46:送って届けて
「「 ッッッ…………ッ 」」
あたしは元侯爵令嬢フローレンスさんと、その従者の兵士青年を隣の帝国まで運んであげる事にした。
二人の引き攣った悲鳴が聞こえるが、許して欲しい。
アシュは天馬だけど、馬体は普通の大きさなのよ。三人もいっぺんに乗れる訳ないじゃん。
なので、二人はそれぞれあたしのバリアで包み、風船みたく引っ張って空中飛行しているのです。
「フ、フローレンスお嬢様、だ、大丈夫ですか……」
「へ、平気よ。それよりも……こ、このような事を可能とするとは……貴方様はもしや、以前に我が国で召喚されたという……」
会話が聞こえ、彼女の問いかけが耳に届いた。
が、彼女は途中で口を挟んだし、あたしも答えない。
それはそうだろう。彼女たちの『お願い』を叶える条件を、あたしが出したからだ。
その条件とは、あたしの事情を詮索しない事。この森、魔の山であたしや天馬に会った事、起きた事の全てを忘れ、決して他者に話したりしない事である。
フローレンスさんの事情は立腹ものであり、同情すべき事柄だ。
しかし、だからといって深く関わる気は毛頭ない。
フローレンスさん自身は、悪い子じゃなさそうだけどね。
でも、深く関わってもし妖精たちや、あの湖集落の事を知られたらと思うと怖い。
バレたくないなら、あたしもお喋りを最低限に留めるしかないのである。
まぁ、口止めしたとしても彼女たちがあたしや天馬の事を絶対に話さない保証は無いけれど……その時はその時だよね。
彼女たちに何かあったとしても二度と助けない、信用しない。それだけの事だ。
✵✵✵
広大な森を突っ切り、魔の山を越え。丸一日かけて帝国側に到着した。
バランドル王国の更に北側だからか、かなり寒そうだ。
灰色の空に吹雪が合わさり、雪の白で埋めつくされた平原は閑散として見える。
帝国領土だとしても辺境だろうからね。王都どころか町や村も近くに見当たらないので、閑散としていて当然かな。
その森の境界に、フローレンスさんと兵士青年を降ろす。
「あ、あの――」
「これあげる」
フローレンスさんの言葉を遮り、あたしはストレージから出した荷物のいくつかを地面に置いた。
一つは、お金の入った小袋。二人とも無一文ぽいからね。
中身はジオが払ってくれたレア薬草の代金の一部で、金貨三十枚くらい入ってる。贅沢しなきゃ暫く暮らせる額でしょう。
もう一つは、予備に持っていた外套と着替え。ノームたちが織ったのじゃなく、バランドルの王都で購入したものだ。
いや、事前の想像以上に帝国が寒そうでさ……。
バリア内は温度調節してたけど、ここで解除するからね。女性は体を冷やしちゃいかんのよ。
あと、どこからどう見ても何処かの令嬢と分かるドレス姿では、色々不味かろうと思うの。
フローレンスさんはあたしより小柄だし、服のサイズも問題ないはず。男物だけどドレスのままよりはマシだろうし。
……胸部はもしかしたら少し、いやかなりきついかもしれないけど、それは我慢して欲しい。
あ、そうだ。
これも訊いておかないと。
「フローレンスさん、魔力を封じられてるそうだけど。解除できるとしたら、したい?」
「え? え、ええ……。現状では火を熾す事もままなりませんので、できるものなら……」
そうか、それもそうだね。
道中の彼らの会話から察するに、従者の兵士青年君はどうやら平民の出身で、魔法は使えないようだ。
しかしフローレンスさんは侯爵家の生まれ。記憶によると上級貴族は魔力が多めらしいし、実際に彼女からはかなりの魔力量を感じとれる。
あいにく属性は分からないけど、生活魔法くらいは使えるんじゃないかな。
生活魔法は属性に関わらず、一定以上魔力があるなら大抵の人は使えるみたいだし。
「じゃあ、ちょっと試してみるね。手を乗せてくれる?」
言いながら、あたしは馬上から自分の手を差し出した。
フローレンスさんは「え? え?」と戸惑っている。
……兵士青年君から不穏な気配を感じるけど、別に変なマネしようってんじゃないから斬りかかってこないでね。したら吹っ飛ばしちゃうよ?
手の平を上向けたまま待っていると、フローレンスさんは困惑しつつも、その華奢な繊手をおずおずと乗せた。
素直ないい娘。ご褒美をあげようね。
いや確信はないんだけど、多分できると思うんだよ。
【パーソナルエリア】さん。
彼女、魔力封じは要らないそうよ?
吹っ飛ばして頂戴。できれば、コレをくれた相手に『返品』して差し上げて?
直後、フローレンスさんがビクリと体を揺らす。
「あっ――」
「お嬢様!? ――貴様、お嬢様に何をした!?」
「やめてレヴィン! 違うの! 魔力を封じられている感覚が、無くなったの!」
「…………は?」
二人は顔を合わせ、そして揃ってあたしへと信じられないような目を向けてきた。
あたしはというと、内心「やっぱ出来たー」とガッツポーズしながら、伸ばしていた手を引っ込める。
「じゃ、達者でね」
それだけ言い、手綱を引いた。
アシュが白銀の翼をはためかせ、再び空中へと舞い上がる。
「あ、ああ……! ありがとう、ありがとうございました!」
「……この御恩は忘れません」
去る間際、フローレンスさんと兵士青年の声が聞こえた。
いや、忘れていいから。
あとお礼もいらないよ。
ちょっとした支援はしたけど、こんな厳しい場所に放り出して行く事に、変わりないんだからさ……。
✵✵✵
アシュを駆けさせて暫くすると、空中停止して待っているジオに合流した。
フローレンスさんたちに気付かれないよう、ずっと付いて来てくれてたんだよね。
「ジオ……ごめん」
ヒト族に知られないように、と警告されてたのに、すぐ破ってしまったと謝ると、ジオは苦笑した。
「ま、嬢ちゃんらしいわ」
そう言ってあたしの頭をくしゃくしゃ撫で、「さて、帰ろうぜ」と促す。
寛容すぎるね、ジオは。
あたしは口元を尖らせながら頷くしかなかった。
一度だけ帝国の方を眺める。
最初は目的地としていた『隣国』。なのに何の感慨も湧かない。
アシュで駆ければ丸一日で到着できる事は分かった。だから、遊びに来るくらいはあるかな?
それだけ思い、あたしは湖集落へと帰った。




