私がデスゲームを生き残るためにやったこと
次の瞬間――
世界が、引き裂かれた。
白い空間が、向こう側に見える。
……でも。
以前とは違った。
邪神の力が、一瞬で私を引き込むことはなかった。
白い空間の向こうから、腕が伸びてくる。
掴む。
引きずり込む。
その動作が、はっきりと――見えた。
私は、反射的に動いていた。
伸びてきた腕を、掴む。
ぎし、と感触が伝わる。
「――なっ」
邪神の声が、歪んだ。
「何だ、お前は……?」
腕越しに、邪神の姿が見える。
目を見開き、理解できないものを見る表情。
「……なんで、反応できる?」
私は、答えなかった。
代わりに、すべての能力を解放する。
探知。
解析。
記憶照合。
構造把握。
因果の逆算。
邪神の記憶が、流れ込んでくる。
今まで開いてきたデスゲーム。
殺してきた人間。
奪い、与え、楽しんできた時間。
持っている能力。
その構造。
限界。
弱点。
理解は、一瞬だった。
――……あ。
――この邪神。
――私より、弱い。
愕然とする暇もなかった。
どうやら私は能力を徹底的にかけ合わせ続けた結果、オリジナルの邪神を超えてしまったらしい。
邪神は、まだ混乱している。
理解が追いついていない。
私は一歩踏み出す。
邪神が後ずさる。
「ま、待て……!」
初めて、邪神が恐怖する声を聞いた。
私は握り締めた拳を邪神に叩き込む。
抵抗は、なかった。
拳が、邪神の胸を貫く。
硬い感触の奥で、何かを掴む。
邪神の目が、限界まで見開かれる。
口が、言葉にならない形で動く。
私の手の中には、脈打つような光――邪神のコアがあった。
私は、それを握りつぶした。
音は、しなかった。
ただ、邪神は――消えた。
信じられないものを見る顔のまま。
白い空間が揺れる。
床に亀裂が走り、空気が、軋むような音を立てた。
今まで均一だった白がまだらに濁り、向こう側にいくつもの影が浮かび上がる。
――人だ。
邪神が攫ってきた人々。
壁のようなものに閉じ込められ、動けずにいた人たちが、次々と姿を現していく。
立ったまま固まっている人。
床に座り込んだまま、呆然としている人。
誰かを探すように、周囲を見回している人。
その目に浮かんでいるのは、
恐怖ではなかった。
――混乱。
ただ、それだけだった。
「……え?」
誰かが、小さく声を漏らす。
「……何だ、ここ……?」
「なんでここにいるの……?」
誰も、叫ばない。
誰も、泣き出さない。
ただ、現実感のない空間に立たされて、状況を理解できずにいる。
私は、その様子を見渡した。
ここには、あの時、掲示板の前で押し合っていた人たちがいる。
怒鳴っていた人。
黙り込んでいた人。
能力に手を伸ばしていた人。
でも――誰一人として、そこまでの記憶を持っていない。
当然だ。
あの時間は、邪神の都合で切り取られたものだから。
私は力を使った。
白い空間を形作っていたものを、一つ一つ、切り離す。
檻のように閉じていた壁が、紙を裂くように音もなく崩れていく。
閉じ込められていた人々が、ゆっくりと、地面に降り立つ。
「……え?」
「……今の……何だった?」
「夢……?」
戸惑いの声が、少しずつ広がる。
私は少し距離を取って、それを見ていた。
――これでいい。
彼らが私に感謝する必要はない。
恐怖を思い出す必要もないのだ。
次に、私は空間そのものに手を伸ばす。
邪神が作った世界。
邪神の都合で閉じられた場所。
それを、このまま残しておく理由はない。
白い空間に、亀裂を入れる。
裂け目の向こうに、それぞれの「元いた場所」が少しずつ見え始める。
教室。
道路。
自宅の部屋。
職場。
「……え?」
「……教室?」
「さっきまで……ここに……?」
誰かが、恐る恐る一歩を踏み出す。
裂け目に触れた瞬間、その人の姿は消えた。
何事もなかったかのように。
それを見て、人々は次々と裂け目へ向かっていく。
混乱したまま。
理解できないまま。
それでいい。
誰も、私を見ない。
誰も、私に何かを求めない。
私は、最後まで残った。
白い空間には、もう誰もいない。
音も、気配もない。
邪神が消えた場所に、何も残っていないことを、静かに確認する。
――終わった。
そう思う。
けれど、同時に、別の考えも浮かぶ。
――本当に?
――これで、終わり?
私は、その疑問を否定できなかった。
白い空間を痕跡も残さずに、完全に消し去る。
そして、私自身も、元の世界へ戻る。
何事もなかったかのように。
……それでも。
警戒は解かなかった。
――ひょっとしたら。
――他にも、邪神がいるかもしれない。
――ひょっとしたら。
――今度の邪神はもっと、賢いかもしれない。
そう考えた私は、今まで通りに力を隠したまま生きた。
普通の人のように、笑い、学び、働き、老いていく。
何も起こらない日々の中で、それでも世界を見続け警戒を続けた。
そして、死の間際。
大勢の家族に見守られながら、私は天井を見つめて小さく呟く。
「……ひょっとしたら」
「警戒しすぎていたのかもしれないわね」
その言葉に、後悔はなかった。
それが、私の生き方だったのだから。
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