その20
ドッカーン!
砲撃音が聞こえた。
バシャバシャ!
そして、砲弾が水面を激しく叩いた。
「敵艦隊からの砲撃です!」
スライスが、慌てて報告した。
逃げる一方だと思い込んでいた時の敵からの反撃は、誰でも驚く。
そう言った感じの反応だった。
その反応は、至極当然かのように、艦隊に波及した。
これまでは、敵艦隊の無秩序さに引きずられるように、陣形を乱していた。
そこに予期せぬ砲撃があったので、陣形が更に乱れた。
「うっ、狼狽えるな!」
ジル・ワルデスク伯爵が、悲鳴のような声を上げた。
貴族の対面を保つ為の発言だが、効果は逆に思えた。
伯爵は、実戦経験がほぼ無いので、狼狽えてしまうのは無理のない事かも知れない。
こんな組織だった攻撃は初めての事だろうから。
首脳部の狼狽え振りは、悪影響を及ぼす。
「慌てるな、射程外だ!」
ワルデスク侯は混乱が広がりそうな中、冷静だが、周りに聞こえるように叫んだ。
総司令官は1人冷静だった。
「!!!」
いち早くそれに反応したのは、副官であるスライスだった。
侯爵の言葉で、すぐに現状を把握した。
「すぐに艦列を立て直せ!
これから、本当の砲撃戦を始めるぞ!」
侯爵は待ちに待ったと言った感じで、嬉々としていた。
侯爵は、このまま逃げられる心配をしていたのだろう。
それが踏み止まり、反撃してきた。
願ってもない展開になったと感じていた。
スライスは、侯爵の意を受けてすぐに伝令係に指示を飛ばした。
伯爵は、父親が全く動じていない姿を見る事により、些かの平静を取り戻したようだった。
「反転離脱なさいますか?」
バンデリックは、敵艦隊が混乱するのを確認すると、サラサにそう尋ねた。
「いや、第2撃用意!」
サラサは、敵の様子を見てそう命令した。
「???」
バンデリックは、意外そうな表情をしながらも指示を飛ばしていた。
「敵も中々しぶといわね」
サラサは、ニヤリとしながら敵艦隊を睨んでいた。
ドッカーン!ドッカーン!
敵艦隊からの砲撃だった。
ワルデスク艦隊は、体制を整えながら反撃した来たのだった。
それをいち早く察知するサラサ。
流石だとバンデリックは思うのだった。
「恐らく、凸型陣を引いてくる。
全艦、陣形が整う前に、先端に対して砲撃するわよ」
サラサは、嬉々として言った。
戦闘中に嬉々とするのは、どうしてかとバンデリックは、以前聞いた事がある。
だが、本人にはその自覚が全くなかったのは言うまでもなかった。
ドッカーン!ドッカーン!
敵からの砲撃は続いていた。
が、有効な砲撃ではなかったと思われた。
バッシャーン!!ぐらっ、ぎぃぎぃ!!
イレギュラーと呼べる砲撃が、旗艦付近に着弾した。
その影響で、旗艦が大きく揺さぶられる。
まあ、いつもの事だとサラサは気にもしていなかった。
だが、隣にいた筈のバンデリックの姿がなかった。
「えっ?」
サラサは、心臓を鷲づかみされたように凍り付いた。
と同時に、バンデリックの姿を必死に探した。
灯台もと暗しだった。
バンデリックは、サラサの横で転がっていたのだった。
「……」
バンデリックは、何も言わずに、面目なさそうにしていた。
バンデリックの姿を確認すると、サラサは何事もなかったように平静に戻った。
バンデリックは、足の機能を補う為に、杖をついていた。
だが、まだ慣れない杖である。
その為、大きな揺れに対応できずに、転倒していた。
本来ならば、サラサは心配して駆け寄って助け起こす場面だった。
だが、それはしなかった。
冷たすぎる……と言いたい所だが、それが出来なかった。
サラサは、今は何事もなかったかのように振る舞わなくてはならなかった。
この先に関わる事であるからだ。
艦が揺れて、転倒する事は多くはないが、間々ある事である。
その時、その人はどうするか?
簡単な事である。
1人で立ち上がるのである。
今、問題なのは、左足が不自由なバンデリックにそれが出来るかどうかである。
それが分かっているので、周りにいる伝令係達も誰もバンデリックを助けようとしない。
艦内の全員が固唾を呑んで見守っている。
が、誰もそれをおくびにも出さなかった。
サラサは艦隊のアイドルだが、支えられるのはバンデリックだけだった。
これは謂わば、ルディラン家の存続問題とも言える大問題だった。
「イタタタタ……」
バンデリックは場の空気が妙な事になっていたので、敢えて痛がる振りをして立ち上がった。
バンデリックが立った!!
誰もが安心した場面であった。
「反撃の準備、怠っていないわよね」
サラサは何事もなかったように、確認してきた。
「抜かりなく」
バンデリックは、ニヤリとしながらそう答えた。