その10
さて、エリオ艦隊である。
「砲撃されているよな?」
エリオ艦隊の旗艦に乗艦しているグラリッチが疑問の声を上げた。
砲撃音も着弾する水音も聞いている。
なのに何故?
「ああ、砲撃されているとも……」
トピーズが、戸惑いながらもグラリッチに同調していた。
サラサ艦隊は、ワルデスク艦隊から逃れる事が成功したので、エリオ艦隊も引き上げの準備をしていた筈だった。
なので、2人は宛がわれた部屋で一息と言った所だった。
だが、艦隊の雰囲気は、緊張感が増したような感じがした。
更に、水兵達の動きが俄に慌ただしくなってきた。
それから直ぐに、砲撃音が聞こえ、2人は甲板に慌てて飛び出てきていた。
しかし、甲板上の様子は、2人の予想とは違っていた。
特に、ヤツである。
甲板上で見えるヤツは、叱咤激励をしながら命令を出すのではなく、明らかに困ったような表情をしていた。
(おかしい……)
(おかしい……)
グラリッチとトピーズは、同時にそう感じた。
攻撃を受けているのにも関わらず、艦隊はそのままの進路・速度で移動していた。
2人は、自分達が砲撃されているので、当然生命の危機を感じた。
が、それ以外の何とも言えない感情が湧いてくるのだった。
それは、安心感……。
では、絶対になかった。
「どうなっているのだ?」
堪らず、声を上げたのはトピーズの方だった。
「いや、分からん……」
言葉はそう発したが、感情は完全に同調したグラリッチだった。
「確かに分からないな……」
トピーズは、グラリッチの何とも言えない表情を見て、苦笑いした。
「ただ、今の状況を分析すると、これまでの受けてきた報告との乖離が大きすぎる」
グラリッチは、嘆くようにそう言った。
エリオの様子を見れば、報告に誤りと確信したのだろう。
そして、その確信は、情報収集能力の欠如に直結された。
つまり、自分達の組織のあり方を疑問視せざるを得なくなったのだった。
「いや、そうとも言えまい……」
トピーズは、自分達の組織が否定された事もあり、反論を試みようとした。
だが、その後の言葉が続かなかった。
「私も、クライセン公が逆転の一手を考えていると思いたい。
私達の生命にも関わるからな」
グラリッチは、そう言いながらも諦めた感が半端なかった。
「確かに、そう願いたいね」
トピーズは、溜息交じりにそう同調した。
とは言え、2人はとてもそんな状況になり得ないと感じていた。
エリオは、困ったような表情を更に困ったような表情に変えていた。
明確な指示が出ないまま、砲弾の着弾地点は着実に近付いていた。
2人は、戦闘経験はない。
戦場に出た事はあるが、比較的安全な所から視察するだけだった。
その場所から見た場合でも、戦いの熱気というは伝わってくるものである。
そして、負けそうになっている側の空気は、敏感すぎる程分かる。
そういった経験から熱気が全く感じられないエリオ艦隊は既に敗退したとも言えた。
現状、敵は6倍の兵力。
こうなってしまったら、どうしようもないと考えるのが、普通である。
つまり、普通に考えれば、エリオはもう手立てがないと思うのであった。