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最後の結婚式――わたしたちが幸せになる方法なんてあるの?  作者: 赤城ハルナ/アサマ
第一部 ヘイデン屋敷

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虐げられた令嬢?

虐げられた(?)令嬢の真実です。

(あれっ……ここは?)


(どこかしら?)


(わたし、どうしてこんなところに?)


 しばらくの間、自分の置かれた状況を把握することに忙しかった。

 身体の状態は分かる。熱っぽいし、身体全体がだるいし、右足が痛い。


(そういえばわたし、階段から滑り落ちたんだっけ。いやだわ、ウッカリにもほどがある。下手すると死んでしまうわ)


(それで、ここは?)


(そうだ、ここはヘイデン家のお屋敷。お見合いをするために、一昨日からここに滞在していたんだわ)


「み、水、お水を……」

 そうつぶやくと、大きな手がわたしの右手を包み込んだ。


(うひゃぁっ、くすぐった~い)


「さあ、これを飲んでください、姫」


(男性の声? 姫?)


「ぼくはトーマス、トーマス・ヘイデン。あなたの婚約者候補です」


(えっ!?)


 お見合いしようとしていただけなのに『婚約者候補』ですって?

(この人頭がイカレテル……とんだ勘違い野郎)と思いつつ、男性に手を握られながら不覚にも再び意識を失った。

 大きくて温かいし、不思議なことに嫌ではなかった。

 彼の顔はよく覚えていない。

 確か茶髪で……鼻の周りにソバカスがあったような……。


 それだけ。


 そもそもわたしがこんな訳の分からない、ある意味自業自得な状況に陥った理由とは――。





 アールグレン伯爵家の一人娘、セレーナ。


 父は何も求めない人。意見を言わない人。返事はいつも『そうか』だけ。

 そんな父が唯一求めたのが、頭のおかしな母。

 精神を病んでいる――というか、この世に魂がないのだと思う。

 たぶん本人は一回死んで、その中に宿っているのは夢見がちな幼い少女。

 母の頭の中にいるのは、優しい王子様に愛されるおとぎ話のヒロイン。


 外に出られる状態ではない母は、ずっと領地の離邸に閉じこもっている。わたしを産む前から精神を病んでいるらしく、父のことを『わたくしの王子様』と呼ぶ。

 父はそんな母を愛しそうに眺めている。


 変な人たちね。


 いつも母は、毎年父がプレゼントするウェディングドレスを着ているの。もう三十代半ばなのだから、いい加減やめてほしい。

 おまけに毎年父と神殿で結婚式をするのよ。


(二人ともフラワーガーデンの住人なの? いい年して痛すぎる)


 わたしはその様子を見たことはない。叔父のクリストフから聞かされるだけ。クリス叔父様がどう思っているかは謎だけれど、顔を見れば何となく分かる。

『やれやれ』って表情をするから。


 父とは晩餐のときくらいにしか会わないから、あまり会話はない。あとはたいていソーニャと一緒。

 家庭教師からの学びを卒業し、十七歳になったわたしは、はとこのソーニャだけが話し相手。

 十四歳まで領地の屋敷に閉じ込められていたので外の世界を知らなかったのよね。観劇や演奏会へ行けるようになったのは三年ほど前、ソーニャがやって来てから。





 この国では少数派の漆黒の髪。そんなわたしはかなり奇異な目で見られるけれど、気にしない。


 母は赤毛、父は金髪。

 おかしくない?

 どこに黒髪ストレートの要素があるの?

 一度父に、『わたしは私生児なの? それとも孤児院に捨てられていたの?』と聞いたことがあったが、『そんなことを誰に言われたんだ? わたしとラリサの娘に決まっているだろう!』と怖い顔で断言された。


