神子は神官と会話する
「よし!」
わたしは、気合を入れて、その部屋の前に立つ。
ズィード様が「鏡の間」と呼ぶ部屋。
「神子」と「神官」と呼ばれる人たちを繋ぐ場所。
「私は入ることを許されていませんので、ここでお待ちします」
「分かった」
「私のことなど気になさらず、ごゆるりとお過ごしください」
アイルはそう言うが、彼女だっていろいろとすることはあるだろう。
なるべく早く戻らなければ……、と思うが、不安もある。
ゲームの「すくみこ! 」では、ちょっと行って、すぐ帰った印象だったけれど、ゲーム内の時間はすぐに過ぎていた。
流石に半日あれば足りると思うけれど、それでも、現実とゲームは違うのだ。
それでも、アイルを先に部屋へ戻すわけにはいかない理由もある。
わたしはまだ自分の部屋への順路を覚えていないのだ。
いや、一生懸命、覚えようとしたのですよ?
でも、何故か方向感覚が可笑しくなってしまう。
わたし、方向音痴じゃなかったはずなのに。
未だに書物の間にも一人ではいけないのも、その辺りにある。
難しい道ではないのに、何故かアイルがいなければ辿り着ける気がしないのだ。
これって、ゲーム補正みたいなものなのかな?
いや、ゲームはもっと楽だったわ。
選択肢を選ぶだけで瞬間移動できていたし。
「じゃあ、行ってくる」
わたしはそう言って、部屋に入った。
そして、驚愕することになる。
その部屋には広い鏡が7つ。
入口以外、幅が5メートルを超えるような鏡に囲まれている部屋だったのだ。
これって鏡って言うより……、鏡張りの壁じゃないか?
一斉に自分が何人も重なって映し出されている状況というのは、壮観というより、正直、不気味……としか言いようがない。
テレビとかにある効果を、まさか自分で体感することになるとは思ってもいなかった。
なんとなく少し、手を動かしたりポーズはとりたくなった。
もしかしたら、鏡に映し出されている自分の姿の中で、一つぐらいは、逆らっているのもいたるかもしれないと思って。
でも、それではただのホラーだね。
これは確かに何の捻りもなく「鏡の間」としか言いようがない。
ちょっと格好つけた言い方すれば、「鏡面世界」とか?
一応、鏡でできた壁は枠が付いていたけど、それらは全てくっついており、部屋は上から見れば、八角形となっているようだ。
そして、金属製の枠は、やはり、お約束のように七色。
さらに上部に、やはり、七色の石が付いている。
どれだけ、色に拘った世界なのだろう。
入り口だけ、白い枠組みで、鏡がなかった。
だけど……、扉の取っ手もなく、まるで、最初に見た場所みたいだな……とぼんやりと思う。
これまでのお約束を考えれば、わたしは、橙の枠組みで上部に橙の石が付いた鏡を使えば良いのだろう。
でも……、どうやって?
確か「すくみこ! 」のゲーム内では、鏡は一つしかなかった。
こんなに大きくもなく、普通の姿見だったと思う。
そして、その前に立つだけで、神官が映し出されたはずだ。
だが、橙色の枠の鏡の前に立っても何の反応もなかった。
奥行きまでずっと多人数の自分が映し出されているだけである。
そうなると……、何か、変わった操作方法が必要なのだろうか?
鏡面に向かって手を翳してみたり、思い切って触れてもみたのだが、鏡からは何の反応もない。
「参ったね」
わたしはそう呟くしかなかった。
そうなると、外で待っているアイルに尋ねるか、確実に操作方法を知っているズィード様に連絡を取るかの二択だろうか?
いや、落ち着け?
探偵物などに代表される推理物では、鏡や壁に仕掛けというのは基本である。
そして、このちょっと変わった枠組み。
触れてみると、実は金属ではなく、ゴムのように少し弾力があるものだと分かった。
「後は……、怪しいのはあの石か……」
上部にある橙色の石。
よく見ると、あれがスイッチに見えなくもない。
問題は……、ラシアレスは、背がとても小柄だという点だろうか。
手を伸ばして、爪先立ちをしてみたが、絶妙に届かない。
まるで、誰かの嫌がらせのように。
「諦めるものか!」
わたしはそう言いながら、その場で垂直ジャンプをした。
右手の指先が、なんとか目的の石に手が触れると……、やはり、スイッチだったらしい。
目の前の鏡だけではなく、周囲の鏡に映し出されていたわたしの姿がぶれたかと思うと、鏡面に変化があった。
周囲の鏡には薄い橙色一色が映し出され、ただの部屋の壁に見える。
そして、目の前には二十歳ぐらいの……、黒をベースにしてはいるが、橙色の線が目立つ衣装を着て、髪の毛の色も橙色で、瞳も橙色の男の人が映っている。
……橙色については、何も言うまい。
『初めまして、神子さま』
その人はわたしに向かって、そう話しかけてきた。
『私はシルヴァーレン大陸の神官、ジドニリークと申します』
丁寧な口調でのご挨拶。
シルヴァーレン大陸というのは……、風の大陸の本当の名称なのかな?
