第三十話 青と赤
「まぁ、とにかく一度席にお付きになられてはいかがかな?」
父上が気を取り直しそう言って、リッツカールの三人は席に着いた。
「すみません。失礼かとは思うのですが、一度妹に背を向けて話させてもよろしいでしょうか?」
「は?……あ、うむ。構わんが、どういう……」
「テイラー」
父上が、いや僕たちが、まだドレイクさんの言葉の意味を理解出来ていないうちに、ドレイクさんが妹さんに声を掛ける。
すると、テイラーと呼ばれた第四王女は、再び立ち上がり此方に背を向けた。
「改めまして、リッツカール帝国第四王女テイラー・クウェート・リッツカールと申します。本日はお日柄も良く、神も私達の縁談の成功を望んでおられるかの様です。未熟者ではありますが、どうぞ宜しくお願い申し上げます」
背を向けるとテイラーさんはとても流暢に話した。僕の一つ歳が下というのが信じられない程上手に。
だけど、綺麗な青い髪をした頭しか見えないのが残念だ。
「すいません。この通りテイラーは人に見られていると何も出来ない子なのです。ただ、それでもこの子の能力はとても高い事を分かって欲しい。出来ないことが無いと言っても差し支えのない程に」
ドレイクさんが熱くそう訴えてくる。
「まぁ、その弱点を分かっていながら、この子は自分で『目を見て話したい』って言った胆力を褒めてやってほしいってのは、親バカなのでしょうか」
親バカでもなんでもいいけど、それはすごい事だ。
今までその弱点を見せない様にしてきたのだろう。
それを見せる覚悟。
それだけ真剣に、この縁談に望んでいるっていうこと。
とても国思いの優しい子なんだ。それが両親への期待の答え方なのかもしれない。そうしろって言われたのかもしれない。
でも、なんにせよ、この子の、テイラーさんの覚悟がどれほどのものかというのは嫌という程伝わった。
僕も真剣に取り組もう。
この縁談の結果云々は関係なく真っ直ぐ真摯に向き合おう。
元からふざけるつもりなんてなかったけど、テイラーさんを見て改めて、強くそう思った。
「いえ、それより、ドレイク王子はうちの騎士に興味をお持ちとか?」
「ええ。うちとは形式が大分違うみたいなので、どういったものなのか興味があります」
「帝国の軍事力はものすごいですからな。参考になるかは分かりませんぞ」
「ご謙遜も、過ぎると嫌味になりますぞ?陛下」
「もう、私たちは宜しいでしょう?後は若い子達だけで、ね?」
父上とドレイクさんのやりとりが続いているのを見ていると、母上がそう言って切り上げさせた。
その一言をきっかけに僕とテイラーさんを残して退出していく。
「パルキアちゃん!ファイト!」
という、母上の謎の一言が最後に耳元で囁かれたが、無論頑張るつもりだ。
ファイトする方向は母上の思っている方ではないかもしれないけど。
さて。
未だこちらに青い頭を向けて微動だにしないテイラーさん。
僕はどう動いたものか。
まずは話しかけないと始まらない、よね。
すごい嫌だけど、テイラーさんも頑張ったんだ。僕も逃げたらダメだ。
「あ、あの、今日はつ、疲れたんじゃないですすか遠いところ」
あぁ。やっぱりダメだ。
「いえ。私はこの日を楽しみにしていたので、国を出たら、あっという間に着きましたわ」
っ!
楽しみにしてた?
ていうか、初見の、この吃りに吃って何言ってるかわからない様な言葉でも、ちゃんと理解して返答してくれた。
「あ!そそうですかァア!」
死にたい。最後声裏返った。
「まぁ、城を出てから十五日かかっているんですけどね」
そう言って上品な笑い声で微笑んだ。
笑って、くれた。
こんなに、気持ちの悪い喋り方をしてる僕との会話で、普通に冗談を言って微笑んでる。
気付けば動いていた。
椅子を押して立ち上がり、テーブルを回って、僕はテイラーさんの正面に立った。
多分しっかりと顔を見たくなったんだと思う。
長い睫毛で大きな瞳の右目に泣きぼくろが二つ。鼻は高くて口は小さい。頬は真っ赤に染まって、アリアと同じくらい伸びた青い髪と相まって、とても
「綺麗」
なんでこんな行動を起こして、こんな言動を発したのか。
そして、テイラーさんの目を見ていたのにも関わらずその三文字だけは、はっきりと発音出来たのか。
いずれも、いつもの僕ならありえない事をしていた。
「ぁ、わぅ、はぁぅ」
「うわっ!テイラーさん!?」
そんな事をされたテイラーさんは、顔を更に真っ赤に染め上げ、目を回してその場でへたり込んでしまった。
「だ、大丈夫です。びっくりした、だけです」
すぐさま、また僕に背を向けてそう言った。
「ごめんなさい!僕、なんで、あ、僕席戻りますね!」
僕は逃げる様に席に戻ろうとする。と
「いえ、このままで大丈夫です。私、恥ずかしながら、まだ立てそうにないのです。出来れば殿下も、そちらにお座りなっていただけませんか?」
「あ、はい!」
これだけ立派なテーブルと椅子は少し可哀想だけど、僕達は絨毯の敷いてある床に背を向けあって座り込んだ。
「ふふふ。なんか、可笑しいですわね」
「はい。僕も思いました。でも、この方が楽でいいですね」
「えぇ。同感です」
「僕も、こうして話すと、つっかえないでスムーズにお話しできます」
「良かったですわ」
こうして不思議な体制での談笑は続いた。縁談の目的とかそういう難しい話しは抜きで、素直に楽しんでいた。
すると
「殿下は、数年前に一度リッツカールにいらっしゃった事を覚えておりますか?」
「え、と。……あ、はい。僕が五歳の時ですね。確か、父上にせがんで連れて行って貰った記憶があります」
リッツカールに行ったのは覚えている。五歳のあの時、僕は読書にハマってて、外国に興味を持ったんだ。それで、父上が帝国に行く事を知って、無理言って連れてってもらった。
だけど、帝国に行って覚えているのは、沢山の煙突から出る煙と、お城の中で見た、ビシッとした軍人さん達くらい、かな?子供の頃の記憶だし少し曖昧だな。
「その時、私一度殿下とお会いしているのですが、覚えていらっしゃいませんか?」
「え?」
え?
と言った後、テイラーさんの背中が少し寂しげに見えた気がした。




