第七十二話 単なる始まり
「うっ、あぁ、んっ」
オーカの全身を暖かなシャボン玉が覆い、傷付いた箇所を癒していく。
裂傷、骨折、内蔵、様々な傷をロディが見極め適切に迅速に処置している。
〝これで治癒完了です〟
「にぃにのお兄さん、もう痛いところはありませんか?」
ロディがアリアにそう告げた。
頭の上に光る輪っかを乗せた、天使のようなアリアがオーカの顔を覗き込んで聞いた。
「痛く……ねぇ」
オーカはパルキアと同じように失血量が多かった為、ふらつきながら身体を起こし答えた。
「良かった。にぃにも、もう大丈夫ですよ」
「にぃ、パルか!パルは!?」
ふらつく身体を叱咤し、辺りを見回しパルキアの姿を探すオーカ。
「パルっ!!」
座っているパルキアを見つけたオーカは叫び走った。
側まで来て見てみると、パルキアの先程までの大きな傷は消えて綺麗な白い胴体が血塗れの破れた衣服から覗かせていた。
「兄さん。もう大丈夫なの?」
「馬鹿野郎。そりゃこっちのセリフだ」
そう言いながら二人は疲労からくる、ぎこちない笑みで笑い合った。
「クフフフフ。二人とも実に素晴らしい。人族はこれであるから面白いですねぇ」
「「!!!」」
〝魔族め、それ以上近くな!〟
バーベルが気配もなくオーカの背後に立っていた。
「最後はお前か、バーベル」
「クフフフフ。いえいえ、私に戦闘の意思などありませんよ」
「はいそうですか。てなるとでも思ってんのか?俺達はお前の仲間を二人殺ってんだぞ?」
「アレらは仲間でもなんでもありませんよ。むしろ感謝しているぐらいです」
「どういう意味だ?」
「意味などありませんよ。ただ、私は貴方と話しがしたいだけです」
「…………」
オーカは考える。
この状況でバーベルを見る限り、嘘を言っている様には見受けられなかった。
だが、それでもバーベルがオーカ達を見逃す理由も分からない。
少なくともバーベルは魔族であり、ゲイズらと共になんらかの目的達成の為にシカクへ来た事は紛れもない事実。
対話をするにも、その間に何か小細工をされていたら。
戦闘に入るにも、バーベルの言っていることが全て本当であれば、わざわざ虎の尾を踏みにいく様なもの。バーベルの強さをオーカは適切に理解していた。
どちらを選ぶにも判断材料が少なすぎた。
それでもオーカは決断する。
「うるせぇ。ここでお前も殺す。そうすりゃなんの不安もねぇ」
「兄さん!」
オーカの決断にパルキアは批判的な声音でオーカを呼んだ。だが、オーカは止まらない。
パルキアを守ることに必死なのだから。
「行くぞ」
オーカは魔力纒身を自身でコントロールしきれる最大出力の40%で行使し、両手にメリケンを握った。
「おや」
バーベルが何かに気づいた様にそう言うと、姿が掻き消えた。
「なっ」
瞬間、爆音。
オーカの左右の背後で二つの土煙が上がった。
「分体の分際で私の邪魔をしないで頂きたい」
オーカが右背後を振り返るとバーベルがゲイズを叩き潰していた。
では、左背後の方は
「儂の孫をあんまりいじめんでほしいのぅ」
黒々とした雄々しい体躯、背にはドラゴンの翼、頭部には二本の角が生えてい異形。だが、オーカには非常に聞き慣れた声だった。
「ジジィ!」
ゼルバトスだった。
ダルイスらと共にイディオの残した繭爆弾の処理を終えた時、凄まじい魔圧が皇城を包んだ。それを感じ、すぐにオーカだと気付いたゼルバトスはこの場へ飛んできたのだ。
「そこは『じいちゃん!』じゃろ。しかし、まだまだ甘いのぉオーカ。じゃが、ようやった」
そう言ってゼルバトスは優しくオーカへ微笑んだ。
心なしか、オーカも誇らしげにゼルバトスを見るが、何も言わない。
「久しいですねぇ。“黒の忿怒”」
バーベルが一抹の苛立ちを見せながらゼルバトスに言う。
