第四十八話 謎の玉
時は遡り、オーカが騎士となる一年程前のGBF。つまり、オーカがガディと出会う筈だった日の事。
この日も、いつもと同じ様にオーカは修業に励んでいた。午前はラナとの戦闘訓練。午後はゼルバトスによる魔力操作の訓練。
だが、少しだけいつもと違う事があった。
「これ!集中せぬか!」
「痛てっ!」
「オーカ酷すぎるぞ。今日は久方ぶりにラナから一本も取れずボコボコにされておるし、魔力操作もロクに進まぬ」
「あぁ。ちょっと、な」
「そのだらしない顔をやめんか!」
オーカは浮かれていた。
今朝、ゼルバトスからGBFの話をされてからずっとこの有様である。
「まぁ仕方あるまいか。お主も人の子。年相応に浮かれる事もあろう。生涯でたった一度の日じゃしな」
「別に浮かれてなんかねぇけどな」
「似合わぬその弛みきった顔をどうにかしてから言え馬鹿者」
オーカがこの様に浮かれるのも、ゼルバトスやラナのおかげでもある。確かに、ガディを賜る事は、人族の人生でたった一度だけのビッグイベント。普通の十五歳は物心ついてから、長らく楽しみに待っているこの日。浮かれるのも至極当然の事である。
だが、ゼルバトスはオーカであればこの様に浮かれまいと思っていた。あれだけクレバーに感情を表に見せる事が無いオーカだ。そう思うのは仕方ない事だろう。
だが、オーカはパルとミラと出会い、ゼルバトスの元で暮らし始め二年。凍り付いていた心が人知れず徐々に溶かされていた。
それはオーカも自覚していない事ではあるが、ゼルバトスやラナの温かさで、確実に人の心を取り戻し初めていたのである。
それがこのGBFで証明されたのだ。
それに思い当たったゼルバトスは、とても嬉しく思うのである。
「なぁジジィ。俺のガディはどんな奴だと思う?ジジィのニーズみてぇにイカツイ奴ならいいんだが」
「そうじゃのう。ガディは当人の心、生い立ち、願望に左右される傾向がある。マナがそれらを汲み取り、お主の下に遣わせてくれるんじゃ」
ゼルバトスは修業を中断してオーカと共に地面に座った。
「じゃあ、やっぱりどんな奴が来んのか分かんねぇのか」
「うむ。だが、一つだけ確実に言える事は、どんなガディが来ようとも、お主にぴったりな存在である事は間違いない」
「ぴったり、ねぇ」
オーカはやはりだらしない顔で、どんなガディが来るのかを想像している様だ。
「お主が愛情を与えれば、ガディも愛情を持ち、お主が信頼すれば、ガディもそれに応える。異身同心。それが叶えば儂とニーズの様になれるわけじゃ。励めよオーカ」
「あぁ」
そんな会話の終わりを見計らったかの様に、オーカの座る地面に魔法陣が現れる。
「おっ、丁度良いの」
「これが、転移魔法陣」
「オーカ、泉に己の血液を垂らし待つのじゃ。さすればマナはお主に相棒を遣わせてくださる」
「あぁ。行ってくる」
魔法陣が強く発光してオーカがゼルバトスの前から消えた。
「行ったか。儂も楽しみじゃのう」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「ここ、は…………え、あ……すっげ」
オーカが叡智の泉に転移して、まず目に入ったのは木。それは大木なんて言葉では言い表せない超絶巨大な樹。
“神樹ユグドラシル”
「どんだけデケェんだよ。天辺が雲よりも高ぇし、この木一周すんのに何時間掛かんだよ」
そんな感想をオーカが珍しく口にしながら、神樹に向かって歩いていく。そうするとすぐに泉があった。
神樹に目を奪われていたのもあるが、目の前に泉があったのにも関わらず、オーカが泉に気付かなかったのには理由がある。
「これも。すげぇ、な」
神樹の周りをぐるりと囲んでいる泉は、水面の揺らめき一つなく、地面と同じ様に錯覚しても仕方ないのだ。
「これが“叡智の泉”……」
オーカは“叡智の泉”を見つけ、改めて辺りの景色を見回し、頭に焼き付けている様だ。
そして、目を閉じて息を一つ吐く。
「よし」
独り言ちに決心を吐露して、懐にあるナイフを右手に取り、左手の人差し指を切った。切れた指先から血液が玉の様に溢れ出す。オーカはその指先を見つめて、指先を泉に向けた。
そして、血液が落ちる。
極々小さな波紋が徐々に大きく泉に広がる。
一瞬、甲高い金属同士を打ち付けた様な音がした。
「……………………」
一分経った。
「……………………」
五分経った。
「…………おい。何も起きねぇぞ」
十分。オーカにとってはとても長く感じていたかもしれない。
泉に広がった波紋はとうに落ち着き、最初の揺らめき一つない水面に戻っている。
「血が少ねぇのか?」
そう思い立ったオーカは、再度ナイフを取り出して、今度は掌に深く刺し込んだ。そして、思いっきり拳を作るように掌を握り込むと、ポタポタと血が泉に広がる。
「――――なんでだよ!何も起きねぇじゃねぇかよ!…………どう、なってんだ」
いよいよオーカは異変に気付き模索する。
何故、なんの反応もしないのか。ゼルバトスから聞き及んだ事に間違いなどある筈はない。であれば何故、と。
そして、思い当たる。
「マナ……」
ガディはマナが具現化したもの。
そして、オーカはそのマナに嫌われているとゼルバトスから聞いた。だから、魔法が使えないと。
だとしたら、マナに嫌われているオーカの元にマナが形となったガディが現れるのか。答えは、今の現状である。
「ふ、ざけんな。認めねぇぞ…………ふざけんなふざけんなふざけんな!!!」
激昂したオーカは何を思ったのかナイフを取り出した。腕の袖を捲り上げナイフを腕に突き刺し、肘の辺りから手に向かって縦に力一杯切り込んだ。すると夥しい量の血液が腕から流れ出し、音を立てて泉に落ちる。
「俺は強くならなきゃならねぇんだ。ジジィ、パルキア、ミラ、俺を孤独の闇から掬い上げてくれた奴らの為に……おい、マナ、いや、神か?どっちでもいい。俺に力を寄越せ…………守る為の力を寄越せよおぉぉっ!!!」
激情の叫び。
だが、やはり何も起きない。
怒りでなのか、血の流しすぎでなのか、荒い呼吸を整えることもせずに、オーカはその場に座り込んだ。
「俺の人生、とことんツイてねぇな」
オーカは人生を思い返していた。
スラムに生まれ、物心ついた頃には両親は居らず、周りから虐げられていた毎日。
だが、パルキアと出会いミラと出会い、ゼルバトスに拾われた。
そして、ゼルバトスに未来を与えてもらい、ラナに強さを教えてもらった。
「そう考えりゃ、悪い事ばっかじゃねえのかもな…………ん?」
そう考えつき、切り替えて立ち上がろうとした時、足下に何か黒いものが転がっているのを見つけた。
「なんだこれ」
左手で拾い上げると、硬い拳大の玉である。
オーカがその黒い玉をまじまじと見つめていると、また魔法陣が現れた。
オーカは魔法陣を気にせず、謎の玉を見つめ考えていた。
そして魔法陣が発光し、オーカはその場から転移した。




