その8
「何事じゃ……」
第3者の間抜けた声が、総司令官と参謀長の後方からした。
ヘンデリックは、その声の主を見て、驚いた。
総司令官と参謀長は、この忙しい時に何だと迷惑そうに振り向いた。
迷惑ならば、無視すればいいのだが、何故か出来なかった。
そして、それは無視しなくて良かった事を物語っていた。
2人の睨み付けようとした目は、宙を浮いていた。
ヘンデリックの方は、さっと跪いた。
「珍しい事もあるものだな、ルディラン侯がそんなに興奮するとは……」
間抜けた声の主が、オーマ達を見ると、やや間抜けた声でそう言った。
声の主は、近衛に囲まれていた。
「こ、これは陛下……」
オーマが、声の主を確認すると、バツの悪そうに、跪いた。
参謀長のヤーデンも、国王だと分かると、慌てて跪いた。
思わぬ状況に、2人は、紅潮するのみだった。
国王バルディオン3世は、近衛兵を掻き分けるように、前に出ると、オーマの前に立った。
「なあに、医者に言われて、散歩がてら方々を回っていたのだよ」
国王は、お腹をさすりながらそう言った。
散歩はダイエットの為なのだろう。
だが、気まずい雰囲気になっているので、敢えて、自分がなぜここにいるかを説明した。
ここは、国防委員会会館の庭であり、王宮とは隣接していた。
とは言え、こういう場合は、大抵気を遣われた方が恥ずかしい思いをするものである。
「……」
「……」
その甲斐あってか、オーマとヤーデンはみるみるうちに冷静になっていった。
「さて、今回の件、どうするつもりだい?」
国王は、人のいい笑顔でオーマに尋ねてきた。
凡庸で気のいい国王であるが、現在の状況を認識できない程、無能ではない。
そして、オーマが何をしようとしているかも大体把握しているようだった。
「はっ、誠に申し訳ございません」
オーマの方も、国王が現状を把握している事と、自分の態度に恥じていた。
その後ろで、ヘンデリックがホッとしているのは言うまでもなかった。
「侯の気持ち、分からなくもないがな」
国王は、しみじみと言った感じでそう言った。
国王には、まだ成人していない子供が1人いた。
本当は、3人生まれてはいたが、2人は3歳になる前に夭折していたのだった。
そんな国王だからこそ、感じる所があるのだろう。
「……」
オーマは、最早なんと答えていいか、分からなかった。
「とは言え、国家の重鎮としては、手順は守らないといけない」
国王は、諭すようにそう言った。
「おっしゃる通りでございます」
オーマは、うな垂れながらそう言った。
当代一の名将の姿はそこにはなかった。
とは言え、国王は説教をしたい訳ではなさそうだった。
完全にそういう空気にはなっていたが、それは国王の意図したい事ではなかった。
この辺が、凡庸だが、何だかんだ言って、諸侯が引き立てる要因となっている所なのだろう。
「さて、侯よ。
準備は出来ているのかい?」
国王は、やはり、説教をするのではなく、話を進めるように尋ねてきた。
「はい。
あっ、いえ……」
オーマは、まだ動揺しているらしかった。
本当に、サラサが大ピンチだと言う事で、どうしようもない親バカになっていたようだ。
それを見て、隣のヤーデンは冷静さを取り戻した。
これも、他人が自分以上に焦っていたので、冷静にならざるを得ないという人間心理の結果だろう。
「そうだろう。
そなたの忠臣が、一生懸命止めているようだったからな」
国王は、ヘンデリックの方に視線を向けた。
ヘンデリックは、下げていた頭を一層下げた。
オーマとヤーデンは、再びバツの悪そうな顔で、ヘンデリックを見るのだった。
「ルディラン侯オーマ」
国王は、柄にもなく、威厳を前面に出した。
「はっ」
オーマは、畏まった。
「貴公に命じる。
外交功績のあったワタトラ伯の保護を速やかに実行せよ」
国王は、珍しく、いや、ほとんど例のない国王命令を出した。
「畏まりました」
オーマは、承諾はしたが、怪訝そうな表情であった。
「まずは、準備をしっかりするように」
国王は、オーマの反応には構わず、続けた。
自分でも、何て国王らしいんだと思っていた。
「御意」
オーマは、更に困惑していた。
「ああ、手続きの方は、私の方でやっておく。
こんな状況だ。
他の5侯も文句は言わないだろう」
国王は、妙な雰囲気になってしまったと感じたので、少し砕けた感じで言った。
「……」
オーマは、完全に戸惑っていた。
反応が薄いオーマに対して、国王は、
「ルディラン侯オーマ、直ちに命令を実行せよ」
と権威を振りかざした。
「御意」
オーマはそう言うと、立ち上がって敬礼した。
どうやら、これでまともにサラサ救出作戦が行われる運びとなった。