「どっかで見た顔じゃの。ほっほっほ。人族に化けておるがすぐに分かったわい、ズィンブロッシュ」
“黒の忿怒”ことゼルバトスとバーベルことズィンブロッシュ。過去に彼らの間で何があったのかはこの二人しか知らない。
「その姿、あの頃のままですねぇ。大分歳を取られたと思うのですが。さすがは“仙人”と言ったとろですかねぇ」
「馬鹿を言うでない。貴様と対したのは四十年以上も前の話じゃろ。もう儂も爺よ。してズィンブロッシュよ、貴様仲違いした様だが、まだやるのかの?」
ゼルバトスがそう言うと後ろからラナ、ダルイス、メリートリスの三人がガディを顕現させ現れた。
バーベルはそれを視認し、不気味な笑みを深くする。
「いえ、私は最初から戦う意志などないのですよ」
「よぅ言うわ。貴様の魔力はそう言うておらんぞ?」
ゼルバトスの指摘通りバーベルの全身から仄かに魔力が立ち昇っていた。
「クフフ。それは浅らからず貴方には因縁がありますからねぇ。ただ、それはもう過去のこと」
「随分と丸くなったのぅ」
「それはお互い様でしょう。オーカさん。近いうちまたお会いしましょう。貴方とはもう少しゆっくりお話ししたいのでねぇ」
最後、バーベルはオーカにそう言い残し不敵な笑みを浮かべたまま地面に沈み込む様に姿を消した。
「殿下!」
それを待っていたかの様にメリートリスがパルキアの元へ走る。
「僕は大丈夫です。だから、メリートリスさんもダルイスさんも、まだ城下にいる魔虫の殲滅をお願いします」
メリートリスはパルキアの見た目とは裏腹に無傷の身体を確認して、指示に従い城下へ降りた。
「さて、儂らも城下へ降りるかの。オーカ、ぬしも少し休んでおれ」
「いや、俺はまだまだ動ける。俺も行く」
「貴方は賢者タイムを全うしていなさい。無理をしてヘナ垂れたモノを見せられる事程ガッカリするものはありません。これだから貴方は童貞なのです」
そう言ってラナはゼルバトスに追従する。
「おぉ、そうじゃ。道中メリーの奴から聞いたぞ。騎士選抜、見事受かったそうじゃのぅ」
背を向けたままゼルバトスはオーカに言った。
「あぁ。当然だ」
その背中へオーカが応えると、ゼルバトスは顔だけ振り向いた。
「よぉやった。流石は儂の孫じゃ」
いつもの温和な爺の笑い方ではなく、屈託のない少年の様な笑みを浮かべてオーカを称賛し、ゼルバトスとラナは城下へ降りていった。
オーカは嬉しい様な、照れ臭い様な、それでも誇らしい様な気持ちになり、ゼルバトスとラナが去った後をしばらく見続けていた。
「とても、いい人達だね」
そんなオーカにパルキアが素直な気持ちを投げかけた。
「まぁな」
こんな時だからなのか、不意に言われたからなのかは分からないが、オーカは珍しく素直に頷く。
「兄さん。僕の父さんと母さんは死んじゃったよ」
「…………そうか」
パルキアの言葉。
それをオーカが、アリアが俯きながら聞いた。
ただ、その言葉に悲壮感はあまり感じられない。
前を向こうとしているのだ。やるべき事をなす為に。
それを感じ取ったオーカも一つ、頷くだけに留め何も言わなかった。
「あれ、ガル、シア兄様は?」
俯いてパルキアの言葉を聞いていたアリアが思い出した様に呟いた。
すると、何もなかったはずの空間が歪んだ。
「ここだ」
「うわっ!」
そこから現れたのはパルキアとアリアの実兄、ガルシア・ブーヤ・スクエラであった。
これはガルシアのガディ、ヤンの指定したものを透明化させることが出来る固有能力“ブラインドエネル”。
「ガルシア兄さん。良かった、無事だったんだね」
パルキアはガルシアを見て安堵の表情を浮かべた。
「ふんっ。お前はそれを本心で言っている事が分かるから癪に触る」
