑うアルズヴェール。
『オレにとって、ラシアレスは触れずにめでたい存在なんだよ。見ているだけで満足なんだ』
彼の「めでたい」と言う言葉を見て、「目出度い」が真っ先に浮かんだが、それはないと首を振る。
多分、「愛でたい」だろう。
漢字が出てこなかったようだ。
『愛でたいだけなら、いきなりキスしたり、「抱き締めたい」なんて脳を疑われるようなことを言わないでいただけますか?』
しっかり触れられた身としては、突っ込まざるを得ない。
『それぐらい、小動物に対してもすることだろ?』
それぐらいの愛情表現は確かに犬や猫に対してもする人がいることは知っている。
でも、それって……。
『わたしはあなたの愛玩動物になる気はないですから』
『愛玩動物?』
少し顔を紅くしながらも、どこか怪訝そうな顔をするアルズヴェール。
何か、誤解があるかもしれない。
『ペットってことだよ』
『ああ、悪い。もっと別の意味かと思った』
どんな意味だと思ったのか?
どこか慌てたようなアルズヴェールの反応を見る限り、なんか変な意味にとられたかもしれない。
『ラシアレスみたいなペットだと確かに癒されるな。一日中、モフりたくなる』
『だから、ペットは嫌ですからね!』
だけど、少しだけ安心もした。
アルズヴェールがラシアレスに持っている感情は、異性に対して抱くものではないということだから。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




