↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
盲目の織姫は後宮で皇帝との恋を紡ぐ  作者: 小早川真寛
第2部

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

92/99

舞わない蝶《其の四》

「儷《リー》様、いかがでございましたか?」


私は儷《リー》様がいた場所に振り返りそう尋ねる。私が踊っている間、彼女は衣擦れ一つ起こすことなかった。おそらく食い入るように見ていたのだろう。


「……」


反論が無いことを肯定ととり私はさらに言葉を続けた。


「儷《リー》様が一度見て踊りを覚えるように私も一度図面を見れば、その柄は絶対忘れません。ましてや図案を間違えて織り込むことなどありません。舐めないでくださいませ」


これまで様々な嫌がらせを私は受けてきたが、ここだけはどうしても譲れない。というより千年以上続く我が国の伝統を自分の間違えで途絶えさせてしまう……と考えるとゾッとさせられる。


「それと足の怪我をかばっていらっしゃるならば、固定をされた方がいいですよ」


ほんの微かだったが儷《リー》様が歩く時、右足をかばいながら歩いている音がした。おそらく踊りの手順でもめていたのも儷《リー》様本人も分かっていてのことだろう。練習中は右足をかばう形で踊り、当日は本来通りの手順で踊るつもりだったに違いない。


「足が悪いのか?」


心から心配したような瑛庚《エイコウ》様の声に静かに感心する。おそらく本能的に出している言葉なのだろうが、こんな声をかけられたならば勘違いする宮女が出てきてもおかしくない。


「大げさでございます。ただ少しひねっただけで……」


「なるほど。それで足をかばっておったか」


儷《リー》様の言葉に相槌を打ったのは薇瑜《ビユ》様だった。瑛庚《エイコウ》様同様、非常に優しい声だが、それゆえに思わず背中の毛が逆立つような錯覚を感じた。


「我が国一の踊り子じゃ。大切にせねばな……。そうじゃ、本番まで一週間ある。練習はせずにゆっくり休むとよい」


「で、ですが!」


さすがにこれは体の良い降板だと気付いたのだろう儷《リー》様は慌てた様子で薇瑜《ビユ》様に食らいつく。


「それ以上練習をして足を痛めては元も子もないであろ? な?」


慌てた様子の儷《リー》様に対して薇瑜《ビユ》様は一貫して優しい口調が続いている。これまでのことを考えると、ろくなことはないだろうな……と思いながらもあえて口を挟むまいと心に決めた。下手に口を出したら巻き込まれかねない。


そのためにもと私は音を立てないように部屋の隅へと移動する。できるだけ気配を消して頃合いを見計らって部屋から出るつもりだ。


だがそんな私の思惑を裏切る形で部屋の隅に向かってパタパタと駆け寄る足音が聞こえてくる。どうやら儷《リー》様と薇瑜《ビユ》様のやり取りに飽きた瑛庚《エイコウ》様のものだろう。


「忙しい中すまぬな」


少し肩で息をしている瑛庚《エイコウ》様は、まるで子犬のようだと冷めた気持ちで考えていたが、ここには宮女だけでなく薇瑜《ビユ》様もいらっしゃる。私は袖に顔を押し付ける形で礼をする。


「お呼びいただきありがとうございます。お見苦しいものをお見せいたしました」


ここではあくまでも彼と私は、皇帝と宮女でしかない。本来ならば直接言葉を交わしていいような相手ではないのだ。


「せっかく話せたのに……」


それはとても小さな声だが“皇帝”ではなく“瑛庚《エイコウ》様”としての本音が漏れていた。


「何時もいらしているではございませんか」


私は袖に顔を付けたままの体勢を崩さず、そっと囁き返す。周囲からすれば皇帝から労いの言葉をかけられている宮女――に見えるに違いない。


「今朝からずっとあの調子なんだ。蓮香《レンカ》の顔を見れてホッとしたよ」


朝からあの怒鳴り声の応酬が続いていたかと思うと、むしろ儷《リー》様の根気にも感心させられる。未だに薇瑜《ビユ》様に対して大声で反論している。


「あい分かった!」


そう言った薇瑜《ビユ》様の声が部屋中に響き渡る。


「もうよい。この者を小道具係にせよ」


「わ、私が!?」


「時には人を支える役を担ってこそ大役を担う人間の自覚が芽生えるのではないのかえ?」


おそらく薇瑜《ビユ》様にはそんな思惑はなく、もうこの不毛な争いを終わらせたかっただけに違いない。


「しかし私が抜ければ誰が中央で舞うんですか!? あと一週間しかないんですよ?」


確かに表裏合わせて帯二反分の舞を一週間で覚えろというのは難しい話かもしれない。儷《リー》様がいる以上、他の宮女達も自分にその役目が回ってくる――とは考えていなかっただろう。


「なに――おるではないか」


その言葉の指す意味を理解し、思わずビクリと体が震えた。反論の言葉を口にしようとした瞬間、瑛庚《エイコウ》様が素早く薇瑜《ビユ》様に振り返った。


「蓮香《レンカ》はダメだ」


「なぜでございます? ここにいる誰よりも上手に踊れていたではございませんか」


「こんな肌が露出した衣装を蓮香《レンカ》に着せるわけにはいかない」


この伝統舞踊は、踊り子の衣装まで細かく指定してある。本来ならば、肩がざっくり開いた衣装を着用する。


「玉のように白い肌――見せてもいいではございませぬか」


不思議そうにそういう薇瑜《ビユ》様の言葉に瑛庚《エイコウ》様はギリギリと歯ぎしりをする音が聞こえてくる。


「そなたの兄が来る」


「ええ参りますわ。ですから万全の準備を――」


「だからだ! 側室を探しに来るというではないか。もし万が一蓮香《レンカ》が目に留まったら――」


確かに今回踊る宮女達もそれを目的としているといっても過言ではない。


「まぁまぁ――仲がよろしいことで」


 コロコロと笑いながらそう言った薇瑜《ビユ》様の表情が見えなくて本当によかったと、この時ほど思ったことはなかった。


発売日まであと二日!


多数のブックマーク、評価ありがとうございます。

「続きが気になる!」と思っていただけるようでしたらブックマーク、「面白かった」という方は↓から評価いただけると嬉しいです。(評価欄は広告欄の下にございます)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ランキング参加中!よろしくお願いします。→小説家になろう 勝手にランキング
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。