ガルシアはそんなパルキアの顔色を見て、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「ごめん、なさい」
「…………何に謝ってる」
パルキアは俯くと静かに謝った。それを聞いたガルシアは複雑に顔を歪め、また不機嫌そうに問う。
「父さんと母さんを…………守れなかった」
言いにくそうに、事実をこぼした。
パルキアの中では父と母の死を受け止め、前向きになろうとはしていたが、ガルシアに、家族にそれを伝えるのは辛かったのだろう。
「……俺はな。親父たちが殺される前から、お前が皇居室にくる前から、ずっとあの場にいたんだ。隠れていた。お袋たちが殺される瞬間も、親父が見えない何かに撃たれる瞬間も、全部見ていた。でも、何も出来なかった。怖かった。情けなく震えて見ている事しか出来なかった……だが――」
ガルシアは話した。
自分の腹の中の膿を吐き出す様に。
パルキアは俯いていた顔を徐々に上げてガルシアの顔を見つめ聞いた。
「――お前は、強いな」
真っ直ぐにパルキアの双眸を見据えて言った。
パルキアは意外な兄の言葉に目を見開き驚いた。
「え、まぁ、沢山修行したから、ね」
パルキアは、不意にガルシアに褒められ頬を掻きながら肯定した。
「俺もした。稽古や修行は俺だって手を抜いたことはない。だが、そうじゃない。あんな奴らと戦った気概。失ったものは全て自分のせいだと背負い込む精神…………俺にはない。出来なかったっ。俺も、親父やお袋は……好きだったのに」
そう言うガルシアはパルキアとしっかり視線を絡ませ、瞳からは静かに涙を流していた。
「認めてやる。お前は皇の器だ。だから、俺がお前を支えてやる。親父や、先代たちに恥じぬ皇に俺がしてやる。ありがたく思え」
ガルシアは決めていたのだ。パルキアの勇姿を見て。
照れ隠しに尊大な態度でしか言えなかったが。
「ガルシア兄さんっ」
パルキアも泣いた。
皇位を取れるから嬉しくて泣いているんじゃない。
生まれて初めて、実兄であるガルシアと腹を割って話すことが出来た。
そして、自分を認めてくれた。更にはそれを支えてくれると言った。あのガルシアが。
失ったものはとても多く、そして大きい。
だが、得たものもすこぶる大きかった。
「その代わり半端やりやがったら謀反を起こしてやるからそのつもりで死ぬ気でやれ」
「……うん。うんっ…………うんっ!」
「ふんっ」
そう言って、ガルシアは城下へ降りていった。恐らく魔虫の殲滅に加わるのだろう。
その後ろ姿を見て、まだ泣いた。
「パル」
黙ってパルキアとガルシアのやりとりを聞いていたオーカが口を開いた。
「……うん?」
「家族って、いいな」
「うん」
◇◆◇◆◇◆
この後すぐに魔虫の全滅が報告された。
この日スクエラ皇国シカクはたくさんのものを失った。
だが、奇跡的に国民の死亡者はゼロだったという。それでも、被害は甚大。建物は崩れ、もはや首都としてしばらく機能はしないだろう。
だが、大丈夫。
この国にはとても優しい皇が、そしてそれを支える優秀な家臣が、更に国を守る最高の騎士がいるのだから。
しかし、これは単なる始まり。
ここから、パルキアとオーカの運命はこの世界を激動させていくのだ。
これにて一度、異世界ファミリアを完結とさせていただきます。
これから、短編をしばらく月一くらいのペースで書きながら、もっと上手く書けるように勉強していこうと思います。
異世界ファミリアのプロットはまだ、5分の4ほど残っているので、もっと上手くなれたらまた描いていきたいと思っています。
今までご覧になってくださった皆様、本当にありがとうございます。
もし、お時間あればどんな感想でも構いませんので、いただければ幸いです。
重ねてありがとうございました。




