その9
さて、元凶(?)となったシーサク王国である。
まあ、元凶は言い過ぎだな。
シーサク王国にとっては、自己の正当な権利を主張しただけと思っているだから。
そして、それは強ち間違いであるとも言い切れないのが、世界情勢と言うものだろう。
「サズー、俺、前回の戦いで何かミスした?」
遠ざかる港を黄昏れながら見ていたフランデブルグ伯が急にぼやいた。
フランデブルグ伯は、スワン島に派遣される艦隊の一つを指揮する事になっていた。
役割は、副司令官。
前回、オーマとサラサに対したワタトラ攻防戦時は、総司令官だったので、地位的には落とされた格好になっていた。
「総司令官になりたかったのですか?」
艦隊参謀長のサズーは、驚いた表情でそう尋ねた。
でも、これは、上司の質問を丸っきり無視した事になってやしないか?
ただ、その隣にいた副官のイーグもその事に関して、何も言わないどころか、表情としてはどちらかと言うと呆れていた。
「前回、バーグ公は、ワタトラを必ずしも落とす必要はないと言っていたよな?」
フランデブルグ伯も、伯で、参謀長の質問には答えずに、自分の話の流れを継続していた。
当然、ぼやき口調である。
「……」
イーグは、無言のまま2人のやり取りを見守っていた。
いつもの事だという表情のままだった。
「閣下は、今回はやる気なのですか?」
サズーの方も、自分のペースを守っていた。
別に、伯の事を敬愛していない訳ではなかったと思う。
前回の戦い方も大いに評価していた。
だが、付き合う時間が長くなるにつれ、伯の人物像が段々と分かってきた。
化けの皮が剥がれてきたと言っていいだろう。
「命令通り、任務を遂行した筈なのに、この仕打ちはないよな」
フランデブルグ伯は、まだマイペースを続けていた。
「成果がなかったので、致し方がないと思われます」
サズーは、伯に歩み寄ったように見えた。
とは言え、上官に対してかなりストレートだ。
フランデブルグ伯は、黄昏れていた視線をサズーに向けた。
「あの時、何度も確認したよね」
フランデブルグ伯は、サズーに再度確認した。
「はい、仰る通りです」
サズーは、そう応えた。
イーグは、ようやく2人の会話が成立したと感じていた。
「必ずしも落とす必要はないと確認して、その通りにしたよね。
敵の2個艦隊も相手にしたし、結構貢献したと思うんだけど」
フランデブルグ伯は、サズーに同意を求めてきた。
「相手にしたか、どうかは別にして、貢献はしていると思います」
サズーは、完全には同意しなかった。
とは言え、あの戦い振りは、評価に値するものだと思っていた。
「そうだろ、そうだろ」
とフランデブルグ伯は、サズーに完全同意されたと解釈して、満足げだったが、
「なのに、この仕打ちだよ……」
と再びぼやいた。
「しかし、一連の大規模遠征で、我が王国が得られた物はありませんでしたから……」
サズーは、身も蓋もない事を言った。
「ラロスゼンロ攻略の失敗は、私のせいではないのに……」
フランデブルグ伯は、今度は嘆いていた。
サズーはそれを見て、呆れていた。
イーグの方は、未だに黙ったままである。
年齢的にも地位的にも口を出さない方がいいという判断だろう。
「閣下、ラロスゼンロの攻略失敗は、関わった者の全てが功績なしと評されました」
サズーは、きっぱりとそう言った。
にべもないと言った感じだった。
「功績なしなら、今回の降格人事はないのじゃないか……」
フランデブルグ伯は、僻みっぽかった。
まあ、伯でなくとも、納得は出来ないだろう。
「閣下は、今回の総司令官になりたかったのですか?」
サズーは、驚くと共に、怪訝そうな表情で尋ねてきた。
「どうせ、やらされるのなら、目立つポジションがいいに決まっている」
フランデブルグ伯は、きっぱりと言い切った。
エリオと似た者同士のように感じられるが、こちらは楽してチヤホヤされたい願望が強いのだろう。
これには、サズーだけではなく、イーグも呆れていた。
「閣下、今回、本当に総司令官になりたかったのですか?」
サズーは、念を押すかのように、驚いたような呆れたような表情で、再度聞いてきた。
「ん?」
流石のフランデブルグ伯も、こうなると疑念が湧いてきたようだ。
自分は、おかしな事を言っているのか?という。
「今回の対戦相手は、バルディオン王国だけではなく、リーラン王国もですよ。
場合によっては、当代一の名将や『銀の魔女』だけではなく、『漆黒の闇』とも対峙しなくてはなりません。
それでも、総司令官がいいのですか?
総司令官となると、前回のようにお茶を濁すという訳には、今回ばかりは参りませんが……」
サズーは、上官に詰問する格好になった。
上官が状況が分かっているのかという疑問を感じたのだろう。
そう考えると、サズーはかなり有能な参謀である。
「いっ……」
フランデブルグ伯は、サズーの言葉に絶句した。
想像すると、自分のポリシーに合わないどころか、地獄絵図が頭に思い浮かんだからだ。
「うん、今回はこれで良しとしよう!」
フランデブルグ伯は、絶句から1分も経たないうちに、思い直した。
そして、晴れ晴れとした表情になっていた。
それを見たサズーは、大きな溜息をつくのであった。
イーグの方は、笑いを堪えながら、堪えきれずに、2人に見つからないように、顔を背けるのだった。