その1
第2次スワン島沖海戦、終了後、事後処理を行う為に、エリオはスワン島の港デウェルに入港した。
シーサク艦隊からは、現在最高位のフランデブルグ伯が、エリオに続いて入港した。
戦闘した海域には、リンク艦隊を残して、残存したシーサク艦隊の監視に当たっていた。
とは言え、シーサク艦隊には既に戦闘意欲は失われており、仮にあったとしても指揮官がいないので戦闘は不能だった。
今は、圧倒的な不利な状況から生き延びた事を感謝する気さえあった。
こう言った状況なので、主導権は万事エリオが握っていた。
そんなエリオ一行が桟橋に降り立った時、後を追ってグラリッチとトパーズも降り立った。
「閣下」
グラリッチは、先を行くエリオ達を呼び止めた。
「……」
エリオは立ち止まって、無言でグラリッチ達の方へと振り向いた。
「この度は、大変お世話になりました」
グラリッチはそう言うと、トパーズ共々、頭を下げた。
「いえ、我々の方こそ、あなた方を海戦に巻き込んでしまい、申し訳ないと思っています」
エリオは、いつになく丁寧な口調でそう言った。
「いえ、とんでも御座いません」
グラリッチは、本当に恐縮してそう言った。
「……」
エリオは、無言になってしまった。
相手の意図を探るようになってしまった為だった。
「それにしても、閣下のご采配はお見事でした」
トパーズは、何とか話を繋ごうとして言った言葉だった。
それぐらい場の空気が淀んでいて、おかしな雰囲気になっていた。
お互い、ここでやり合うつもりはない。
だが、どう見ても和気あいあいという感じにはなりそうにはなかった。
お互いの思惑があるからだろう。
「ああ、海戦が拡大しなくて、本当に良かったです」
エリオは、そう答えた。
だが、その言葉は明らかにトパーズが作り出した流れには乗らないものだった。
「……」
「……」
エリオの思わぬ言葉に、グラリッチとトパーズが絶句していた。
第2次スワン島沖海戦は、その場にいれば、素人目に見てもはっきりと分かる戦いだった。
敵を完全に制圧できたのに、停戦した。
これは、殲滅した結果より、恐ろしい結果とも言えた。
それをやってのけた人物が目の前にいる。
残念オーラを纏っていた人物だったので、噂は当てにならないと高を括っていた。
本当に噂は当てにはならなかった。
そんな範疇で収まる人物ではないことをはっきりと2人は認識していた。
(正に『漆黒の闇』!)
(2つ名以上の人物だ!)
グラリッチとトパーズは、エリオを畏怖せざるを得なかった。
そんな2人を和やかに見ているマイルスターと、笑いを堪えているのを全く悟られないシャルスがそこにはいた。
明らかに揶揄いたいのを我慢している身内にエリオは、呆れていた。
だが、それはともかくとして、2人の次の言葉を待っていた。
そして、それは話される気配がない。
「でも、まあ、そのお陰で、あなた方の望み通りの展開になりそうですね」
エリオは、仕方がないので口を開いた。
どう繋いでいいか分からなかったので、適当に誤魔化したのは言うまでもなかった。
「???」
「???」
グラリッチとトパーズは、よく分からないと言った表情でエリオを見つめた。
(やれやれ、この2人は何をしに来たのだ?)
エリオは、2人の表情を見て呆れた。
バチバチの情報戦の最中だと構えていたからだった。
だが、相手は意外な海戦の終結で、すっかり絆されてしまっていた。
とは言え、油断は禁物である。
彼らが冷静になった後、情報の専門家としての分析がなされることは明白だからだ。
「さて、我々はこのままシーサク王国との会談に臨みますが、あなた方はどうなさるのですか?」
エリオは、気を引き締め直してそう聞いた。
この後の会議には、無論、ネルホンド連合の席は用意されていない。
「我々は、連合の大使館にて、吉報を待ちます」
グラリッチは、何とか気を取り直して、そう答えた。
吉報とは、自分達の望み通り、シーサク王国がこの件から完全に手を引くことであった。
そして、それはほぼ成るだろうという思惑と、エリオへのプレッシャーでもあった。
せめてもの意趣返しだった。
「そうですか、では、これにて」
エリオは、特に感想らしい言葉を述べずに、端的に会話を終わらせた。
「失礼致します」
「失礼致します」
グラリッチとトパーズは、同時にそう言うと、頭を同時に下げた。
こうして、エリオ達はその場を去ることとした。
まあ、モヤモヤが残るには残ったが、それは気にしても仕方がないことだった。