神子たちの世界
「神子」生活、7日目。
不思議な呪文を編み出してしまった。
いろいろ分からないことだらけの頭でもそれだけはよく分かった。
枕元には謎の文字が羅列されている紙がある。いや……、これ、文字?
「何かのお告げ……?」
そうでも思い込まないと本当によく分からない言葉しか並んでいないのだ。
日本語であることは間違いない。
平仮名ばかりだし。
つまり、わたしが書いた文字だと思われる。
「つてう……ぞうし~?」
騒々しいだろうか?
「ほけ~?」
保険……かな?
保健ってことはないだろう。
「いナよし」
これについては、本当に訳が分からないよ?
これで何を理解しろと言うのか?
多分、夢での出来事を書き留めた物なのだとは思う。
思うが……、もう少し、分かりやすい言葉にはならなかったものだろうか?
ならなかったのだろうね。
寝ぼけて、インク壺を倒さなかっただけマシだと思おう。
うっかり、汚しでもしたら、この落ち着かない橙色の部屋がますます落ち着かなくなる。
「うん、考えても仕方ない!」
わたしは頬を軽く叩いて、無理矢理頭を切り替えることにした。
考えても仕方ないことをいつまでも引きずったところで、何か別の妙案が浮かぶとも思えない。
それにしても……、この身体。
染み一つないよね。
この顔なら、化粧しなくても問題ない。
しかも、肌の張りが二十代とは違いすぎる。
これって「みこ」だから?
いや、現実のわたしも15歳で化粧なんてした覚えなんてなかったね。
これが若さ……、か。
でも、これが10年であそこまで変わってしまうのかと思うと……、この身体は大事に手入れしようか。
化粧はまだ早いけど、せめて、保湿ぐらいはした方が良いよね。
いつか……、この身体を本来の「ラシアレス」に返すために。
――――?
何か、今、違和感を覚えた気がする。
でも、それが何に対してだったのかは、この時のわたしには分からなかった。
そして、その後……。
アイルに大泣きされながら、「神子の身体」と「睡眠」の大切さを説かれることになるのはまた別の話。
****
『今日の午後からは、人界へ降りて神官と対話しようかと思う』
『あ~、まだ、オレも降りてねえや』
図書室でここのところ毎日、わたしは、アルズヴェールと図書室で筆談という名の密談をしていた。
それを付き添いのアイルとロメリアが無言で見守っている所まで、いつもまったく同じだ。
アイルは心配そうな顔で。
ロメリアは無表情だが、どこか不満そうに見える。
ごめんね、二人とも。
これは、信用できるとか以前の話なんだよ。
わたしたちは、この世界になじんでいないから、ごく普通の会話でも自分たちが見えない地雷だったりする可能性があるのだ。
それを踏み抜けば、あなたたちが「みこ」として見てくれなくなるかもしれないことだってあると思う。
アルズヴェールがどう思っているかは分からないけど、わたしは、アイルがいないとダメだと言う自覚がある。
もう既に、出会って数日しか経っていないのに、彼女がいないとこの世界で生きていく自信がないと思うほど、大切な存在なのだ。
『この世界の料理、見た?』
『おお、話は知っていたけど、想像以上だった』
アルズヴェールの反応を見る限り、どうやら、料理については原作準拠らしい。
『青い煙が出たのを見たのだけど』
『オレは弾け飛んだのを見た』
『それって、食べられるの?』
『お前は鍋の外に飛び散った食材を食う気になる人間か?』
『無理』
どうやら、ロメリア嬢は、アイルと違って、料理はそこまでお得意ではないらしい。
『食事はどうしてるの?』
『三回に一回は食えるから大丈夫だ』
『いや、それって、三回に二回は食べられないってことでしょ?』
『オレもこっそりと作ってみたが、もっと酷かった。本当にどんな法則なんだろうな』
『挑戦する気になるところが凄いよ』
『「すくみこ! 」では料理シーン、なかったのか? 乙女ゲームの基本だろ? 男を落とすための手作りお菓子とか』
なんという偏見……。
でも、それっぽいイベントは全ルートではなかったけど、確かにあった。
『アルズヴェール編はなかった。ラシアレス編は材料をひっくり返した。シルヴィクル編は無難に作った。マルカンデ編は失敗してたかな。トルシア編は食材の段階で食べちゃった。キャナリダ編は凄いのを作り上げて、リアンズ編は、材料を混ぜる段階で力尽きた』
それぞれの個性が出たエピソードだったと思う。
『なんだ? その突っ込みどころしかない状況は。しかも、まともに作れたのは二人かよ』
『因みにアルズヴェール編になかったのは、ある程度平均以上の設定であるはずの彼女に料理ができるイメージを持たせることがどうしても、製作者たちにできなかったらしいよ』
それは、公式設定集に載っていたらしい。
『ああ、火属性女子は料理下手だからな』
どこか遠い目をするアルズヴェール。
……どうやら、原作はそんな設定らしい。
いや、それだとその火属性女子と言う括りに入る方々は、どうやって食事をしているのだろうか?