確かに、「風の大陸」という名前だと可笑しいか。
わたしも神子として、挨拶を返す必要があるのだろう。
だけど……、よく考えて欲しい。
わたしは、垂直ジャンプをしたばかりなのだ。
しかも、懸命に上部の石を叩いた直後。
そのために変妙な着地のポーズをしたまま、やや息を荒げ、左手で胸を押さえたような状態で固まっていたのだ。
「は、はじっ……はじめまして」
まだ整わない息をしながら、なんとかその言葉だけを捻り出す。
だが、そんな姿を見て、落ち着いていられる神官は少ないのかもしれない。
彼も、どこか焦ったように……。
『神子さま、もしや、ご気分でも悪いのですか?』
「い、いえ! 大丈夫です!!」
そんな心配をされてしまい、慌てて、そう答えるしかなかった。
『それならば、良かった』
顔は橙色で統一されていても、ズィード様とはかなり違う。
いや……、顔の造りについては、仕方ない。
神様と人間を比べること自体が間違っているのだ。
だけど、衣装のバランスと言うか……、慣れてない人が無理に着ているような印象があった。
『神子さま……、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?』
「ラシアレスと申します」
自分の名前ではなく、この身体の名前を口にする。
そこに違和感はあるけれど、わたしの本当の名前「宮本陽菜」はもう名乗ることもないのかもしれないと思っている。
このまま、「ラシアレス」として、生きていくのなら。
『ラシアレス様……、ラシアレス様……』
噛みしめるように、二度、わたしの名を呟く神官。
『神に仕える身として、聖女であり、神子である貴女にお目通りが叶いました我が身の幸運に感謝しましょう』
そう言いながら、その神官は恭しく、両手を下に付けた。
ちょっと変わった礼だと思う。
でも、国どころか世界が違うのだから、この辺は仕方ないのだろう。
思いっきり五体投地されるよりは良い。
「ジドニリーク殿、お顔を上げてください。そのままでは、わたしはあなたとお話もできません」
正直、敬称を付けて良いのかは迷った。
そして付けるとしたら何を付ければ良いのかも。
一般的には「様」だろうけど、相手が敬語を使ってきた以上、神子の立ち位置はそれ以上の扱いなのだと思う。
だが、明らかに年上に見える相手を初対面で呼び捨てる気にはなれなかった。
「氏」や「さん」も何か違う気がする。
そこでわたしが選んだのは「殿」だったが、どうだろうか?
『神子様、私には「殿」などと言う言葉は必要ありません。ジドニリークとお呼びください』
「分かりました、ジドニリーク。それでは、わたしの方も『ラシアレス』と。『神子』と呼ばれるのは苦手なのです」
『承知いたしました、ラシアレス様。但し、敬称についてはご容赦を。神子様であるラシアレス様を呼び捨てることなどできません。』
ここが互いの妥協点なら、それは仕方ない。
わたしは頷いた。
「わたしはまだ不慣れなので、ジドニリークに色々と教えていただければと思います」
『私でお役に立てることならば喜んで』
その言葉と表情に少しむず痒さを感じてしまう。
わたしはそんなキラキラした瞳を向けられるような人間ではないのに。
「まずは、貴方の住む世界のことを教えてください。人々はどんな悩みを抱えて生きているのでしょうか?」
『この世界……、というよりこの大陸のことでよろしければ……』
神官は深々とお辞儀をする。
それにどうも慣れない。わたしはそんなに偉い人間ではないのに。
『しかし、人々の悩みというものは、特に思い当たりません。これも大陸神ドニウ様のご加護と、ラシアレス様の祝福によるものでしょう』
「そうですか……」
どうやら、人口減少をそこまで切実なものとして受け止めてはいない様子だった。
それに……「大陸神ドニウ様」?
わたしの相方は「ズィード様」なので、別の神様が大陸を守っているということだろうか?
『ラシアレス様の方からは、何かありますか?』
そう問い返されたので、何気なく……。
「大陸内では、子供が少ないように感じています」
飾らずに、気になっていたことを口にしてみた。
『子供……ですか?』
神官は戸惑いながらも思案する。
『確かに見かけることは少ないですが、問題はないでしょう?』
そして……、神官はさらにとんでもないことを口にしたのだ。
『子供など、多くいても、邪魔なだけですから』
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