 信じられないっ。


 母はもともと外国籍で、父との結婚を機にこの国へ嫁いできたという。

 何回か母方の祖父母に会ったことがある。

 祖父は黒髪、祖母は赤毛だった。ということは祖父に似たのかも。だとしても、父は違う人という思いは拭えない。


 祖父母が来ると荷馬車いっぱいのプレゼントをもらうのよね。すっごく嬉しかったから、数日の間は有頂天になったのを覚えている。ついでに小遣いもたくさんもらったし。

 祖父母の家は金持ちなのね、何たって皇国の侯爵家だから。





『ねぇ、ソーニャ。わたし、舞踏会で婚約破棄されるみたいなの』

『ねぇ、ソーニャ。わたし、学園のカフェテリアで誰かにジュースをかけられるみたいなの』

『ねぇ、ソーニャ。わたし、暗くて狭い部屋で固すぎるパンを水だけで食べさせられるみたいなの』


『いい加減にして、セレーナ。

 あなたには婚約者はいないし、男女共学の学園なんてどこにもないし、パンと水だけの食事なんて救貧院ワークハウスレベルだわ』


 わたしは小さい頃から夢想家だった。

(あの母の娘だから頭がおかしいのかも……将来あんな風になったらどうしよう……)


 夢の中でわたしが暮らしていたのは、一部屋しかない場所。小さなベッドに小さな机、お湯を沸かせる道具、食べ物を冷やす箱と洗濯できる箱、服が入りきれない狭いクローゼット……それでも十分だった。

 だって、手を伸ばせば何でも手に取れたから。


 便利よね、あの不思議な部屋。

 だけどあの部屋はどう考えてもこの世界には存在しない。


 ということで、伯爵家の自室もわざわざ狭い部屋にしてもらっている。

 食事はシェフにお願いして、さっぱりしたスープやリゾットや魚料理をわざわざ用意してもらっている。屋敷で出される食事は脂っこくて食べられないから。

 美味しいワカサギのマリネが好物。

 デザートは脂肪分を抑えたメレンゲやシフォンケーキ。

 お陰で同年代の女性からも驚かれるほどのスレンダー体形なのよ。母方の遺伝のせいか、背は低い方。十七歳になってもお子様に間違われる。

 あまり外へ出ないからどうでもいいけどね。


『ねぇソーニャ、わたし文章が書けるのよ。ほら、見て!』

『『悪役令嬢、やっつけられたから仕返しする』って、なんなのかしら、このお子ちゃまな内容? 夢でも見たの?』

『悪役令嬢という人たちがいるのよ』

『訳が分からないわ』


 不思議な夢を見るようになった十二歳の頃から文章創作と挿絵に目覚めたわたしは、三つ年上のソーニャを巻き込んで秘密の活動をはじめた。


 ソーニャは分家筋のレイン男爵家長女で、わが家に行儀見習いという名目の話し相手、いわゆるレディースコンパニオンとして、三年前アールグレン家にやって来た。

 その正体は、伯爵家を継ぐ叔父クリストフの婚約者。遠縁の娘が本家へ奉公に行き、そこの若旦那様(当主の弟)と結婚するといったところ。


 そんなこんなで、なぜか様々な物語が頭の中に浮かんでくるわたしは、習ってもいないのに挿絵も描けたりするの。我ながら上手いと思うのよ、フフフ。


 一年ほど前からソーニャを頼って、ちょっぴりいかがわしい画商にかけあい、自慢のイラストとともに『婚約破棄』『悪役令嬢』『虐げられた令嬢』などといった内容のギフトブックを世に出すことになった。

 最初は自費出版で。お金は祖父母からいただいたお小遣いがあるから。


 画商なのにどうして書籍出版もしているのと思うでしょ。その画商のパトロンが印刷所のオーナーもやっているのよ。

 この世界では見たこともないような、細密画ではない奇妙なイラスト付きの中編小説――『ギフトブック』は女性たちにそこそこ人気になり、おかげで原稿料と印税というお小遣いがほんの少しだけ入る。


 わたしはギフトブックの作者になったのです。


 父には内緒、ばれたら面倒なことになるから。父は何も言わないと思うけれど。『そうか』くらいは言うだろうけどね!


 ソーニャにはわたしの秘密を厳守する『機密手当』として、売り上げの一割を渡している。いわゆる賄賂である。

 もしかしたら作家としてそれなりの生活ができるのでは?

 祖父母からの信託財産を上手に運用すれば、一生結婚しなくてもやっていけるのでは?


 なーんてね。

☞ヒロインはお約束の転生令嬢でした。この時点ではそのことに気づいていません。

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