「ねえ、アイル」
わたしが後ろを向いて、アイルに呼び掛けるとアイルは嬉しそうな顔を見せる。
「お呼びでしょうか? ラシアレス様」
少し、チラリとロメリアに視線を向けた後、わたしに微笑む。
「料理って難しいの?」
そのわたしの問いかけに対して、一瞬、アイルではなく、ロメリアの表情が引きつった気がするのは気のせいか?
「私はあまり意識をしておりませんが、苦手な方は多いと伺っております」
その言葉に一瞬、ロメリアは目を見開く。
まあ、つまり、彼女は料理が苦手らしいね。
そして、アイルは得意らしい。
『お前の従者は料理の才を持っているみたいだな。失敗が少なく、勘で料理できる人間だ。原作でもそんな人間は多くなかった』
『料理は化学じゃないのか』
『この世界の料理と薬品調合は、魔法だよ。化学が得意でも無駄らしい』
なるほど、魔法か……。
『そう言えば、魔法については聞いた?』
『真っ先に確認した。原作は剣と魔法の世界だったからな』
『「みこ」は魔法が使えたの?』
『原作ではこの世界に住むほとんどの人間が魔法を使えたはずだ。だから、この「神子」の身体でも可能だと思っている』
ほほう……。
魔法使いの話だったのか。
わたしはそれすら知らなかった。
『でも、契約と言うのがいるらしいけど』
『それも知っている。契約詠唱と魔法陣が必要だってこともな。但し、例外はある』
契約詠唱と、魔法陣?
アイルの話では、魔法書がいるって聞いていたけど……、ちょっと違うのかな?
お国柄ってやつ?
『魔法書はいらないの?』
『契約詠唱と魔法陣が書かれているのが「魔法書」だ。覚えていれば問題ないはずだが……、契約詠唱はともかく、魔法陣を覚えて書けるような人間が珍しいらしい』
わたしの記憶している通りなら、7人の「みこ」たちは世界にある7つのそれぞれの大陸の代表だったはずだ。
その7つの大陸とは、わたしたちが住んでいる世界とは違って、火の大陸、風の大陸、光の大陸、地の大陸、水の大陸、空の大陸、闇の大陸と言う名前だった。
個人的には、ヨーロッパのファンタジーでおなじみの「四元素」でも古代中国の陰陽的な「五行思想」とも違う区分に対して、不思議に思いもしたが、ヒロインとその相手となる神様の数を考えたのだろうと思っていた。
でも、7つに分けるなら、いっそのこと、「天動説の七曜」の考え方にすれば、もっと覚えやすくて良かったのにね。
『オレの知識は原作の物だ。実際の魔法については、人界の神官に聞けよ。午後、会う予定なんだろ?』
『そうだね』
アルズヴェールの言葉に、わたしは賛同したものの、それを実際、神官にどう切り出すのか迷うところだ。
いくら「みこ」が純粋培養なお育ちだったとしても、魔法の世界で、魔法の知識がないというのはいくら何でも、おかしい気がする。
とりあえず、午後から神官に会う時、何を話すか、まとめておかないとね。
ここまでお読みいただきありがとうございました。




