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舞わない蝶《其の参》

「だーかーら! 素人は引っ込んでろよ!! 私を誰だと思ってんの?


 足早に向かった練習場で私達を迎えてくれたのは、そんな怒声だった。


「帝立歌劇場で何年も主演を務めていたリー様よ!? 紙を見なきゃ指導できないあんたに教わりたくないね!!」


「あー、これは后妃にはなれませんね」


 小さな声でバッサリと言い切った林杏リンシンをたしなめながらも私は心の中で同意していた。「国一の踊り子」という評価だが、その前に「踊らせば」という修飾語が付くのかもしれない。


 指導係と思われる宮女が何やら反論しようものならば、リー様が大声でその言葉を遮っているやり取りが繰り広げられていた。


「そちの言い分も分からんでもない。直に帯が届く故――」

 

 呆れたような薇瑜ビユ様の口調から察するに、あの薇瑜ビユ様ですらリー様を持て余しているのかもしれない。


「遅くなりました。蓮香レンカ様も一緒にご同行いただきました!」


 私の隣にいた薇瑜ビユ様付きの宮女はそう言って叫ぶ。一瞬にして練習場の多くの視線が私へと向かうのを感じた。


「忙しいのに済まぬ」


 そう投げかけられた言葉は瑛庚エイコウ様のものだった。宮女の言う通り本当に瑛庚エイコウ様も同席していたことに驚かされる。もしかすると皇帝陛下の前でならばリー様も大人しくなると思い薇瑜ビユ様が同席するように頼んだのかもしれない。


「とんでもございません。お役に立てるか――」


 帯を捧げるようにして頭を下げていると、カツカツという足音と共にリー様が近づいてくる足音が聞こえてきた。


「これが帯!? あんたが織ったの?」


「左様でございます」


 私はリー様へ帯を差し出すが、その途端、手を叩かれ帯が叩き落される。自分が織った帯が雑然とした扱いを受けるのが初めてということもあり思わず言葉を失う。


「な、なにを!?」


 そんな私の代わりに怒りを示してくれたのは林杏リンシンだ。


「ちょっと、あんた! それを織るのにどんだけ時間がかかっていると思うのよ!?」


「いい!? 踊りについて何も分かってないあんた達に教えてあげる。踊りはね、感性で踊るの。そんな帯をちまちま見ながら踊ってらんないわよ」


「ではどのようにしてリー様は踊りを覚えられていらっしゃるのですか?」


 久々に直接的に暴言をぶつけられ思わず臨戦態勢に入る。どちらかというと私も彼女と同じような出自の人間だ。


「見て覚えるの。一回見たら絶対忘れない。だから私は誰よりも踊りが上手いのよ。特にこの踊りは子供の時から何度も見てきた。絶対忘れないわよ!」


「なるほど――」


 私が一度図案を見れば全て織り方を覚えるのと同じことなのだろう。


「過去の帯の図案をそのまま織りなおしたってことみたいだけど、あんたが織り間違えていないって保障がどこにあるの。どうせちゃんと見えてないんでしょ!?」


 私の中で何かがプチリと切れたのを感じた。


「では見本を見せて差し上げますので、そこで見ていてくださいませ」


 私は練習場の中央へ連れて行くように林杏リンシンに耳打ちをする。


リー様は中央で踊る役でございますよね。恐れ入りますが、周囲で踊る方々も一緒に踊っていただけますでしょうか」


 私がそう言うと、周囲からザワザワとした動揺が伝わってくる。私が踊れるはずなどないと思っているのだろう。


蓮香レンカ……大丈夫か?」


 心から心配そうな瑛庚エイコウ様の声に私はニヤリと微笑み返す。


「一度織った柄は全て頭に入っております故、ご安心下さいませ」


「そう言うならば――、蓮香レンカを中央に変更してもう一度最初から通しで頼む」


 鶴の一声とはまさにこのことだった。それを合図にするように慌てて私の周囲に宮女らが集まり、舞が始まることになった。大見得を張ったが正直、全くと言っていいほど自信がなかった。だが機織りの腕を馬鹿にされて引き下がるわけにはいかなかったのだ。


 一音目を合図にするように周囲の宮女がパッと四方に広がるのを聞くと自分の頭の中で帯の柄が瞬時に再現されるのを感じた。


 右足を踏み出し左手を振り上げ、持っている帔帛ストールを振り下ろす。


 ああー私踊れるんだ。


 と間抜けなことを思いながら、帯通りに手と足を音に合わせて動く。舞台の位置感覚は周囲で踊ってくれている六人の宮女のおかげでしっかりと分かるというのも大きいかもしれない。


 それは決して長くない舞だったが終わると同時に指導係と思われる女性から「そう! その通りでございます!!」と半泣きの声が投げかけられた。


「さすがだ蓮香レンカ。見事だったぞ」


 瑛庚エイコウ様はそう言って椅子から立ち上がり手を思いっきり叩いてくれているが、彼からの反応は、あまりあてにならない。

 私は薇瑜ビユ様に振り返り踊れていたかどうかを確認する。そんな私の視線に気付いたのか薇瑜ビユ様は「見事でしたよ」と言って、ゆっくりと手を叩いてくださった。


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