舞わない蝶《其の五》
「結局、『踊らない』ってことで片付いて良かったですね~」
自室に帰るなり林杏にそう言われ、深く頷きながら同意する。確かに手順通り踊れているし、音楽の拍子を感じながら踊ることはできるが、それが完璧な踊りか――といわれると大いに謎だ。
何よりもその宴に単に薇瑜様の兄上様が同席されるというだけではないだろう。我が国の貴族らも同席することになり、大規模な宴になるのは必然だ。
そんな宴で舞を披露し目立つ――と考えるとゾッとさせられる。
「でも陛下が却下された時の薇瑜様、怖かったですね。満面の笑顔でしたけど全然目が笑ってなかったんですよ~」
林杏は楽しそうにケタケタ笑いながら外出用の着物を片付けてくれる。声の響きからだけでも私もヒシヒシと薇瑜様の怒りを感じることができた。
「ま、陛下のおかげで舞わなくてすんだわけだから、機織りに集中しましょう!」
私はパチンッと手を鳴らし、気持ちを切り替えるように機織り機に向かうことにした。
◇◇◇◇
国一の踊り子といわれた宮女が降板し、小道具係に落とされたことは半日もせずに後宮中に知れ渡ったのだろう。その日“陛下”として訪れた耀世様は、私の部屋に来るなり人払いをしてことの顛末を聞かれた。
「大丈夫か? 薇瑜に何かされてないか?」
耀世様はそう言って、ソッと私の頬に手を添えられた。
「大丈夫でございますよ。瑛庚様もいらっしゃいましたし」
「だからだ! あいつは全くアテにならない。女の扱いが上手いくせに、どうも蓮香のことになると周りが見えなくなるらしい」
確かにわざわざ部屋の隅にいる私の元へ駆け寄ったりしないでくれたら、もう少し薇瑜様も心穏やかに話を進められていたに違いない。
「もしかして――薇瑜様は瑛庚様のことをお好きなのですか?」
これはかねてから抱いていた疑問だ。薇瑜様は瑛庚様と耀世様の違いを見分けることはできないようだが、“後宮の皇帝”と“外宮の皇帝”が二人存在するということはご存知だ。
そのため瑛庚様の前になると可愛らしい少女を演じていらっしゃるような気もしないでもない。
「そう――なのか?」
不思議そうに首を傾げる耀世様は、恋愛についてどうも疎い。皇帝でありながら、そんな実直さを持つ彼に惹かれている自分がどこかにいるのも事実だが……。
「まぁ、“外宮の皇帝”である俺や“宦官の耀世”と接する時は、驚くぐらい他人行儀だがな」
薇瑜様にとって分かるのは瑛庚様というより、“後宮の皇帝”という肩書でしかないから仕方ないかもしれない。
「なんにしろ宴で舞を披露しないことになって、本当に良かったです」
「瑛庚がいうように本当に側室として見初められたら、なかなか断るのは難しいからな」
確かに后妃を側室に――と臨んだ場合、断る理由はいくらでもあるだろう。だが一介の宮女を側室に望まれた時は下賜する以外の選択肢は残されていないだろう。
「子を宿している――という理由も舞を披露させておいてでは難しい」
「そもそもあの舞自体が下賜する候補を披露する――という意味合いもございますからね」
瑛庚が指摘したように、だからこそ衣装も体の線がハッキリと分かるような露出度が高いものを着用しているのだろう。
「何、きっと足を痛めているという踊り子も当日には良くなっているだろう」
「そうでございますね」
耀世の楽観的な予想に相槌を打ちながらも新たな問題に思い至った。
“なぜ私はあの場に呼ばれたのだろう?”ということだ。
そもそも帯の柄を確認するだけならば、帯だけ持っていけばいいはずだ。なのに私が同席するのは当然という雰囲気があった。
もし最初から私に舞を披露させるのが目的だったとしたら――。
私の仮定が正しく、薇瑜様が瑛庚様を慕っていらっしゃったとしたら、薇瑜様にとって私は目障り以外のなにものではないだろう。
これまでも瑛庚様は様々な后妃の元へ渡っていたが、耀世が指摘するように私に関しては瑛庚様は冷静さを度々失う。
だがこれまでの事件を経て、私の立場から簡単に後宮から追い出せないことを悟った薇瑜様は今回の宴を利用しようと考えていてもおかしくない。
罰や罪で追い出すことは無理でも外交上の要求ならばどうだろうか。
国益のために皇帝である彼らが私を手放すと考えても不自然ではないし、私も決して喜ばしい決断ではないが、その決定には従うだろう。
そのために薇瑜様が、祖国からわざわざ歌劇場を運営する兄を呼び寄せたとしたならば――。もしかすると私は薇瑜様の巧妙に張り巡らされた罠に、ドップリとはまり込んでしまっているのではないだろうか。
その可能性に思わずゾッとさせられた。
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